2021.01.28.Thu

宇宙や海上での生活も

不老長寿時代に広がる新たな可能性

自分はあと何年生きられるだろうか。誰しもそんな疑問を持ったことがあるのではないか。人類は寿命や若さといった時間の概念に縛られ日々を過ごしている。だが、もし不老長寿が実現したならば、我々の価値観は一変し、人生の可能性は無限に広がるはずだ。新しい時代の入口は、実はすぐそこまで来ている。テクノロジーの進歩がもたらす不老長寿時代と、そこに生きる人々の幸せを考えてみよう。

いま不老長寿が語られるわけ

厚生労働省が昨夏、日本人の平均寿命を発表した。2019年は女性が87.45歳、男性が81.41歳で、ともに過去最高を更新。前年に比べ、女性は0.13歳、男性は0.16歳延び、いずれも8年連続のプラスとなった。厚生労働省は「今後も緩やかに伸びていく」と予測している。

国によって算出方法が異なるため、厳密な比較とはいえないが、各国ほぼ右肩上がりに上昇している。背景には医療の進歩や社会保障の充実などがあるが、いずれ平均寿命を100歳、あるいは120歳まで伸ばすことができるかもしれない。そして、その先はどうだろう。体の老いを止めることに、限界はあるのだろうか。

人工知能 (AI) 研究の世界的権威で、シンギュラリティ(技術的特異点)の提唱者、レイ・カーツワイル氏は、テクノロジーの飛躍的な進化によって不老不死が実現すると主張してきた。

主張の根幹をなすのは、人間が持っているすべての遺伝子は、それぞれが小さなソフトウェア・プログラムだとする考え方だ。遺伝子は、目的に合わせて書き換えることができるという。

レイ・カーツワイル氏(写真提供:アフロ)

レイ・カーツワイル氏(写真提供:アフロ)

仮に「細胞を老化させる遺伝子」が働いているのであれば、これを「細胞を若返らせる遺伝子」に書き換えることで、骨や筋肉、血管、脳細胞などを修復することができる。ちなみに、その書き換えの役割を果たすのは極小のロボット「ナノボット」だ。同氏は、ナノボットの実現によって人類は永遠に若さを保つことが可能になると予測。任意の遺伝子コードをインターネットからダウンロードすることで、手軽に病気の治療や健康管理ができるような未来社会のイメージを発信してきた。

(写真提供:アフロ)

(写真提供:アフロ)

SF映画「ミクロの決死圏」でも似た発想が出されていたが、同氏の予測する未来は実現しつつある。例えば、がんなどの治療法として研究が進む「分子標的薬」も「ナノボット」の一種と言えるし、DNAの一部を切断し別の配列を組み込むような、いわゆるゲノム編集技術の分野でも「ナノボット」の活躍が期待される。

同氏がイメージする「ナノボット」は特定の機能だけでなく、複数の機能を持った汎用的なものかもしれないが、その実現は決して夢物語ではないのだ。近年、同氏は、加速度的なAI技術の発達によって「10年もすれば、老化を超える速度で寿命が伸びるのではないかと考えている」と話している。

ここで出てくるのが、"longevity escape velocity"という概念。日本語では「寿命から逃れる速度」、「寿命回避速度」と直訳できる。医療やテクノロジーの進化がこの速度に達したとき、不老長寿の入口が開かれる。10年後に生まれる人たちの中には、「老い」という概念すら存在しなくなるかもしれない。

人口爆発がもたらす危機をどう脱するか

一方で、寿命が伸び続けることで懸念される問題は少なくない。人口増加で、食料不足と水不足に陥ることが指摘されている。

それらについては、以前FQで特集したように、新たな取り組みが生まれている。食の領域では、大豆を用いて牛肉や豚肉の味・食感を再現する「代替肉」や、少ない食事で必要な栄養素を接種できる「完全食」といった試みがある。また近年、「虫」にも注目が集まり、昆虫食や、イエバエの畜産や農業への活用、藻の一種であるユーグレナ(和名:ミドリムシ)を食品に活用する研究などが進んでいる。

(写真提供:アフロ)

(写真提供:アフロ)

水不足に対しては、海水の淡水化や水の再利用技術の開発が進む。オランダのHYDRALOOP社や日本のWOTA株式会社は、排水の再利用を実現しつつある。

持ち運び可能な小型の水処理場ともいえる「WOTA BOX」は、水の再生率は98%以上と非常に高い。すでに被災地の避難所などで「WOTA BOX」を活用したシャワーセットが効果を発揮している。

手を洗った水がその場で飲料水に――そんな水の循環も、近い将来可能になるだろう。

宇宙への移住は可能なのか?

食料や水の不足は、テクノロジーの発展によって解決できそうだ。一方で、増え続けた人類はこの地球上に住み続けられるのだろうか。宇宙への移住はかねてから言われている。果たして可能なのか。宇宙および地球における食料の生産・供給の課題解決に取り組む、一般社団法人 SPACE FOODSPHEREの菊池優太氏は、「この5年くらいで現実味が増してきた」と話す。

「2020年、宇宙飛行士の野口聡一さんが米国の民間企業スペースXのロケットで宇宙へ行きました。民間企業が人を輸送するということを始めた大きな分岐点です。同社代表のイーロン・マスク氏は、2026年にも最初の宇宙飛行士を火星へ連れていくことができるかもしれないと話しています。実業家の前澤友作氏の宇宙旅行しかり、人が宇宙へ行く、そして暮らす時代がいよいよスタートするんです」

一般社団法人 SPACE FOODSPHERE 菊池優太氏

一般社団法人 SPACE FOODSPHERE 菊池優太氏

有人輸送技術の進歩とそのコスト低減こそ、宇宙開発の第一段階だと考える菊池氏。その一方で、宇宙へ行くことや、月や火星といった場所にたどりつくこと自体を目標にしてはいけないという。

「国内外の民間企業で、"2040年に月面1,000人滞在"という目標を掲げているところもあります。人類が実際に生活する世界をよりリアルにイメージすることで、様々なニーズが浮彫となり、民間企業も投資を検討するようになる。ビジネスとして成り立たせることが、宇宙開発を進める上では不可欠なんです」

「宇宙での衣食住に必要なソリューションをビジネスとして開発しようという動きは、世界にはまだ多くありません。資金面で投資環境にも恵まれるアメリカやロシアはハード系の開発を先行している。資金も人的リソースも限られる日本の場合、ソフトという意味合いでの衣食住の分野で強みを活かせる可能性があるのではないかと思っています」

SPACE FOODSPHEREの重要テーマの一つは、地球で慣れ親しんだ食べ物に極力近い物を提供していけるか。食料・食事・食卓という三段階に分けて検討しているという。まずは資源が限られた宇宙で食料をいかに確保するかという点で、"月産月消"を実現する植物工場や人工肉などもがあるが、目指すのは「食卓」だという。

「我々のチームは、宇宙だろうが地球だろうが、人類が継続的に発展していくために必要なものは何かを常に考えています。その一つがコミュニケーションです。宇宙は極限的な閉鎖隔離環境であることに変わりありません。人の支えとなるものは他者との関わりであり、それを果たすためのツールとして食卓があると考えています」

宇宙で食卓を囲み、楽しく会話をする。美味しい食事をする――宇宙での具体的な生活を想像することができ、それが現実に近づいた時、はじめて居住の選択肢として月や火星が選ばれるだろう。

提供:SPACE FOODSPHERE

提供:SPACE FOODSPHERE

宇宙だけではない、海上都市の可能性

宇宙だけでなく、地球表面の70%を占める海にも注目が集まっている。
都市そのものを海上に浮かるプロジェクトで、日本では清水建設が「シミズ・ドリーム」と題して2つの構想を発表している。

ひとつが「環境アイランド GREEN FLOAT」。1万~5万人程度が居住可能な、直径3kmほどの浮体式の人工島を連結させていくことで、100万人規模の海上都市への発展を視野に入れている。海洋温度差発電などで得る再生可能エネルギーを利用し、食料の自給自足やカーボンマイナス、廃棄物ゼロ社会などを目指す。
出典:環境アイランド GREEN FLOAT-清水建設

「海洋未来都市構想GREEN FLOAT」(画像提供:清水建設株式会社)

「海洋未来都市構想GREEN FLOAT」(画像提供:清水建設株式会社)

もうひとつは、都市を深海に向かってらせん状に伸ばしていく「深海未来都市構想 OCEAN SPIRAL」だ。水深200mを超える深海域には洋上養殖に活かせる海洋深層水や鉱物資源も眠っていると言われる。人類が手をつけてこなかったこれらの地球資源を有効活用することで、陸上型の効率至上主義からの脱却と、人類社会の持続性の飛躍的向上を清水建設は提言している。
出典:深海未来都市構想 OCEAN SPIRAL-清水建設

「深海未来都市構想OCEAN SPIRAL」(画像提供:清水建設株式会社)

「深海未来都市構想OCEAN SPIRAL」(画像提供:清水建設株式会社)

超長寿の時代に人生をどう生きるのか

ここまで述べてきたように、テクノロジーの進歩で、不老長寿社会における食や居住環境の問題は解決できることが予想される。では、人の心の問題はどうだろうか。寿命が伸びて人間は幸せになれるのだろうか。

2016年に国内でも発刊され話題となった『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット 著)。同書では、平均寿命の伸びとともに、人生で働く時間が長くなっていくこと、それともにキャリア形成における価値観などを変質させていく必要があることが提言された。

日本でも「人生100年時代」という言葉が当たり前に使われるようになったが、残念ながら、「長い老後に向けて備えなくてはいけない」というネガティブな印象を持つ人も多い。

超長寿社会は、老後の不安をもち続ける社会なのか。多くの人々の参考になる人生を送っている人が熊本市にいる。Instagramを中心に、自撮り写真家として活動する西本喜美子氏だ。昭和3年生まれの92歳。老いを笑いに変えるようなユニークな表現が評価され、新聞やテレビなど数々のメディアで取り上げられている。だが、意外にも写真を撮り始めたのは72歳の時だった。

「写真教室に通い始めたんです。お友達と見せあいっこしたり、教えあったりするのが楽しくてのめりこんでいきましたね」

西本喜美子氏

もともと、何にでも興味をもつ性格でチャレンジすることが好きだという。20代の頃には美容師から競輪選手へと華麗な変貌を遂げた。結婚後は長らく専業主婦をしていたが、地元の写真教室へ通い出すと、かつてのチャレンジ精神がよみがえってきた。

「自分がいる場所で、これ面白いんじゃないかと思ったものを撮っているんです。とにかくあんまり上手じゃないから、楽しんでもらいたいっていう気持ちだけですね」

西本喜美子さんのセルフポートレート作品。(西本喜美子さん提供)

西本喜美子さんのセルフポートレート作品。(西本喜美子さん提供)

写真だけでなく、2018年にInstagramを始めたことで人生が劇的に変わっていく。フォロワー数が伸びると、出版社から写真集を出さないかという提案が舞い込んだ。

「今は、私の姿を見てもらって、写真を撮る仕事はこんなにも楽しいということを知ってもらいたいと思いますね。自分にとっては生きがいです。写真を通してお友達もたくさんできました。全然知らないところから始めたんですが、写真教室に入って良かったなあという気持ちでいっぱいです」

西本氏の生き方は、高齢になってもチャレンジすることで、新たな生きがいを見つけたり、新しい友人と出会える可能性があることを物語っている。

人類は不老長寿の入口に立っている

我々人類は、未来を予測し、さらなる豊かさと幸せのために挑戦を続けている。食料問題や水不足への対策に、フロンティアへの進出。未来は想像をはるかに超えるスピードで近づいている。不老長寿時代の入口に立った私たちは、100年後の子孫のためだけではなく、100年後の自分のために、今から考え行動することが必要なのかもしれない。

編集・文:株式会社ドットライフ

#09 不老長寿は人類を幸せにするのか?