2021.02.09.Tue

30年後の人類にもたらす変化

猛スピードで進歩する医療技術

医療は複数の先端技術を融合することで、不可能とされてきた難問を解決し、新たな道を切り拓いてきた。SFのような不老長寿の世界も見え始めてきている。医療の進歩は、30年後の人類に何をもたらすのであろうか。

外見は30代の250歳

サイエンスライターのイブ・ヘロルド氏(アメリカ)は、自著『Beyond Human 超人類の時代へ』で、超人類のビクターという人物について紹介している。

彼はすでに250歳を迎えるが、外見は30代にしか見えない。心臓や膵臓は人工臓器に交換されており、インテリジェントな義手・義足を使って毎日元気に街を闊歩している。片眼には「スマート・コンタクト」を装着。自分の身体や周辺の情報を眼に映し出し、必要なときは音声コマンドでインターネットにアクセスして情報を収集する。

250歳とはいえ脳も衰えていない。「脳神経インプラント」で記憶力を増強し、必要な情報はクラウドからダウンロードできるので、むしろ昔よりも賢くなっている。医療技術の進歩によって、老化やがんなどの病気の心配もない。

(提供:adobe stock)※写真はイメージです

(提供:adobe stock)※写真はイメージです

このストーリーラインは絵空事のように思えるだろう。しかし、現実になりつつある。

我々の周りでは、コンピュータ技術、マイクロエレクトロニクス、ナノテクノロジー、細胞療法、遺伝子工学、認知科学、ロボット工学といった最先端テクノロジーが融合した「コンバージング・テクノロジー」という領域が現れている。それらの技術は、人間の身体能力をエンハンス(増強)し、健康状態を劇的に改善する。さらに、寿命を延ばすような研究も進んでいる。

たとえば、糖尿病の治療薬である「メトホルミン」はカーディフ大学医学部のクレイグカリー教授らの研究によると、18万人以上にも及ぶ大規模研究により、糖尿病のない人に比べ同等以上に寿命を延ばす治療効果があることが示された。また、ポリフェノールの一種である「レスベラトロール」は、2006年米国ハーバード大学のD.シンクレア博士たちによる研究では、マウスに投与したところ、肥満による悪影響が減少し寿命が延びる可能性があると報告されている。

Baur, J., Pearson, K., Price, N. et al. Resveratrol improves health and survival of mice on a high-calorie diet. Nature 444, 337-342 (2006). https://doi.org/10.1038/nature05354

旬の話題として、東京大学医科学研究所が「マウス実験の結果、老化細胞を選択的に死滅させるGLS1阻害剤によって、加齢・老年病・生活習慣病を改善できる可能性を確認できた」と発表した。

動物だけなく、人間の寿命を延ばす研究が本格化すれば、限界寿命とされる125歳前後を超える「超人類」が登場するかもしれない。

ここからは、最先端のテクノロジーが人類の健康や暮らしに対して一体どんな影響を及ぼしていくのか、その未来についてざっと占ってみよう。

脳と体がつながる未来

振り返ってみれば、1990年からの30年間だけでも、医用工学やバイオサイエンスの分野で、驚くような発展を目の当たりにしている。すでに、医用工学の分野では、人体の臓器の一部を補助する、あるい機能全体を代替する装置が実用化されている。

代表的なのは人工内耳だ。日本国内だけでも、2017年までに1万件超の手術が行われており、世界でも幅広く浸透している。

さらに「BMI(Brain-machine Interface)」の研究も進んでおり、脳とダイレクトにつながった義手や義足などの開発も行われている。「サイバスロン」と呼ばれる、最先端技術を応用した義肢などを用いて障がい者が競技に挑む国際的なスポーツ大会は、未来の祭典として注目を浴びている。

脳の信号でコンピュータをコントロールし、アバターを競わせる「脳コンピュータ・インターフェース・レース」の様子(写真:アフロ)

脳の信号でコンピュータをコントロールし、アバターを競わせる「脳コンピュータ・インターフェース・レース」の様子(写真:アフロ)

第1回の大会は、2016年にスイスで開催され、脳コンピュータインターフェース、機能的電気刺激自転車、パワード義手、パワード車イスなど6つの競技が行われた。

自分の意志(脳波)でゲーム内のアバターを動かしたり、電気刺激で筋肉を収縮させて自転車を漕いだり、筋電義手を利用して自分の意志でモノをつかんだり。さらに目や舌の動きで車いすを操縦したりするなど、まさに人機一体の競技が繰り広げられている。

10年後には、念じるだけで車イスをコントロールできたり、リモコンを使わずにテレビのチャネルを変えられたり、調理ロボットに料理を作らせたりと、たとえ病気や老衰で身体の一部が不自由になったとしても、機械を自分の身体として思い通りに操れる時代が訪れるのかもしれない。

早期発見と治療でがん撲滅も

2030年代には、がんや生活習慣病が発症する数年以上前に、病気を予測できる可能性がある。病気になってから対処するのではなく、先に抑え込む医療の実現だ。

日本人の死亡原因1位のがん。将来、リスクを回避した日常生活を送ることで、そもそもがんにならないかもしれない。仮に罹患しても早期に発見・治療できれば、死亡率を低減させることもできる。

がんの早期発見については、新たな検査法の開発が進んでいる。HIROTSUバイオサイエンス社の「N-NOSE」は、ゲノム研究の世界ではポピュラーな「線虫」を利用する、がんの検査方法だ。

HIROTSUバイオサイエンス株式会社の広津崇亮代表

HIROTSUバイオサイエンス株式会社の広津崇亮代表

線虫は犬の1.5倍の嗅覚を持ち、がん特有の匂いに近づく性質がある。人間のたった1滴の尿で、がんかあるどうか、高確率でわかるという。同社代表で生物学者でもある広津崇亮氏はこう説明する。

「尿にたくさんの線虫が集まる場合、身体の中にがんがある可能性があります。線虫は、ステージ0や1の早期がんにも反応するので、N-NOSEはがんの早期発見に有用だと考えています。すでにサービスは始まっており、今後は自宅でがん検査が受けられる新サービスも開始します。手軽に受けられて精度が高いN-NOSEは『がんの一次スクリーニング検査』になるので、日本だけでなく世界中の方に使っていただける検査にしていきたいですね」

線虫は、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がん、膵臓がん、肝臓がんなど15種類のがんに反応することが臨床研究で確かめられているという。現在はまだ、どの臓器にがんがあるのかは分からないが、2022年中にがん種の特定が可能な次世代検査の実用化を目指しているそうだ。

(提供:HIROTSUバイオサイエンス株式会社)

(提供:HIROTSUバイオサイエンス株式会社)

アメリカではがん撲滅にむけた治療法の開発が進んでいる。

アメリカ国立衛生研究所の小林久隆主任研究員が長年にわたり研究している「近赤外光免疫療法」。がん細胞に結合する抗体医薬と近赤外線を組み合わせ、結合体が結びついたがん細胞をピンポイントで破壊する。

がん細胞と同時に「がん細胞を守る免疫細胞」を壊すことで、ダブルの効果を発揮するという。日本では、世界に先駆けて光免疫療法で使われる点滴静注(楽天メディアカルジャパン製)が承認され、大きな脚光を浴びた。現時点では、頭頸部がんのみが対象だが、食道がんや大腸がんなど、固形がんへの応用も期待されている。

これらの治療法や検査法が進化し、がんが治る時代が到来すれば、2030年代には世界の100歳以上人口が100万人に達するという予測も現実味を帯びてくる。

(提供:adobe stock)

(提供:adobe stock)

遺伝子工学の目覚ましい進歩

2040年代になると、遺伝子工学の世界も目覚ましい進歩を遂げていることだろう。

この分野は1970年代にDNA組み換え技術が確立され、80年代に生物のゲノムを改変して利用することが可能になった。90年代半ばには、体細胞クローン羊の 『ドリー』が英国で誕生。さらにその10年後、衝撃的なニュースが世界中を飛び交った。2012年にノーベル賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授らによる『ヒトiPS細胞』(人工多能性細胞)の研究だ。

未来の再生医療への夢を紡ぎ、人類に大きな貢献をもたらすと期待されている。京都大学iPS細胞研究財団で進められている「再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト」も、熱いまなざしが向けられている。

従来のiPS細胞の自家移植は、まず患者の血液などの細胞からiPS細胞を作り、その品質を確認したうえで、治療に必要な細胞へと変化(分化)させていた。

一方、本プロジェクトは、拒絶反応が起きにくく、品質の保証された他人の再生医療用iPS細胞をストックしておき、必要に応じて国内外の医療機関や研究機関に提供するものだ。自家移植と比べて、半年から1年ほど移植の時間を短縮でき、コストも抑えられるという。

(提供:京都大学iPS細胞研究財団)

(提供:京都大学iPS細胞研究財団)

京都大学iPS細胞研究所国際広報室の和田濵裕之氏は、次のように語る。

「現在、iPS細胞を使った臨床応用を目指し、これまでに11のプロジェクト(臨床研究や治験)が公表されています。このうちiPS細胞ストックを使った細胞移植は、加齢黄斑変性やパーキンソン病、重症心筋症など8例。iPS細胞ストックでなく、独自にiPS細胞を作るものが3例あります。こういったiPS細胞ストックにより研究が進み、従来まで治らなかった病気に対して、iPS細胞を使った新しい治療法の可能性が出てきたことが大きなポイントでしょう」

「さまざまな疾病で苦しむ患者さんにiPS細胞ストックを使ってもらえるように準備しています。計4種の遺伝子パターンの細胞で、約40%の日本人に対して免疫反応が少なく移植できるところまで来ています。さらに世界中の9割以上の方々をカバーできるようなiPS細胞を作るプロジェクトも進んでいます」

(zoomのインタビュー取材に答える和田濵裕之氏)

(zoomのインタビュー取材に答える和田濵裕之氏)

和田濱氏によると、2030年にはいくつかの疾患では臨床研究や治験がある程度は終わっており、患者が再生医療を一般的な治療として受けられるものも出てくることを想定しているという。またiPS細胞を使った創薬も進むと予測する。

2040年には再生医療関連の国内市場も1兆円規模になり、世界市場でも12兆円規模に拡大する見込みだ。

再生医療が一般的になってくると「iPS細胞で臓器を丸ごと再生して、臓器を交換できるような不老長寿の時代に近づくのでは」という期待も膨らむ。

これについて和田濱氏は「我々の目標は健康寿命を伸ばすことです。絶対に不可能だとは思いませんが、まだ体外で様々な種類の細胞が組み合わさった大きな臓器を作ることは難しい状況です。現在医療応用に向けて進んでいる研究の多くは、一種類の細胞を作り、それを臓器に移植して機能を補うという考え方です」と話した。

オープンラボで実験を行う様子(提供:京都大学iPS細胞研究所)

オープンラボで実験を行う様子(提供:京都大学iPS細胞研究所)

DNA情報で病気を未然に防ぐことも

健康寿命を延ばすことについては、ハーバード大学のデビッド・シンクレア氏のベストセラーの『老いなき世界(LIFE SPAN)』でも語られている。いくら寿命が延びても、QOL(クオリティオブライフ)が向上せずに元気でいられる時間が短ければ、生きている意味も薄らいでしまうからだ。

シンクレア氏は自著のなかで長寿命遺伝子の研究について触れ、「老化は病気であり、治療できる病だ。健康寿命が延びて、誰もが健康なまま120歳まで生きられる時代になる」と説明している。

人間の細胞には寿命があり、それはDNAの末端部分「テロメア」の長さが関係しているといわれている。細胞が分裂し、DNAが複製されるたびにテロメアが短くなり、ある一定の長さに到達すると分裂できなくなるのだ。

ところが、このテロメアを修復し、長さを維持する「テロメラーゼ」という酵素が発見された(この発見により2009年に3人の学者がノーベル賞を受賞している)。このテロメラーゼを注入することで細胞の老化を防止するという。一方で、正常な細胞をガン化させる可能性を持つことも示唆されており、現時点では判断が分かれているようだ。

(写真:アフロ)

(写真:アフロ)

2040年代には、こういったアンチエイジング技術によって、人間の寿命を延ばせるようなアプローチが明らかになる可能性もある。この頃になるとDNA情報から病気を未然に防いだり、個人に最適な治療が可能な「オミックス医療」も進展しているだろう。遺伝病の原因となる異常遺伝子を体内で修復する技術も実用化されるかもしれない。

病気を意識しない時代の到来

2050年代までには、人間の心臓や肺などの主要臓器を含む、ほぼすべての部位をiPS細胞で再現できるようになるという予測もある。

30年後には、生まれると同時に将来かかる可能性のある病がわかり、予防が徹底され、病が発症したとしても拒絶反応のない移植ができる。さらにいえば、自分で気づくよりも早く、体の異常は体内のマイクロマシンに検知され、自動で修復されているような未来も想像できる。

生活の中で病気や健康を意識することさえなくなり、身体機能を強化する技術がさらに発達すれば、私たちは年齢という概念を忘れて、10歳でも、100歳になっても20代と同じように、暮らす世界がくるかもしれない。

医療の進歩によって人類の可能性は大きく広がる。次の30年への期待は尽きない。

※本稿の情報は執筆段階の情報をもとに構成しております。また、執筆段階で出ている研究成果から予測した情報が含まれています

編集・文:株式会社ドットライフ

#09 不老長寿は人類を幸せにするのか?