2019.07.31.Wed
アートから見る未来
未来を想像させ、問いを与える「社会実装されるアート」
アートは誰かの目にとまり、「あれ?」と認知されたとき、社会との接点が生まれる。特に現代アートは、社会との接点とともに評価されることが多い。そこで、本稿では、現代アートがきっかけで生まれる「アートと社会の接点」に着目し、「社会実装されるアート」を考えてみたい。
「不自然」としてのアート
宇川直宏氏のインタビューのなかで、「アートは究極の不自然」という言葉があった。では、不自然が大自然に溶け込むことは不可能かと言えばそうではなく、むしろ大自然のなかに不自然なアートが投入されたことによって調和する例もある。この事実を巨大なスケールで証明したのが瀬戸内国際芸術祭の舞台である瀬戸内海だ。その象徴的なアート作品は直島に常設された草間彌生の「南瓜」だろう。
草間彌生「南瓜」
1994年に発表された「南瓜」は、いまではすっかり直島の風景に溶け込んでいる。「南瓜」は2色あり、それぞれ「赤かぼちゃ」「黄かぼちゃ」と呼ばれ、住民や旅行客に親しまれる、いまや直島のシンボルだ。船で宮浦港から入れば「赤かぼちゃ」が出迎え、そこから2キロほど離れたベネッセハウスの海岸には「黄かぼちゃ」がある。鮮やかな赤、黄色のオブジェは遠くから眺めてもすぐ分かる。
|ベネッセアートサイト直島 http://benesse-artsite.jp/about/(外部サイト)
鈴木康広「ファスナーの船」
瀬戸内国際芸術祭2010の作品「ファスナーの船」も大自然のなかに溶け込んだアートとして話題を呼んだ。これは、浜松市出身のアーティスト鈴木康広が羽田空港から飛び立った飛行機の窓から東京湾を見下ろした際、船がつくる海面の航跡があたかもファスナーで海を開いていくかのように見えたことから想起された作品。
誰もが慣れ親しんでいる工業製品が大海原を進む光景は、異質なものでありながら、見る人に海や地球を「開く」イメージを喚起する。この他にも人型の透明な風船が公園に現れるインスタレーション「空気の人」(2007年〜)など、鈴木氏の作品は、日常に新鮮な空気を吹き込み、ふだんは目に見えないものの気配や存在に気づかせてくれる。
|鈴木康広 http://www.mabataki.com/ (外部サイト)
及川潤耶「Voice Landscape」
自然とアートの融合を提示した作品「Voice Landscape」は、ドイツ在住のサウンドアーティスト、及川潤耶の代表作の一つとして知られる。及川氏は日常や自然環境の音を録音し、編集する手法を用いることで電子音響の芸術性を追求し、世界的な評価を得ている。
「Voice Landscape」では、録音・加工した自身の声を自然に溶け込ませ、有機的な「音響の風景」をつくりあげた。コオロギの羽音の周波数に合わせた声、湧き出る水の音に変換したリップノイズ、鳥のささやきに変えられた音韻など、あらゆる音は作家の綿密なリサーチとプログラミングによってつくられ、環境と呼応する表現方法を開拓している。自然豊かな庭に設置されたたくさんの小型スピーカーから編集音が出力されるが、実体があるかないか、あいまいな音を探すように散策する鑑賞者はいつの間にか自然と不自然が溶けあった空間にひき込まれてしまうのだ。
|及川潤耶 http://www.junya-oikawa.com/ (外部サイト)
渋谷スクランブル交差点でのソフィ・カル映像上映
自然の風景ではなく、人工的な風景にアートが投入されるとどうなるか。
2019年2月3日から9日、各日午前0〜1時のたった1時間の間に渋谷スクランブル交差点の大型ビジョンでフランスの現代美術作家、ソフィ・カルの「Voir la mer(海を見る)」が上映された。同作は、生まれて初めて海を見る人びとの表情を捉えたもの。ふだんは車や広告の音、行き交う人の声で溢れる渋谷の交差点に、イスタンブールの波の音が響いた。鑑賞のために渋谷を訪れた人だけでなく、いつもと様子の違う静けさに思わず上を見上げ、映像に見入った通行人が多くみられ、SNSでは「いつもの渋谷が全く別の、静かで神聖な場所に感じられた」「波の音だけっていう時間がよかった。うるさくない渋谷はいい」「深夜の渋谷で聞いた波の音、忘れない」など、非日常的な「音」に感動するコメントが目立った。
ソフィ・カルは2017年にNYのタイムズ・スクエアでも同作品を上映しているが、街のなかのアートに慣れたNYと異なり、新鮮なまなざしを送る東京の人びとの反応はより嬉しいものだったにちがいない。ソフィ・カルの要望を協賛として実現させたのはビズリーチ。作家の情熱に一企業が快く応え、東京を象徴するスクランブル交差点がインスタレーションの場となった。通勤などの日常で意図せずアートにふれることが一般的でない日本において、今回のソフィ・カルの試みは多様なアートとの接点を印象づけるものだった。
|ソフィ・カル https://www.perrotin.com/artists/Sophie_Calle/1#news(外部サイト)
バンクシー 「The Walled Off Hotel」
最近、何かと世界中で話題となっている覆面グラフィティアーティスト、バンクシーも日常にはっとするような気づきや遊び心の種をまいてくれている。
「The Walled Off Hotel(ウォールド・オフ・ホテル)」は、バンクシーが全面プロデュースしたパレスチナのホテルだ。パレスチナ自治区ベツレヘムの、イスラエルとパレスチナ自治区ヨルダン川西岸を分断する壁からわずか4メートルほどの距離に位置しており、ホテル全室から分離壁を見渡すことができる。
ホテル内の壁などに描かれたバンクシーの絵だけでなく、ところどころにあるしかけも人気となり、連日満室の人気ぶりだ。バンクシーは社会に対する皮肉をアートで表現する。しかしそれらは、皮肉を超えて、ストリートアートとして街の生活者にいつも寄り添っている。だから世界中で愛されているのだろう。
|The Walled OFF Hotel http://walledoffhotel.com/ (外部サイト)
アート、つまり人工的な「不自然」が自然や日常のなかに投入されたとき、私たちはそこに異変や違和感を覚え、注意を向ける。このとき、不自然であればあるほど作品には注目が集まり、社会的な評価を受けることになるのだろう。以上の作品は、不自然が環境にはみ出し、溶け込んで、アートとして社会に受け入れられた例だ。もしある日「あれ?」と思うようなアートの不自然さにあなたが出会ったとしたら。そして、それが多くの人に伝染していったとしたら、それはアートが社会に実装された瞬間と言えるかもしれない。
未来を提案するアート
アートは「問い」そのものであるとアルスエレクトロニカの小川秀明氏が語ったように、現代に生きる人びとに何かを問い、未来の社会のあり方を提案するのもまたアートがなしうることだろう。
三浦亜美 × 板坂諭 " AI Mural "
株式会社imaが開発した「AI mural」はアートを生みだすAIだ。ラスコーの壁画を学習したAIが、インターネットを通して世界を俯瞰して残すべきモチーフを選び出し、それを壁画として描き、新しいアートを創出する。ima代表の三浦亜美によると、人類最古のアートが「壁画」であることから、AIによるアートの学習も壁画からはじめたという。AIは、2万年前のクロマニョン人によって描かれたラスコーの壁画を学び、彼らが現代にいたとしたならば何を描くのかを表現している。当時の富や権力の象徴は獲物である馬や牛であったが、現代においてもその象徴と言えるイメージを選び出し、ロボットアームで描く。
「創造さえAIに取って代わられるのか」という恐怖心さえ抱くが、面白いのは、仕上がった作品を壁に掲げるのは人という点だ。「AI mural」には手がない。この点も作品の一つのテーマとなる。つまり、AIの社会進出にともなって、人は肉体労働や単純作業が減り、創造的な頭脳労働だけをする方向に向かうと思いきや、逆に「AIがクリエーティブな仕事をし、人がAIに使役されるんじゃないのか?」というメッセージが込められている。
|株式会社ima(あいま) https://i-ma.jp/ai-mural/ (外部サイト)
長谷川愛「(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合」
iPS細部などを応用した生殖技術が発展がすれば、同性間で子供をつくることは理論的には可能だと言われているが、その先には倫理の問題が待っている。倫理は決定者があいまいな社会通念としてつくりだされるが、このような生命倫理に関して当事者不在で一部の専門家たちの独断によって決定されているというのが現状だ。しかし社会への問いかけ次第で個々の倫理はゆれうごく。
例えば、実際のレズビアンカップルに「科学技術を使用し、同性間で子供をつくる未来に賛成ですか?」と尋ねるのと、カップルの遺伝情報を元に架空の子供をCG化し、さらにはその子供との食事風景まで忠実に再現された写真を見せて「こういう家族団欒の将来がやってくるかもしれません」と未来の技術の是非を尋ねるのでは答えが違ってくるだろう。
社会通念という普段気にすることのない暗黙の了解には、他人の幸せや自由を奪う可能性と責任が潜んでいる。この作品の社会実装とは、生殖技術に関する議論を専門家だけではなく、当事者や一般の人に広くひらいたことにあるだろう。すさまじいスピードで発展し続ける科学技術の目指す方向性をアートを通じて世の中に投げかけ、第19回文化庁メディア芸術祭の優秀賞を受賞、様々な国で展示されている。
|長谷川愛 http://aihasegawa.info (外部サイト)
BCL「Black List Printer BLP-2000A」
福原志保とゲオアグ・トレメルによってロンドンで結成されたアーティストグループ「BCL」も人間が科学技術を制御できるのかという問題を投げかける。「Black List Printer BLP-2000A」はDNA合成の専門会社によって、危険性を孕むとされ、非公開とされるDNA配列を永延と印刷するDIY DNA合成機である。
例えば、生物兵器に寄与するウイルスの塩基配列などが非公開の「ブラックリスト」に当たる。ゲノムの編集が容易になった現況と、その裏にはらんだ倫理的危険性を何も言わずに暗示する印刷機を見て、あなたなら何を考えるだろうか?
|BCL https://bcl.io/about/ (外部サイト)
亀井潤「AMPHIBIO」
マテリアル・サイエンティストの亀井潤が開発した「AMPHIBIO(アンフィビオ)」は、人間が生活できる空間として明るい未来を想像させてくれる。地球温暖化による海面水位の上昇によって今の居住環境が水没したとき、仮にエラがあれば水中でも生活していけるのではないか、という発想が開発の動機となった。アンフィビオの機能は、水生昆虫の呼吸メカニズムからヒントを得ている。アンフィビオを装着すると、マスクのような呼吸器と首にかける人工のエラからなる水中でも呼吸できる身体を手に入れることができるというわけだ。
|亀井潤 http://www.junkamei.com/ (外部サイト)
未来は何をしなくてもやってくるが、何も考えずにただ走っているだけでは危険な時代だ。知らぬ間にテクノロジーのほうが人間の先を行ってしまう。以上のような作品は、このような時代の羅針盤として社会に問いかけている。これも「アート(問い)」が社会に実装された例と言えるのではないだろうか?
アートが社会に与える影響は様々だ。ここに挙げたように、「不自然」だったアートがいつしか環境に溶け込んでいくことは、私たちに感動や喜び、居心地の良さ、忘れていた遊び心を取り戻すきっかけにもなりうる。あるいは、まだ見ぬ未来を想像させ、個々に立ち止まって考えさせられるような問いを与えてくれることもある。
そしてそれらのアートによる影響は、作家と受け手であるその時代の社会のかかわり合いによって変化するだろう。すんなりと社会に実装される場合もあれば、文化や時代によってまったく受け入れられないこともあるに違いない。古くはラスコーの壁画から始まったアートは、おそらく私たち人間になくてはならない営みである。「社会実装されるアート」は今後も変化し、問われ続けていくものだ。どんなアートを社会に招き入れ、実装していくか、それぞれの生活の中で、それぞれの立場で、考え続けていく、そんな私たちが「アートを社会実装する」当事者なのかもしれない。
- 取材・文:釜屋憲彦(かまや・のりひこ)
- 1988年島根県松江市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科認知科学分野修士課程修了。株式会社スマイルズ、森岡書店の書店員を経て独立。現在、生物が独自に体験する世界(環世界)をテーマに研究、キュレーション、執筆活動を行っている。2019年より慶應義塾大学SFC研究所上席所員。
- 編集・取材:Qetic(けてぃっく)
- 国内外の音楽を始め、映画、アート、ファッション、グルメといったエンタメ・カルチャー情報を日々発信するウェブメディア。メディアとして時代に口髭を生やすことを日々目指し、訪れたユーザーにとって新たな発見や自身の可能性を広げるキッカケ作りの「場」となることを目的に展開。
https://qetic.jp/(外部サイト)
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