2021.03.09.Tue
ロボットやコミュニティが進化
企業の試みで大きく変わる価値観
不老長寿の時代にはどんな暮らしが待っているのだろうか。本稿では、これまで当たり前とされてきた生き方や価値観を大きく変える企業などの取り組みを紹介したい。そして、その先にどんな家族とのつながりや自身の成長、暮らしがあるのか想像してみよう。
ロボットが家族になる日
近年のロボット技術の発達は、ロボットと人が寄り添う未来を切り開きつつある。その様はまるで、新しい家族のあり方を見ているようだ。
ロボットスタートアップGROOVE X社が開発した「LOVOT〔らぼっと〕」は、次世代の家族型ロボットとして2019年末に出荷を開始した。その後、コロナ禍で注目が集まり、20年10月には、同年3月と比べ月間の販売台数が最大11倍に増えた。コロナ禍で寂しさを感じる人たちの拠り所になったのだ。
LOVOTは、各種センサーによって人の顔や動きを認識し、自ら近づいたり、まぶたや瞳を巧みにコントロールしたりすることで、まるで生きている様に細かな感情を表現する。全身に50以上のタッチセンサーが配置され、優しく触られているのか、強く触られているのかも理解し、反応を変える。さらに、オーナーとコミュニケーションするにしたがってAIが学習し、LOVOTの性格を構築。一体一体がオリジナルの個性を表現するようになるのだ。
それだけではない。LOVOTの体は、人肌(37度~39度)と同じくらいの温度に保たれている。肌も柔らかく、人と触れ合っているような温もりを感じさせる様が、コロナ禍で寂しさを感じる人たちに求められたのかもしれない。
これまでのロボットといえば、工場の産業用ロボットをイメージする人もいるかもしれない。しかし、賢くて役立つだけがロボットではない。
人の心の機微を理解するやさしさ、横に居てほしくなるような暖かさ。ときには叱ってくれたり、想い出を語りあう友のような存在であったり。見た目や手触りも含めて、生活をともにするパートナーに変わりつつある
LOVOTは犬や猫といったペット、あるいは家族ともいえる存在だ。そんなロボットこそ、長寿社会にうってつけかもしれない。
ロボットで拡張する身体
さらに、ロボットには、人間自身を拡張させる可能性もある。自分の意志で自由に操ることができ、感覚までも鮮明に共有できるロボットは私たちの分身となりうる。
そんな未来の「分身ロボット」は、身体的な制限を解放する。例えば、病気で外に出られない人や寝たきりの人でも、分身ロボットを操ることで、まるでその場に一緒にいるように誰かと活動したり、時間を過ごしたりできるようになる。
株式会社オリィ研究所では、分身ロボットOriHime(オリヒメ)を活用した新しい働き方を提案している。OriHimeにはカメラ・マイク・スピーカーが搭載されており、例え寝たきりであったとしても、インターネット経由で操作ができる。行きたい場所にOriHimeを置いておくことで、その場の風景を眺めたり、そこで交わされる会話に、声や身ぶりでリアクションをすることができる。実際にその場所に"いる"ような体験が味わえるのだ。
オリィ研究所は、外出困難な人たちにOriHimeを活用した就労の機会も提供している。「分身ロボットカフェ DAWN」では、ALSなどの難病や重度障害の人々が、OriHimeを遠隔操作してサービススタッフとして働いている。
さらに働く場所を社会で広げるため、「アバターギルド」プロジェクトを発足した。これまで就労経験がない人や働くことにブランクがある人には、分身ロボットカフェなどで就労移行のトレーニングをし、苦手意識の克服や、接客などのスキル習得を支援する。そのうえで企業への就職も支援するという取り組みだ。
「企業の人事担当者にもカフェに来てもらって、働いている様子を見てもらっています。寝たきり状態や外出困難な人を採用することは、面接だけでは企業にとっても判断が難しいと思います。だからこそ、アバターギルドのように橋渡しをする仕組みが役に立ちます」
代表の吉藤健太朗氏は、分身ロボットが完全に身体の代用として普及するには多くの課題があると話す。技術的な問題もあるが、そうした働き方があることを社会に周知し、理解してもらうことが必要なのだ。
分身ロボットカフェの取り組みには、「寝たきりの先を作りたい」という願いが込められている。キーワードは孤独の解消だ。
「自由に外出できない人ほど、働きたい、誰かの役に立ちたいという意欲は高いと思っています。孤独にならない生き方がしたいんです。病気だけでなく、老化によって仮に寝たきりになってしまったとしても、いつまでも社会とつながり続ける方法があれば、孤独は解消されるのではないかと思うのです」
また、分身ロボットが当たり前になっていくことで、世代を超えたコミュニケーションも活発になるという。
「自分の分身となるロボットの容姿は自由にコントロールできます。外見の特徴と中身が必ずしも一致しなくなるのです。横にいる人がパッと見は五十歳ぐらいだけど実は十歳ということもあり得る。おそらく、年齢的な差別はなくなっていくでしょう。人種や文化、言葉の壁も関係なくなっていくかもしれません」
コロナ禍、Zoomなどオンラインで人とつながる時間は増えた。一方で、オンラインで繋がっているだけでは不十分で、その場に"いる"ことの価値に人々は気づいたという。
「人は誰かと一緒に何かをしたいのですよ。テレビ会議システムを使って単純に会話するのとは異なり、身体的に同じ時間を過ごすことで育まれる関係性があるんです。OriHimeでは、その身体的感覚を共有できる。実際、OriHimeがお葬式や結婚式、卒業式などで使われるケースも増えています」
仕事も、旅行も、学校も、ロボットが同じ場所に集まり、体は世界中に散らばっているような未来も想像できる。さらには、複数のロボットを同時に操作することで、何人もの人生を同時に体験できる可能性もある。
ロボットにより身体的な制限がなくなった未来では、コミュニケーションのあり方が今とはガラッと変わっているのかもしれない。
宇宙旅行の準備はスポーツ用品店で
テクノロジーが発達した未来で、私たちが居住する場所は地上とは限らない。水中、宇宙、天空都市など、長く生きる中で生活空間も変化するかもしれない。
宇宙移住は、本連載の第一回で触れたとおり現実のものとなりつつある。それは、宇宙航空技術の話だけではない。実際に私たちが日常的に身につけるような宇宙服の開発も進んでいる。
例えば、スポーツ用品メーカーUnder Armour(アンダーアーマー)は、次世代の宇宙服を開発している。これまでの宇宙服のイメージを刷新し、デザインや機能性はSF映画の世界を想起させる。
この宇宙服は、アメリカのVirgin Galacticが提供する宇宙旅行のために作られている。宇宙船打ち上げ時や大気圏突入時の重力負荷、マイナス270度にもなる宇宙空間と地上の寒暖差に耐えうることが、宇宙服に求められる。
ここに、スポーツウェアの開発で培ってきた技術がいかされている。宇宙服のベースには、運動時に身体が発する熱エネルギーを吸収し遠赤外線に変換する「UA RUSH」を改良した生地を採用。さらに改良することで、重力の変化があっても血流を強化し水分と体温を管理することができるという。外側を覆う部分には、フィット感とサポート感のある体型を作り出す「UA Clone」という構造が使われている。
スポーツ用品店で見かけるメーカーが、宇宙服も作っているという事実は、地球と宇宙の距離をまた一歩近づけてくれているようだ。宇宙旅行に向けてスポーツ用品店に買い物へ。そんな週末の過ごし方もあるのかもしれない。
きょうは会社、あすは学校へ
長寿社会が到来するということは、一生のうちに複数の時代にまたがって生きる可能性が高まるということだ。テクノロジーや価値観はたびたび変わる。それに対応するため、常に自身をアップデートして、学びなおすことも必須になるだろう
すでにその兆候は現れている。生涯にわたって教育と就労のサイクルを繰り返す「リカレント教育」は、数年前から注目されつつある。
シニア世代に新しい教育の場を提供する立教セカンドステージ大学の河村学長補佐に、学び直しの意義を聞いた。
「不老長寿の社会になれば、社会に出てしばらくした後に大学に入りなおしてくる、あるいは定年退職後に学びなおしをするという人が増えてくることでしょう。どのタイミングであっても、本人が学びたいと思った時に学べる場を提供していくことが、今後より求められると思います」
同大学では、高齢者の学びの場だけではなく、異なる世代間で交流する機会も提供している。
「例えば異文化コミュニケーション学部というのが立教大学にあります。そこで学ぶ若者たちの講義に、立教セカンドステージ大学の受講生がコメンテーター役として参加して、学生達に社会人経験を踏まえたアドバイスをするということも行っているのです。シニアの方々も若い世代と触れ合うことで、新しい感性を身に着けるきっかけになります」
学校の存在意義は、学びなおしや交流の機会だけでない。そこでの出会いがその後の人生の可能性を広げるものにもなる。学校に行くことは、次のステージに進むためのスタート地点でもあるのだ。
不老長寿の時代には、何度も学びなおしをすることになるだろう。大変なことかもしれないが、そのたびに新しい知識・出会いを得ることができる。それは、その先の人生をより豊かにするきっかけにもなるはずだ。
長寿社会のまちづくり
人の価値観のライフサイクルが早まるように、まちのライフサイクルも早まる可能性がある。まちづくりのあり方は、人々のニーズや住んでいる人の年齢構成、人口動態によって変化する。長寿社会では、これまでよりも早いサイクルでまちを変化させる必要があるかもしれない。
リビングラボ(Living Lab)は変化に対応したまちづくりを実現する可能性を秘めている。欧州を中心に広まりつつ取り組みで、住民が主体となって自分たちの暮らしを豊かにするためのサービスやものを生み出す活動だ。
鎌倉リビングラボの秋山弘子氏(東京大学名誉教授)は、現代の長寿社会のニーズに対応できていない日本のまちづくりに対して、リビングラボの可能性を示す。
「これからやってくるのは、誰にとっても新しい社会です。子どもたちも人生100年という考えには馴染んでいないでしょう。高齢者が参加するだけでなく、全ての世代が参加して、誰にとっても住みやすいまちをめざして共創することがリビングラボの活動です」
多様な人が関わることが、住みやすいまちにつながる。まちづくりは私たち一人ひとりが担う役割の一つとなっていくのかもしれない。
「ごく普通の生活者からの意見やアイデアを把握することが活動の鍵になります。だからこそ、私たちは参加される住民の方を"生活のプロ" だという風に位置付けています。 さまざまな経験をしているし、ソリューションのアイデアも持っている。 それを共有するために使った時間の対価として報酬を得ることもできます」
今後、幸せのかたちは多様化していくだろう。そんな一人ひとり違う理想の暮らしを、当事者を起点に生活者みんなで話し合い、実現していくことが未来ではあたりまえになっているのかもしれない。
不老長寿時代のワンシーンはあなたの未来だ
未来の生活を想像するとき、そこに自分の姿を投影できる人はどれだけいるだろうか。夢物語に思えるようなこともあるかもしれない。だが、不老長寿時代の入口に立ち、長く生きる可能性がある私たちには、どれほど遠い未来でもたどり着ける可能性がある。
これから100年あるいは200年生きるかもしれない。考え方や価値観、幸せの形も時代を経るごとに変わっていく。その変化に対応するための柔軟さは、想像し得るすべての未来が、自分の未来だという当事者意識から生まれるのかもしれない。
未来の当事者が増えるほどに、未来は明るいものであり続けるだろう。不老長寿が人類を幸せにするかは、今を生きる私たちの行動にかかっている。
- 編集・文:株式会社ドットライフ