2020.10.21.Wed

水循環の技術が進化

水テクノロジーで都市が安全に

時代や社会がどれだけ変化しても、人は水がなければ生きられない。毎年災害に襲われる日本で、安全な水を安定的に確保することは、至上命題だ。世界中がコロナによるウイルス災害に襲われた今、衛生の確保はかつてないほど重要視されている。研究開発が進む水テクノロジーは、衛生的で安全な都市生活にどう寄与するのか。水ビジネスで注目を集める東大発ベンチャー、WOTA株式会社代表の前田瑶介さんに聞いた。

「その場で使った水を、その場できれいに」

安全な都市生活と水は切り離すことができない。人類にとって水は欠かせないもので、水を求めた人が川の周りに集まり、文明が生まれた。水を効率的に使うため上下水道が整備され、都市として発展した。

一方で、きれいな水を保つには巨大なインフラの維持が必要だ。このインフラ維持のために人が集中し、都市の過密化が進んでいる。

その巨大なインフラが持ち運べるようになり、場所の制約がなくなったら、どんなにいいだろう。そんな夢のような技術を開発し、一躍注目を集めているスタートアップがWOTAである。WOTAはどのような技術を持つ会社なのか。

「水には大きく分けて、供給と処理という2つの側面があります。私たちの生活には、そのどちらもが必要です。供給は、飲料水はもちろん、手洗いや入浴など生活用水として不可欠なものです。一方で見落とされがちなのですが、それだけの水を使うということは、同時にそれだけの排水を生んでいるということです。上水道が誕生したローマ帝国の時代以降、排水処理ができないことで都市の衛生環境が悪化し、伝染病が広がったという歴史もあります。都市の安全という観点で言えば、水インフラの本質は排水の処理にあると私は考えています」

現代の私たちが下水道処理施設に任せ切っている、排水の処理。WOTAが開発したWOTA BOXは、それを私たち自身の手で可能にするという。前田さんはWOTA BOXについて、「一言で言えば、水処理場を10万分の1のサイズにして持ち運べるようにした装置」だと言う。

内部には活性炭膜や逆浸透膜など6つのフィルターが設置され、排水の中のゴミや石けんの成分、汗、ウイルスなどをほぼ100%取り除くことが可能だ。搭載されたセンサーが水質を厳しくチェックし、WHO(世界保健機関)の水質基準を満たすまで浄化してくれる。内部のそれぞれの装置は、AIで制御されている。

「水処理には非常に複雑な制御が必要で、言わば“酒蔵の職人”のような世界です。例えば下水処理場では、有機物を多く含んだ生活排水は微生物を使って分解処理するんですが、水処理場の職員さんは、タンクから出る泡の出方や水面の色から中の状態を把握し、酸素を送り込んで微生物を活性化させたり、かき混ぜ方を変えています。

WOTA BOXでは職員さんの目や鼻となる部分をセンサーに置き換え、水処理の状態を把握しています。効率的に水を処理できるよう、それぞれのセンサーからのデータを元に、AIが各装置を最適な状態に制御しています。これまでデジタル化されてこなかった領域ですが、いろんな水処理場の職員さんの運用管理をモデリングするような発想で、自動化することに成功しました」

WOTA BOX内に設置されているフィルター

WOTA BOX内に設置されているフィルター

WOTA BOXのもう一つの大きな特徴が、持ち運び可能だということだろう。移動可能な水インフラは、新しい使い方を可能にするという。

「そもそも水以外のライフラインはどんどん分散化・小型化されています。電気は各家庭で発電できますし、通信は基地局はありながらも、ポケットに入るようになりました。水においても同じようなものができればというのが発想の発端でした。WOTA BOXは持ち運びできますので、その場で使った水をその場で綺麗にするという新しい水の使い方が可能になります。水を確保する時点で、排水の問題も同時に解決できます」

WOTA BOXによる水の再生率は98%以上と非常に高い。シャワーに利用する水は通常1人あたり約50リットル。100リットルだと2人の利用となるが、WOTA BOXで水を再利用すれば、同じ量の水で約100人がシャワーを浴びることができる計算だ。

その実力と効果は、すでに証明されている。2018年の西日本豪雨や北海道胆振東部地震では、水道が使えなくなった被災地の避難所でWOTA BOXを利用したシャワーセットが設置され、多くの住民がシャワーを浴びることができた。

「昨年の台風19号では、千曲川の氾濫で被災した長野市全域に合計14台のWOTA BOXを設置しました。下水処理場が水没してしまい、水はあっても使えないという状況でしたが、WOTA BOXで排水の処理を可能にしたことでシャワーをご提供できました。既存インフラのレジリエンス(回復)をカバーできた事例です。

水害などの後、浸水した部分が乾燥すると土埃が飛び交います。その土の中には様々な細菌やウイルスが存在していて、それが身体に付着したまま避難所で寝るのは、感染症などの観点からも非常に危険です。シャワーをご提供することで、地域全体の衛生に貢献できたと思います」

長野市全域に設置したWOTA BOX、屋外シャワーキット

長野市全域に設置したWOTA BOX、屋外シャワーキット

毎年災害に襲われる日本において、レジリエンスはインフラとして非常に重要な要素だ。WOTA BOXは、従来の水道の弱点であるレジリエンスの課題を見事に解決してみせた。シャワーを利用した被災者からは、感謝の声が上がっているという。

「避難生活が長期化すると、毎日風呂に入ったり満足に手を洗ったりできない状態で、避難所から仕事や学校に行ったりという生活になります。精神的にも厳しいものがあり、それを解消できたのは大きいと思います。

印象的だったのは、子供たちです。避難所での集団生活では大声も出せずに過ごしているお子さんたちが多く、プライバシーを確保できる入浴空間は感情を開放できる場になるんです。シャワーを浴びるために脱衣テントに入った途端、大抵のお子さんが笑い出すか泣き出します。押し込めていた感情を解放することができる。物理的な衛生だけでなく、精神的な衛生も実現できたと思います」

分散型水インフラが、都市のあり方を変える

従来の水道は、言わば固定型のインフラだ。一度作ってしまえば移動させることはできず、人々の生活の場は水道のある場所に限られる。水源や大型の施設に依存せず、移動可能な分散型の水インフラは、都市の生活にとってどんな利点があるのだろうか。

「日本の水道は、線のインフラです。1本の線に何世帯繋がっているかによって、その経済性が変わります。世帯数が減れば、1世帯あたりのコストが上がる。人口減少に直面している地方都市もある中で、すべての都市にとって優しいインフラではないということです。日本の上下水道事業に投入される資金は毎年約10兆円ですが、料金収入は6兆円。残りの4兆円は税金で補填されている状態です。多くの自治体が、事業の継続性に課題を抱えています。人々の移動に合わせて移動可能なWOTA BOXは、これからの人口変動に対しても対応性の高いインフラであると言えます」

分散型であることで、都市開発のあり方も変えることができると言う。

「都市開発においては、タクティカルアーバニズムという考え方があります。大きな都市開発をする前に小さな介入で都市開発を行い、経済効果や周辺環境への影響度合いを小さなサイクルで事前に検証するものです。WOTA BOXのような分散型水インフラは、この考え方を推進します。例えば公園の中に飲食店を作る場合、従来であれば水道を引くという大きな投資が必要でしたが、我々の技術であれば、必要な時にだけ、必要な分だけの水インフラを持ち込むことができます。自由で柔軟な都市開発が可能になります。

グローバルな視点で言えば、まだ水道のない発展途上国もあります。水道は完全に整備するまでに何十年もかかります。我々のインフラは、持って行ったその日から水が使えますので、ともすれば国の成長の足かせにもなりうる水と都市の衛生という問題を、いち早く解決できます」

提供:アフロ

提供:アフロ

SDGsでは「安全な水とトイレを世界中に」という目標が掲げられている。WOTAのような分散型水インフラは、期待の旗手となるかもしれない。
さらに前田さんは「都市にとっての自己実現を可能にしたい」と語る。

「それぞれの都市には、それまでの文化に根ざした風土があります。安全で健康的な生活と、それぞれの風土が両立されるような都市のあり方を可能にしたいと思っています。

例えば、自然豊かな国がこれから新たに水インフラを作るとします。従来のような水道を敷設するという選択をすれば、その上に道路ができて、道路と水道で区画された都市ができるでしょう。そうではなく、水道を作らずに各集落単位でWOTA BOXのような分散型の水処理設備を置くという選択肢を取れば、水道建設のために豊かな自然を破壊することなく都市開発ができます。

それぞれの場所に応じた水のあり方があっていいと思いますし、それを実現するには水道以外のインフラのあり方を考えていく必要があります。それぞれの風土を尊重するという意味で、都市にとっての自己実現を可能にできればと思います」

これまで日本では、都市部の生活用水確保のため巨額の税金を投入してダムを建設し、いくつもの町や村がその湖底に沈んできた。WOTAのテクノロジーは、水と私たちのそんな歴史を、遠い過去のものに変えてくれるかもしれない。

「WOSH」が創り出す、"公衆手洗い"というスタンダード

コロナによる一連の事態は、ウイルスが都市にとって大きな脅威であることを示した。衛生環境の確保は、これまで以上に重要視されるだろう。都市の衛生を向上させるために、水テクノロジーは何ができるのか。

「コロナによる感染症の脅威がある中で、私たちの水循環技術を使って「公衆手洗い」と呼べるような手洗いの新しいスタンダードを作りたいと考えました。そこで開発したのが、ポータブル手洗いスタンド「WOSH」です。20リットルの水と電源があれば、どこでも、繰り返し手を洗うことができる装置です。手洗いだけでなく、WHOが「第三の手」と呼んでいるスマートフォンも綺麗にできる機能を備えています。元々水処理に使用していた深紫外線照射の技術を転用して、手を洗っている30秒間の間にスマートフォンの表面を99.9%除菌できる仕組みです」

水循環型ポータブル手洗い機「WOSH」

水循環型ポータブル手洗い機「WOSH」

すでに公共交通機関や自治体、商業施設が導入を決めているという。「公衆手洗い」が広がることで、都市の衛生はどう変わるのだろうか。

「人が動き集まるほど、都市の衛生性が下がります。これまで人の経済活動と都市の衛生はトレードオフの関係にありました。WOSHはどこでも、誰でも手を洗える「公衆手洗い」という概念を具現化することで、その関係性を変えていくことができると思います。導入を決めて下さった企業や施設の皆さんも、「自分たちの施設利用者の安全はもちろん、そうでない人たちにもWOSHを使うことで、街全体を安全にしたい」と仰っています。

スタンフォード大学の研究によれば、感染症対策の中で最もコストパフォーマンスが良いのは外出自粛や商業施設の営業自粛ではなく、手洗いをはじめとする衛生習慣の改善だとされています。様々なコストの観点からも、現実的な解になりうると思います」

「公衆手洗い」を実現するWOSHは、公衆衛生の実現を目指す発展途上国でこそ必要とされている。アフリカでの実証実験を予定しているという。

「今、清潔な水で手洗いができない人は世界におよそ30億人いるとされています。これから成長していく国が都市の衛生を確保できるよう、「公衆手洗い」を実現したいと思っています。じつは世界の16%の病院には手洗い設備がありません。オペの前後に、医者が清潔な水で手を洗うことができない。我々の技術を活用して、高水準の手洗い設備をお届けできないかと考えています」

来たるべき「WEFAM」の時代

「水の惑星」と言われる地球だが、地球上の水のうち、淡水源は2.54%、そのうち人が使用できる地表にある淡水源は0.01%に過ぎない。国連の調査によれば、世界人口は今後30年間で20億人増加する見込みで、深刻な水不足が予測されている。持続可能な社会を実現するために、私たちは水をはじめとするあらゆる資源とどう向き合えばいいのか。前田さんは現代社会に大きな影響力を持つGAFAMになぞらえて、「これからはWEFAMの時代だ」と語る。

「様々な分野のDX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組む株式会社チェンジの福留社長とお話しさせていただいた際に、「WEFAM」というアイデアがありました。Wはウォーター、Eはエネルギー、Fはフードです。Aは空気のエアー、Mがマテリアル、素材です。いずれの資源も、まだ多くが大規模集中型の生産体制をとっていますが、持続可能な社会を実現するためには、これらの生産から処理のライフサイクルを小規模分散型にすることが必要だと考えています。PM2.5大気汚染やCOVID19感染拡大で換気や空気の浄化が重要視されたように、空気もこれから非常に重要な分野になっていくでしょう。素材自体も分散的な生産を可能にしていくことや、廃棄物の再処理技術を高めていくことがこれからの世の中に必要なことだと考えています。

私たちは「2030年に自律分散型水循環社会を実現する」というスローガンを掲げています。これを実現するためには、資源となる水を確保する経済的なコスト、水を獲得する上で環境に与える環境コスト、人々の健康に与える健康コスト、この3つの観点でリーズナブルなコストを実現することが非常に重要です。我々の目下の目標は、世界各国において水使用に対する経済コストを、現在の水道料金より下回らせることです。それが実現できれば、今まで100年以上かかっても投資回収できなかった水インフラ事業に様々な企業が参入し始めます。今広がっているメガソーラー事業のように分散型の水インフラが拡大し、自律分散型の水循環社会を実現することができると考えています」

WOTA株式会社代表 前田瑶介さん

自律分散型の水循環社会になることで、水と私たちとの関係は、どう変わるのだろうか。

「WOTAが提供する水循環の技術は、使った水に対して自分で責任を取るための技術とも言えます。従来の水道インフラにおいては、水と人の関係性が1:nでした。誰かが水を作ってくれて、誰かが処理してくれる。けれどその過程でどんなコストやリスクが発生しているかは、ブラックボックス化していて見えない。

自律分散型の水循環社会にすることで、この関係性を1:1に変えていくことができます。どういう水を出すかによって、その水処理のコストが使った人にダイレクトに返ってくる。水の使い方の自由度が上がり、インフラとしてのレジリエンスが上がるだけでなく、人々の環境に対する意識や、人と水の関係性を大きく変えていくことができるはずです。WOTAの技術を通して、社会全体を安全で持続可能な方向へシフトさせていきたいと思っています」

水といかに共存するかは、私たち人類にとって永遠のテーマでもある。安全な都市生活を継続させていくために、限られた資源である水とどう付き合うべきなのか。水と人の関係性を変える自律分散型の水インフラは、その一つの答えを示しているだろう。

前田瑶介
WOTA株式会社 代表取締役社長CEO
1992年徳島県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院工学研究科建築学専攻(修士課程)修了。高校時代に、γポリグルタミン酸を用いた水質浄化の研究を行う。在学中より、大手住設メーカーのIoT水回りユニット開発に参加。teamLab等でPM, Engineerとして、センシングや物理シミュレーションを用いた作品・プロダクトの開発を行う。建築物の電力需要予測アルゴリズムの開発・売却後、WOTA株式会社に参画しCOOに就任。現在はCEOとして、あらゆる人が水の自由を手にするための自律分散型水循環社会の実現を目指す。
編集・文:株式会社ドットライフ

#08 未来は都市を「安全」にするのか?