2019.08.16.Fri

日本が学べること
「アフリカ的幸せ」とは?

「ラストフロンティア」と呼ばれ、市場として、あるいはビジネス展開・投資の場として注目を集めるアフリカ。確かに人口の激増が予想されるなど経済圏としての潜在能力はあるし、現地発で起業に成功する例も目立ってきた。一方、「収入増=幸せ向上」の図式が必ずしも当てはまらない人々も多くいる、という現実も垣間見える。「アフリカ的幸せ」とも言えるその価値観。現地に通じる2組の日本人に話を聞き、その深層に迫った。

「今を生きる」に魅せられて

まず紹介するのは、2016年にルワンダに移住し、現地で日本食レストランとホテル「KISEKI(キセキ)」を立ち上げた山田耕平さん(39)、美緒さん(37)夫妻。2人は貧困層のシングルマザーを雇用するなど、地元コミュニティーに入り込んで活動する。

腕を組んでダンスを披露する耕平さん(右)と美緒さん

腕を組んでダンスを披露する耕平さん(右)と美緒さん。耕平さんは青年海外協力隊員としてマラウイで活動中にエイズ啓発ソング『NDIMAKUKONDA(ディマクコンダ)』(愛してる)を大ヒットさせた経歴を持ち、Newsweek誌の「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた。美緒さんは、学生時代に1年間休学し、ケニアから南アフリカまで8カ国、約5000キロを半年ほどかけて一人で自転車旅行をした。当時のことを書いた著書『マンゴーと丸坊主』がある(写真提供:山田美緒さん)

──肌感覚として、アフリカの国々はこれから20年、30年で大きく変わるのでしょうか。

耕平さん アフリカには、これから大きく変化する素地があると思います。その大きな理由は、先進国のように「既得権」があまりないからです。日本では、社会が安定している半面、多くの業界では上の世代、大企業が既得権を持ち、若者がなかなかチャンスをつかみにくいのではと感じます。

一方で、アフリカの多くの国々では、まだ国を支える大きな産業が生まれておらず、大企業もほとんどありません。国の法律や社会のルールの整備もまだまだこれからという状況のなかで、新しいビジネスを始めるときに、それに合わせた形で制度をつくり、社会に実装していくことができるのです。その意味で、いままでになかったようなこと、なにか面白いことを、アフリカならば、ダイナミックに進められる可能性が非常にある。

新しいことをやりたいと考えている人たちにとって、いまアフリカは魅力的な場所だと思います。そして「新しいこと」というのはアフリカの社会問題を解決するためのソリューションを提供することでもあります。アフリカで事業をするということは、アフリカの社会を大きく変革させる可能性を秘めているのです。

インタビューに応じる山田耕平さん

インタビューに応じる山田耕平さん(撮影:FQ編集部)

美緒さん 私たちは、そういう志を持った日本の若者たちのために、現地のコミュニティーに入ってボランティアができるプログラムも提供しています。これまでの活動で、すでに現地でいろいろなコネクションができているので、いきなり来ても活躍できる場があります。どんどん挑戦してほしいなと思っているんです。

──とはいえ、アフリカの治安が心配です。

耕平さん そうですね、アフリカの治安の問題は深刻です。その大きな要因は貧困と、十分な雇用がなく、貧富の格差が非常に大きいことです。

一方、ルワンダの首都キガリは夜歩くことができるアフリカで数少ない都市の一つです。まさにアフリカの奇跡。この奇跡を維持するには継続的に十分な雇用を創出し、国民全体の教育水準を上げていくことが、今後の大きなテーマだと思います。

美緒さん そもそも学校で勉強することが将来の職につながるという流れができていなくて、希望や目標になっていないのが問題です。

ルワンダの首都・キガリの街並み

ルワンダの首都・キガリの街並み(撮影:久野武志)

耕平さん キガリでも、多くの人たちはまだ貧困層。都市化の流れが強まるとともに、農村部から若い労働者たちがどんどん流入してきていますが、彼らの多くは仕事も収入も得ることができていない現実があります。

ルワンダ政府はカガメ大統領のリーダーシップのもと「2035年までに中所得国になる、ICT(情報通信技術)立国になる」という高いビジョンを掲げています。

キセキも日本とルワンダを繋ぐプラットフォームとして、日本食レストラン、日本人向けの宿を運営するだけでなく、地域のコミュニティー開発のために多くの日本人が活躍できるプログラムを提供しています。これまでに50人以上の日本人ボランティア、インターンに自分の得意なことを通して活躍してもらいました。参加者も高校生から60代と、多様です。

──山田さんたちは、なぜスラム街のシングルマザーたちを雇用しているのですか?

耕平さん 地域のスラムの貧しいシングルマザーたちを雇用することが、社会的にもっとも大きなインパクトを生むことができると考えました。お母さんたちに仕事ができて給料を払うことができれば、そのお金を食費や子どもたちの学費にあてることができます。

キセキには、現在25人の社員がいますが、社員には3食を提供しています。子どももお腹がすいたらキセキでご飯が食べられます。ストリートチルドレンであった彼女たちの子どもは全員が学校に行けるようになりました。また、彼女たちをトレーニングして、一定のスキルを身に付けたら、よりよい仕事に就けるように送り出しています。ただ、根本的な考え方の違いは日々、感じます。

レストランで働くシングルマザー

レストランで働くシングルマザー。手巻き寿司を作っている(写真提供:山田美緒さん)

美緒さん 地元のコミュニティーの人たちから、そういうシングルマザーのためにもっと雇用を創出してほしいと言われているので、いろいろと手伝っているんですが、そのなかで八百屋を始めたお母さんたちがいるんです。まずは、うちが仕入れや在庫管理をして、さまざまな準備をして2カ月間やってみたら、ある程度まわるようになった。それで、彼女たちが独立したいと言うので任せたら、いきなり1日目で全部のおカネを使い果たしてしまった。仕入れすぎて、ほとんど売れ残りです。

ところが、彼女たちはそれでへっちゃらなんです。私たちだったら、在庫を抱えたら全部売らなくちゃ、と思うものですが、べつにいいじゃん、またバナナ売ればおカネ入ってくるんだから、というふうに考える。今日はとりあえずちょこっとでもおカネが入ってきたらいい、という考えで、損が出たらどうしようとかまったく思わないんですね。

とにかくその日を生きていて、今日ご飯が食べられればいいし、子どもがとりあえず3カ月学校に行ける学費を払えればいい、というのがすべてで、もっとビジネスを大きくして稼ぎたい、とは思っていないんです。

ルワンダの活動について話す山田美緒さん

ルワンダの活動について話す山田美緒さん(撮影:FQ編集部)

耕平さん それでも彼女たちは、自分が仕事を得て、なにか新しいことに挑戦できている、ということを非常に喜んでくれています。

──そう考えると、資本主義的な経済発展の文脈とは違う「アフリカ的幸せ」というものがあるのかもしれませんね。

耕平さん それはまさにそのとおりで、「今」を生きている多くのアフリカの貧しい人たちと「将来」のことを考えて生きているようなわれわれとは、やっぱり生きている世界、価値観が違うと感じます。アフリカの人たちに魅せられるのは、そういう「今」を最高に楽しんで生きている部分なんだと思います。

もちろん、国家としては資本主義的な発展を推進しているし、貧しい人たちもみんな経済的に豊かになりたいと思っています。貧困問題は解消されるべきだし、日々の生活も物質的に豊かになったほうがいい。だけど、その資本主義的な発展の先に彼ら、彼女たちの幸せがあるかというとちょっと違って、経済力や学歴などの物差しだけではない「今を楽しむ。今を生きる」という価値観がある。偏差値教育を受けて、常に将来のことを考えて、年収で比較されて、という世界に生きてきた多くの日本人にとって気づかされることは多いと思います。

輪になって遊ぶ子どもたち

輪になって遊ぶ子どもたち。山田さん夫妻は貧困層の子どもたちのために幼稚園の整備を支援した。(写真提供:山田美緒さん)

──そういう世界と、日本に暮らす人々は今後、どのように関係していけばいいのでしょうか。

耕平さん これまでのアフリカと日本の関係は、大手商社が手掛けるような資源、エネルギー分野や、ODA・開発援助絡みのインフラ関係がほとんどで、金額ベースで9割以上になります。しかし、世界がパーソナライズしていくなかで、これからは大企業や政府だけでなく、私たちみたいに小さなビジネスでのかかわり、つまり「個人」レベルでの関係が増えてくるんじゃないでしょうか。

それはたぶん、アフリカ的な価値観、つまり「今を生きる、今を楽しむ」という価値観に魅せられた人たちがアフリカで生活をしながら、IT・農業・観光・教育・保健衛生などさまざまな分野で、金額は小さくとも社会的なインパクトを与えるビジネスをどんどん生み出していくのだと思います。

日本でも終身雇用制度が崩壊しつつあり、働き方が劇的に変わる過程にあります。アフリカに骨を埋める覚悟とかではなく、人生100年時代にアフリカで人生の1ページを過ごすというのも貴重な面白い経験になると思います。

子どもたちに囲まれる山田さん夫妻

子どもたちに囲まれる山田さん夫妻(写真提供:山田美緒さん)

すでにキセキでは、アーティスト・鈴木掌(すずき・つかさ)さんと子どもたちを世界レベルのアーティストに育てる「heARTプロジェクト」のほか、スラムのシングルマザーや盲目の人たちを対象としたマッサージ師育成プロジェクトを日本ボディーケア学院の谷口光利学院長と協力して実施しています。さらに、大人の女性のための食や遊びのワークショップを開催する岡本望さんと、アフリカ東部の布「キテンゲ」を使ってアフリカと日本の女性をつなぐ「DRESS FOR TWOプロジェクト」を立ち上げるなど、ユニークなビジネスを誕生させてきました。

キセキは多くの日本人と一緒にこのアフリカ、ルワンダで小さな世界を少しずつ変えていきます。

「既存の物差し」から離れて

続いては、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科の特定課題研究員の村尾るみこさん(41)だ。村尾さんが農学部の大学生時代に研究していたのは、アフリカの焼き畑で育つ作物の生理メカニズム。その後、人類学に専門領域を移し、約20年間、サブサハラ地域(サハラ砂漠以南)で、主に農村部のフィールドワークをしてきた。アフリカがこれまで経済発展してこなかった背景、また農村部の住民がもつ「幸せ」の価値観について語ってもらった。

インタビューに応じる村尾さん

インタビューに応じる村尾さん(撮影:FQ編集部)。村尾さんは2000年からザンビアやアンゴラなどサブサハラ地域の農村を中心に、定期的にフィールドワークを行っている。

──いま世界がアフリカの発展に注目しています。

村尾さん 世界からアフリカへ向けた「ラストフロンティア」としての期待感は、前世紀からありました。しかし、いまだにうまくいっていない。なぜ経済発展しないのか、ずっとアフリカ研究者が考えてきた大きなテーマの一つです。

アフリカの国々の多くは1990年代までに民主化され、複数政党で選挙を行う状態にはなりました。ただ、独裁的ともいえる政権は少なくなく、実態として先進国でイメージされる民主化と同じ感じがしない。その大きな原因は、欧州諸国の植民地だった国がほとんどであり、旧宗主国が支配していたころから築かれてきた政治経済の構造的な問題がいまだにさまざまな形で影響を及ぼしていることです。

長きにわたって社会システムが破壊されたり、再編成されたりした結果がいまのアフリカであり、アフリカの経済といっても、ひとくくりにできない。これからの経済発展も、そうした「ひとくくりにできないアフリカ」の実に多様な実態の上で進むので、世界が期待するよりちょっと時間がかかるのではないでしょうか。

農道を歩く夫婦

農道を歩く夫婦。妻(左)は畑で収穫した大量の野菜をタライに入れ、頭に乗せている(写真提供:村尾るみこさん)

──アフリカの特殊性とは何ですか?

村尾さん 講義でもよく話すことですが、アフリカは紀元前のずっと前に人類が発祥した地域であるにもかかわらず、文字文化が根付いたのは、一部の地域を除きこの200年くらいです。いまだに教育が行き届かず、識字率も低いのは、貧困のためだとか、能力的な問題だとか言われがちです。しかし、長年アフリカの言語を研究してきた研究者に言わせると、アフリカはむしろ「文字のある文明を拒んできた大陸」なのです。

アフリカでは、人と人の結びつきが強く、文字を介した関係よりも、対話が重要視されてきました。もめごとが起きても、文字で書かれた法律ではなく、まずは話し合いで解決することが優先されます。特に農耕社会では、一定のルールによって有罪・無罪が決まるのではなく、村の権力者がいろいろなロジックを使って当事者たちを諭すのです。

──話し合いの世界、ですか。

村尾さん そうです。あるとき、自分の農地の農作物がすべて盗まれていたとします。その場合、彼らはまず警察ではなく、首長に「私の農作物が盗まれた」と相談にいく。そして、その場で話し合って、どう状況を収めるかを決めます。

それで犯人がみつかったら、たとえば牛2頭を渡すよう命じます。農業をするうえで牛は重要な財産なので、牛を何頭持っているかが、裕福度を測る一つの目安になっています。しかし、牛が渡されず、どうやっても解決できない場合、警察に届けて公権力に判断を委ねることになる。つまり、公権力以前のグレーゾーンが、彼らの秩序を担っているのです。先進国よりも、特にそのグレーゾーンが大きな割合を占めているといえるでしょう。

ザンビア農村部での集合写真

ザンビア農村部での集合写真。前列右から2人目が村尾さん(写真提供:村尾るみこさん)

もちろん、これは主に農村部の話であって、都市部はさすがにもっと近代化されています。アフリカの人々は、西洋的な価値観、理念のことはよく知っています。現地の教育機関が教えているのは、主に旧宗主国から受け継いだり、「輸入」したりしている内容ですから。当然、国には成文法があって、憲法があって、司法裁判所もある。資本主義的な成功をした人もいる。

一方で、サブサハラには、所得が1日2ドル以下の人々が農村部を中心に6割程度いるといわれ、電気や水道、ガスのない生活をしています。圧倒的多数は、そういう人たちなのです。

──そうした農村部のボトムアップがアフリカ経済発展のカギと言われます。

村尾さん 現地の実務に携わっている人たちの間でよく言われるのは、アフリカの人たちは、何事も自分たちが楽しくラクに生きるポイントまでしかやらない、ということです。もっと努力をすれば利益が出るかもしれないのにやらない。

経済的な側面から見れば、「だからいつまでも貧しいんだ」と言われますが、それはちょっと違うと思います。彼らが怠け者だったり、無知だったりするわけではありません。アフリカという土地で生きてきた歴史が、人々の行動に深く根ざしているのです。

たとえば、アフリカの多くは土壌が悪い。土地の養分は、おおむね日本の1000分の1の単位程度しかなかったりします。そういう土地で石油化学肥料を使わずに農業をしても、限界があります。

しかも天水に頼って農業をしているから、干ばつになったり、雨量が多かったりすると、簡単にすべてを失ってしまう。だから、必要最低限の労働で、ある程度の収穫があればそれでいい、という考えにつながるのでしょう。ただしそれは、物事をあきらめているわけではなく、頑張りすぎずにその時々の運やチャンスにうまく乗って、生きていく最小限の糧を得ることを「よし」とする生き方です。「よし」とする物差しが日本にいる私たちからはちょっとかけ離れていますよね。

ザンビアの農村を訪れた村尾さん

ザンビアの農村を訪れた村尾さん。奥にはキリンがいる(写真提供:村尾るみこさん)

一方で、農村部ではいまも呪術が広く信じられています。農村部には呪術師がいて、その言葉が行動を規定する世界です。村では、個人に富が集中して突出するとねたみを招き、呪われると信じられている。呪いへの恐怖もあって、村には目立って裕福な人がいないのだとも言われています。呪いを恐れるメンタリティーが根底に流れているのです。

──その先にアフリカの可能性はあるのですか?

村尾さん アフリカには、大きなポテンシャルがあります。人口は増えているし、人々はみんな元気。とにかく楽しそうに生きている。そして、新しい物、変わった物が大好き。それがおしゃべり好きと相まって、携帯電話やスマートフォンの爆発的普及につながったと研究者同士で話すことがあります。こうしたことがアフリカ的な潜在力であり、そこにアフリカ的な発展のカギがあると考えているのです。

校庭で笑顔を見せるアンゴラの子どもたち

校庭で笑顔を見せるアンゴラの子どもたち(写真提供:村尾るみこさん

世界がアフリカに注目するのは、資源大国であること、実質経済成長率が高いこと、ICT革命による「リープフロッグ」現象が起きていることなどが理由です。しかしながら、アフリカの人々の営みや、価値観に目を向けると、これまでの先進国やアジア諸国とは違った形の発展をすると考えたほうが、実態を表しているのではないかと思います。

既存の物差しから離れて、世界の常識から外れた指標がアフリカ社会の深層にある、と考えたほうがいい。むしろ、先進国のほうが今後、アフリカ的な指標や生活の論理を取り入れていくことになるかもしれません。それが、20年、30年後のアフリカの発展を考えるときのポイントになる気がしています。

取材・文:鈴木毅(すずき・つよし)
1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒、同大大学院政策・メディア研究科修了後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」副編集長、「AERA」副編集長、朝日新聞経済部などを経て、2016年12月に株式会社POWER NEWSを設立。

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