一極集中から自立分散型の都市社会へ

2020.10.21.Wed

コロナで変わる都市計画の未来

一極集中から自立分散型の都市社会へ

都市の魅力は、なんといっても多様な背景をもつ人々が集まり、政治・経済・文化の中心を形成している点にある。一方で、震災、水害、そして新型コロナによるパンデミックは、一極集中型都市の脆弱性を露呈させた。これから私たちは都市の安全を守りながら、より良く暮らしていけるだろうか。本稿では、テクノロジーの発展から描きだせる未来の安全都市を考えてみた。

都市のいまとこれから

我が国は世界最大の都市国家である。世界的にみても、日本の都市への人口集中は進んでおり、人口の約9割が都市に住む。総人口約1億2500万人のうち、過半数が三大都市圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、大阪府)の居住者である。総人口は少子高齢化によって2006年をピークに減少し続けているが、依然として都市への依存度は高く、今後もその傾向は続くだろう。

「三大都市圏および東京圏の人口が総人口に占める割合」

「三大都市圏および東京圏の人口が総人口に占める割合」 (出典:総務省『都市部への人口集中、大都市等の増加について』)

都市空間では、人、モノ、情報が密集し、高速かつダイナミックに動く。これまではそのような都市の魅力に惹かれ、若い人々を中心に都市部へ人が集まってきた。ところが、地震や洪水といった自然災害、そしていまその最中にある新型コロナによるパンデミックの猛威は、従来の資本主義に基づく都市計画(理想的な都市像)の貧弱さを表面化させてしまった。

人と建設物が密集した都市に災害が発生するとどうなるか。近年では2019年10月、東日本の各地に直撃した台風19号、2020年7月に発生した集中豪雨は熊本県を中心に九州や中部地方などに膨大な被害をもたらした。内水氾濫や決壊した堤防からあふれた水は、多くの人が住む都市部にも浸水被害や土砂災害を引き起こし、各所で孤立に耐えなければならない住民が生じた。

さらには、広範囲にわたり交通機関は麻痺し、被害を連鎖させていった。新型コロナによるパンデミックの渦中にある私たちは、密集を恐れ、他者との適切な距離を取ることを強いられている。以上のような都市型災害により、都市計画そのものを省みらざるを得ない状況となっている。

私たちはいったん立ち止まって、考える必要があるのではないだろうか。そもそも、私たちにとって「都市」とは何だったのだろう。「都市」は目的ではない。個々の暮らしを豊かにする一つの選択肢であり、方法だったはずだ。私たちはいま、「新しい都市像」を発明し、社会のあり方を大胆に変えようと実践していく段階にあるのではないだろうか。

 

テクノロジーによって都市の安全と魅力を創り出す

新たな都市像を描き出す際、安全は社会的機能として、最も重要なポイントになる。便利さだけでなく、あらゆる側面から暮らしの安全、安心への技術的な挑戦を続ける社会の姿勢そのものが、都市の魅力となっていくはずだ。そこで、いま各分野で急速に成長するテクノロジーに期待を抱きつつ、「暮らしの安全」と「都市の魅力」を両立させる未来の都市をSF的にイメージするのが本稿の目的である。

テクノロジーの活用によって得られるものの一つとして、これまで交流のなかった人同士の交流や、知識や技術の共有が始まることが挙げられるだろう。現在、国が掲げる都市計画、「Society5.0」は、まさに今日の都市社会が直面する課題をテクノロジーによって乗り越えようとする試みだ。

※Society5.0 :サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society)で、狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に続く、新たな社会。[内閣府]

※Society5.0 :サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society)で、狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に続く、新たな社会。[内閣府]

Society5.0とはどのような構想なのか、AIをはじめとするテクノロジーによる社会づくりの企画・現場に携わってた加治慶光氏(シナモンAI 取締役会長兼チーフ・サステナブル・デベロプメント・オフィサー CSDO)に伺った。

「Society5.0は、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより実現されます。これまでの情報社会(Society 4.0)では、人がサイバー空間にあるデータベースにインターネットを使ってアクセスし、情報を入手してきました。対して、Society 5.0ではフィジカル空間にあるセンサーから膨大な情報がサイバー空間に集められます。サイバー空間では、このビッグデータを人工知能(AI)が解析し、その解析結果がフィジカル空間に暮らす私たちに様々な形でフィードバックされるのです」

今までの情報社会(Society4.0)では、人間が情報を解析することで価値を生み出そうとしてきた。Society 5.0では、膨大な情報をAIが解析し、その結果が人間のみならず、ロボットなどを通して人間社会に還元されることで、これまで出来なかった新たな価値が産業や社会にもたらされることになる。

これまでの社会では、経済や組織といったシステムが優先され、個々の能力などに応じて個人が受けるモノやサービスに格差が生じている面があった。Society 5.0は私たちの生きやすさに焦点が当たる。ビッグデータを踏まえたAIやロボットが人間の作業を代行・支援するため、サービスの個人差が解消され、誰もが快適で質の高い生活を送ることが可能性が高まるのだ。

行政と企業が連携

加治氏は「Society 5.0に向けた取り組みは、すでに各企業や地域の単位ではじまっています」と語ってくれた。例えば、AIによるハザードマップの精緻化である(例:八王子市災害対策推進コンソーシアム)。台風や豪雨による水害は記憶に新しいが、これまでは各地域の知恵やコミュニケーションに頼る面があった。ビックデータ・AIを利用すれば、土地特有の地理傾向と気象情報などのデータを複合的に集積し、より詳細なハザードマップを作成することができる。

また、鎌倉市とLINEの事例(鎌倉市とLINE株式会社の包括連携協定)のように、情報へのアクセスやコミュニケーション方法の課題を解決しようと、市と企業の連携による新しい取り組みも出てきた。鎌倉市は行政手続きの電子化や手数料等のキャッシュレス化について、LINEを活用し、市民の利便性の向上と行政の働き方改革を進めている。

加治氏は都市の開発状況や文化により、都市づくりの策は異なってくるだろうと予想する。「すでに開発されているエリア(ブラウンフィールド)と、これから開発される手をつけられていないエリア(グリーンフィールド)では戦略が変わってくるでしょう。特に、地方都市に多くみられるグリーンフィールドでは、安全面や地域の価値創出に向けた課題にむきあうプロセスの中で、テクノロジーを利用した実証的な試みが活発化しつつあります。Society5.0 を意識した政府のSDGs未来都市等の政策にみられる動きはそれが具体化したものです」。

例えば交通面に関しては、ヨーロッパの各都市が導入するように、公共交通機関の自動運転化(例:トラム)やシェアリング電動スクーターの共有などが発展するかもしれない。一方、地方都市や郊外といった自動車を利用する地域では、自動運転化に向けたシステム・道路整備が拡大していく可能性がある。公共交通機関の整備と自動化が進めば「交通事故ゼロ社会」も夢ではないだろう。

チューリッヒの電動キックボード 撮影:加治慶光

チューリッヒの電動キックボード 撮影:加治慶光

チューリッヒの路面電車 撮影:加治慶光

チューリッヒの路面電車 撮影:加治慶光

絶対的中心をつくらない自立分散型の都市 〜セルシティという構想〜

未来の防災について、「自立分散協調型の都市モデルが重要だ」と、防災科研の鈴木進吾氏は話す。

「災害時の被害を防ぐためには、不要な移動を減らすことが重要です。例えば、周辺地域から大都市に通勤するのではなく、各地域で移動が完結していたら、交通インフラが止まっても大きな被害にはなりづらい。そういった観点から、60万人程度の人口の都市が自立して、かつ都市同士が連携することで、災害に強い都市が実現できると考えています。災害の情報と、人の移動の情報をつなぐことが、今後の防災の鍵になると思います」

自立分散協調型都市の一つのモデルとして岩崎敬氏(岩崎敬環境計画事務所)が提唱する「セルシティ」という都市計画が、防災科研の中で議論され始めている。セルシティが提案するのは、都市を自立的な小さな地域(セル)の集合体として再構築したまちづくりだ。セルシティのもとでは、個々のセル内(30㎡ほどの面積)で小さなコミュニティが形成され、生活環境がコンパクトにまとめられている。つまり、セル間でリスクを分散し、他セルで災害にあった場合でも都市全体の被害を最小限にできる。また、セル同士は断絶せずに連携しているので、それぞれのセルが独自に保有する資源や知識・知恵の共有も可能だ。

これは、都市に自立した小さな地域(セル)をつくり、個々のセルが協調的に連携するという点で、鈴木氏の話す自立分散協調型のモデルの一つと言える。

防災時のリスク軽減のみならず、各地域が自立し、独自のコミュニティ文化圏を形成し、地域間で地理・文化的財産を生かし合うという点で、セルシティ的発想は我々生活者に喜ばしいことだろう。実際の生活を妄想してみよう。都市を構成するセルの中に人が暮らし、独自の生活、インフラと産業地帯のコミュニティで、他の地域に依存しない形で成り立っている。個々のセルは、新宿や渋谷のような商業エリア、下北沢のようなサブカルチャーのエリア、神保町のような下町・ビジネス街のエリア、生物との共存をテーマにしたエリア。例えばこのような多種多様なエリアのどれかに住みながら、10km内というごく短距離で他エリアにも移動する生活が可能になる。

セル自体は規模が小さいので、改変も比較的大胆に行うことができるだろう。都市全体で理想の安全都市を追求しつつ、ひとつのひとつの共同体(セル)の魅力を、個々の生活者が自主的に育てることにも繋がる。


セルシティの概念図(出典:岩崎敬環境計画事務所『デザインコンセプト 包括的な都市社会モデル:Cell City(セルシティ)』)

セルシティの概念図(出典:岩崎敬環境計画事務所『デザインコンセプト 包括的な都市社会モデル:Cell City(セルシティ)』)

未来の都市を安全にするテクノロジー

Society5.0やセルシティ構想が描きだすように、今後私たちが目指すべき「都市」とは、人・モノ・情報の一極集中ではなく、自立分散的で、持続可能な都市である。これを現実にするには、テクノロジーの進化が欠かせない。地震や水害をはじめとした自然災害に対して、さまざまな研究開発、サービスが動き出している。例えば「MEGA地震予測」や前述の「AIを活用したハザードマップ」のように、来る災害に備え、最小限の被害に抑えるためのテクノロジーが開発されている。水の確保が困難な状況においては、水循環を用いた次世代の分散型水インフラの研究開発・事業展開を手がけるWOTA株式会社の水循環システム「WOTA BOX」が注目されている。そして、今回のコロナ禍では、国民の多くが肌身離さず持っているスマートフォンが活用されている。「新型コロナウイルス接触確認アプリ」をダウンロードすると、新型コロナウイルスの陽性者との接触した可能性を把握でき、いち早く保健所のサポートを受けられるしくみになっている。

以上のような技術が災害時において最大限に力を発揮されるには、それぞれの自治体や民間企業による情報共有が不可欠となる。そこで、内閣府を中心とした政府の中央防災会議では、「災害情報ハブ」の活用が議論されている。

AIとその周辺の技術が向上するにつれ、ロボットとの協業も盛んになってくることが予想される。例えばドローンの実用化に向けた取り組みが、全国で展開されている。千葉市では、Amazon等、計25の民間企業が参入する方針で、ショッピングモールからワインを運んだり、高層マンションの10階に医薬品を運んだりする実証実験も行われている。特に、人間が立ち入れない場所を俯瞰的に観測したり、そういった場所に荷物を運んだりする場合、ドローンは大いに活躍する。今後、生活の身近な存在になる日は近いだろう。

写真提供:アフロ

写真提供:アフロ

都市の食の未来 〜テクノロジーが加速させる「外食の中食化」〜

ここまで私たちの生活を支える「住」に焦点を当ててきたが、日々欠かすことのできない「食」の安全と安心はテクノロジーの発展によってどう変わっていくだろうか。
Uber Eatsのようなフードデリバリーもテクノロジーの恩恵である。事業者が配達員と飲食店をマッチングし、料理を届けるというオンラインシステムを構築したことで、より少ないリソースで自宅に料理が届くようになった。「食を売る側」にとっても、飲食情報のネットワーク化によって顧客を奪い合う競争ではなく、顧客をシェアし、個々の立地、業態に適した共生という形で助け合うことも可能になっている。例えば、最近では、CLOUD FRANCHISEのように「既存飲食店の余剰人員」と「開発した料理を調理して売って欲しいレストラン」を結びつけることで、互いの利益を上げる仕組みも出てきた。今後、手が空いている時間帯の飲食店の人員やキッチン設備が、プラットフォームを通じてマッチングされる流れがくる可能性もある。

飲食業会では、ゴーストレストランという面白い取り組みもはじまっている。その名の通り、実態のないレストランとして、フードデリバリーサービスを利用して商品を販売する営業形態のことだ。顧客がより速く、好みに合う食材の配送を求めるようになると、料理の自動化が進み、AIやロボットによる作業量は増えるだろう。顧客の食の好みなどの情報が集まれば集まるほど、新商品開発や既存商品の変更に活用することも可能になってくる。

写真提供:アフロ

写真提供:アフロ

自分にとっての安全都市を妄想してみる

今、新しい都市をイメージし、安全で幸福な暮らしとは何かを考える機会が訪れている。さまざまな分野で現状の課題に対するブレイクスルーを生む都市計画と、テクノロジーの開発が躍進している。これからの「都市」とは、テクノロジーで物理的な限界を超え、共鳴した地域や個人が知恵をしぼり、分かち合いながら生活上の安全と住み良い暮らし方を創造していく、より民主的な空間になっていくのかもしれない。

取材・文:釜屋憲彦(かまや・のりひこ)

#08 未来は都市を「安全」にするのか?