2019.08.16.Fri
「リープフロッグ現象」が導く爆発的発展
20年後のアフリカが「世界地図」を変える?
「リープフロッグ」──。
略せば「カエル跳び」。道路、電気など基礎インフラが未整備な地域が、最先端技術の導入により一気に発展することを指す。同時にアフリカの経済発展を語るうえで欠かせないキーワードだ。2040年に生産年齢人口が中国を上回り、世界経済で存在感が増すとみられている同地で、いま先端的な新規ビジネスが続々と立ち上がっている。20年後の「世界地図」を変えるイノベーションが、まさにこの場所で起きているのだ。
輸血用血液をドローンが運ぶ
東アフリカの小国、ルワンダの首都キガリの郊外に、「ドローン空港」と呼ばれる山の上の発射基地がある。そこから1日に30便ほど飛び立つのは、翼幅約3メートルのセスナ機のような形をしたドローンだ。機体は、耐久性と保温性に優れた発泡スチロール製。約1.7キロまで積載できる格納部分には、輸血用血液や医薬品が収められている。人命救助のための物資を最高時速128キロで運び、到着地点に来たらパラシュートでポーンと地上に降ろす。
このドローンは、米国シリコンバレーのスタートアップ企業、Zipline(ジップライン)が開発したものだ。もともとは米国内でのビジネス展開を考えていたが、実際に事業化してみると航空局の規制などでなかなかうまくいかない。そこで同社は発想を変え、途上国での活用法を模索し始めた。すぐに収益化することはできないかもしれないが、必ずニーズはあるはずだ、と。
そして2016年、世界に先駆けてルワンダでの社会実装が実現した。2000年代からICT(情報通信技術)産業に注力し「アフリカの奇跡」と呼ばれる経済成長を遂げた同国政府が、いち早く海外スタートアップを取り込むために法整備などを進めたのだ。
ルワンダと聞けば、80万人が犠牲になった1994年の大虐殺のイメージが強いが、それからわずか25年で、人命救助ドローンが当たり前のように空を飛ぶ。誰がこんな景色を想像できただろうか。
実際にドローンを飛ばす動画(約1分)を見てほしい。
「だったら、空を飛ばせばいい」
こうしたZiplineのビジネスを、国際協力機構(JICA)の国際協力専門員としてアフリカ経済を長く見てきた内藤智之さん(52)は次のように評価する。
「リープフロッグ現象のまさに代表例です。輸血用血液などは、通常、クーラーボックスに入れて温度管理をしながら車で運びます。けれども、アフリカには道路がないエリアも多いし、あっても整備されていなくてひどい路面だったりする。車での輸送はリスクもコストも高いんです。だったら、空を飛ばせばいい。ガタガタ道で4時間かかるところを、15分の飛行で運ぶことができる。インフラが整っていないからこそ、ドローンという先端技術を利用したビジネスが展開できたわけです」
「leap(リープ)」は「跳ぶ」、「frog(フロッグ)」はカエル。二つの単語を合わせた「leapfrog(リープフロッグ)」は、そのまま「カエル跳び」という意味だ。これまでの先進国が歩んできた道のり、たとえば農業→軽工業→重工業→サービス業といった段階的発展を経ず、いきなりICTを使った先端テクノロジーでイノベーションを起こし、ダイナミックに発展する。そういった新しい現象が、いま、アフリカ各地で続々と起きている。
アフリカで起きている「革命」
すでに世界は、その可能性に目ざとく反応している。アフリカのスタートアップ企業に対する海外投資はこの5年間で、実に5倍という急増ぶりだ。
アフリカで起業家支援をしている日本発のベンチャーキャピタル(VC)、サムライインキュベートアフリカ社長の寺久保拓摩さん(28)は、現状についてこう言い表す。
「アフリカがものすごく興味深いのは、世界の中で唯一、『産業革命』を経験せずに『情報革命』から経済が発展していく、という点です。産業革命はA地点からB地点までの人やモノの移動を速く効率的にしましたが、いま起きている革命はスマートフォンなどのモバイルベースで一瞬にして情報が伝達できるということ。膨大な情報のすばやい伝達は人やモノの動きをさらに大きく変えます。それはさまざまな社会課題が山積しているアフリカの地であるからこそ実現しやすい、社会を根本から変える文字通りの革命なんです」
「M-PESA」爆発的普及のインパクト
リープフロッグの事例で、人々の日常生活にもっとも大きなイノベーションを起こしているのは、ケニアの大手通信会社Safaricom(サファリコム)と英国のVodafone(ボーダフォン)が共同で立ち上げたモバイルマネーサービスM-PESA(エムペサ)である。
アフリカには、所得が低くて銀行口座を持てない人々が大勢いる。そうした人でも、携帯電話と身分証明書さえあれば、お金の支払いや受け取りなどができる。M-PESAはその受け皿となっているのだ。
2007年に開始されたこのサービスは、携帯電話の急速な普及と共に事業を拡大していき、たった4年でケニアの成人の約80%に利用されるようになった。同国の取引総額は国のGDPの約50%に相当するほどの規模に達している。
現在、公共料金や教育費などの支払いから、給料の受け取りまで、ほとんどがM-PESAで行われている。前出の内藤さんは、その強みをこう説明する。
「そもそもアフリカの農村部に住む人たちの多くは、銀行口座を持っていません。なので、たとえばケニアに出稼ぎに行っている父親が、ガーナの家族にお金を送るとき、銀行を使わなくて済むM-PESAの送金方法は実に便利で、彼らのニーズにマッチしているため爆発的に普及したわけです。手数料の面でも、一般的な銀行を使った送金よりも、かなり低く抑えられます」
先進国ではあって当たり前の銀行やATMがない、あるいは銀行口座を作ることができない──そうした課題の解決法として編み出されたモバイルマネーサービス。それが、あれよあれよという間に広まり、地域のインフラといえるまでになった。サービス提供範囲がアフリカにとどまらず、インドやヨーロッパにまで波及するM-PESAは、フィンテック(金融とITを融合した新しいサービス)を使った世界のビジネスの中でも、もっとも成功した一例だといえる。
フィンテックで農村部を変えた日本人
アフリカのフィンテック事業については、すでに現地で精力的に取り組んでいる日本人がいる。日本植物燃料代表取締役の合田真さん(44)だ。同社の活動は、アフリカ南東部のモザンビークの農村部で住民たちの経済生活のあり方を根本から変革しつつある。
合田さんたちは、もともとヤトロファという植物からできるバイオ燃料から事業をスタートさせた。2012年、モザンビークに現地法人を設立。品種改良して燃料の生産性を高くしたヤトロファの苗木を現地の農家に育ててもらい、そこで取れた種を買い取って、搾油し、バイオ燃料として売るというビジネスモデルだ。
ビジネスの舞台にしたのは、モザンビークの北東端にあるカーボ・デルガド州のいくつかの農村だ。南端にある首都マプトから2000キロ以上離れた辺境。村には電気が通っておらず、住民はほぼ自給自足の生活を営んでいる。その現地で合田さんたちはヤトロファ事業と並行して、日用雑貨などを扱う商店「キオスク」を数店舗経営し、充電型ランタンのレンタルサービスなどを始めた。
そんな中、キオスクでひとつの課題が持ち上がった。合田さんが苦笑しながら説明する。
「キオスクの売り上げのうち、毎月だいたい30%ほどがなぜか消えてしまうんです。店舗の現地スタッフに理由を尋ねても、それは妖精の仕業だと言う。うちのキオスクはこれまでにない電気を使ったサービスをしているから多くのお客さんが来る。それを妬んだ他の店のオーナーさんたちが黒い呪術師のところに行ったせいだろう、と本気で言うんです。実際のところは、うちのスタッフが売上金をくすねていた可能性が高いんですけどね。でも、そこを責めても地元の人たちと関係が悪くなるだけなので、じゃあ、いっそのこと現金の取り扱いをやめることにしようか、と思い立ったのです」
想定外の課題にぶつかった合田さんたちは、その解決法として電子マネーシステムの導入を決めた。キオスクに電子マネー決済用のタブレットを置き、ちょうど日本の「Suica(スイカ)」や「PASMO(パスモ)」と同じようなICカードを住民らに配布したのである。
買い物客は、あらかじめ現金とICカードを持って店を訪れ、現金を電子マネーとしてチャージ。店では、タブレットに表示される商品一覧から欲しいモノを選んでICカードで決済、商品を持ち帰るというシステムだ。
ところが、このシステムは合田さんたちが予想していなかった形で使われ始めた。合田さんは言う。
「お金を使うためだけでなく、お金を保管するために電子マネーを利用し始めたんです。それまで村人たちは、現金を壺に入れて地中に埋めて隠すなどしていました。だが、それだと盗まれたり、紙幣を虫に食われたり、大雨に流されたりしてしまうことがある。現金を持っていること自体がリスクだったんですね」
合田さんたちの電子マネーシステムは、地域に広がっている。すでに発行されたICカードは約3万5000枚。9月には新たに約10万枚が発行予定だ。
そして、電子マネーを使うことによって、住民たちのこれまでのお金の使い方や、どれだけ貯蓄をしてきたのかなどの取引情報も記録されていく。その情報は、自分たちの事業拡大などに必要な"融資"を受けるための「与信」にもなる。
合田さんたちは今、電子マネーシステムを使ったデジタル版「農協構想」を推し進めている。村に日本の農協のような組織をつくり、住民たちが共同で設備投資したり、個人ではできない多額の融資を受けたりできるようにするのが狙いだという。
構想は壮大で時間もかかるだろう。しかし、銀行や信用金庫がそこかしこにある日本では考えられもしなかったまったく新しい金融社会を、アフリカの農村で登場させようとしている。
「空飛ぶクルマ」実用化も!?
アフリカで注目されているリープフロッグ現象の事例として、ZiplineとM-PESA、そして合田真さんたちの試みを紹介した。もちろん、その他にもあまたの先端的な新規事業が立ち上がっており、「カエル跳び」は勢いを増すばかりだ。
日本にいるとなかなかイメージできないが、アフリカでは都市部を中心に急速に近代化している。冒頭で紹介したルワンダの首都キガリではビルが立ち並びはじめ、国内の光ファイバー網も拡大し、起業支援や人材育成が精力的に進められている。空港や病院、銀行などでは「指紋認証」によるデジタル化が進む。
そうした目に見える発展の一方、市内には貧困層が住むエリアがそこかしこに点在する、まさに「最先端」と「最下層」が混然一体となった世界だ。
だからこそ、アフリカでは予想もできない"進化"が起こり得る──と、現地でスタートアップ企業などの会計業務支援をしているダブル・フェザー・パートナーズ取締役の笠井優雅さん(34)は言う。
「アフリカの国々ではまだ規制が緩く、既存産業とのしがらみが少ないから、新技術を実験的に社会実装することができる。たとえば、世界で研究開発が進む『空飛ぶクルマ』なんかも、実際に実用化するときはアフリカから行われてもおかしくない」
分厚い若年層が担う爆発的成長
国連の推計では、アフリカ大陸の人口は、2050年には現在から倍増して約25億人になるとされる。世界全体の4人に1人を占める計算だ。人口激増による市場拡大は、彼の地の経済の爆発的成長につながるのだろうか。
前出のJICA国際協力専門員の内藤さんは、「高等教育を受けているアフリカの人はまだほんの一握りなので、爆発的経済成長は一朝一夕にはいかない」と慎重な見方をしながらも、高齢者が少なく、若年層が圧倒的に多いピラミッド形の人口構造からくる"可能性"を指摘する。
「意欲のある若い人たちが、まさにリープフロッグ的に、ネットの動画などでいろいろな勉強をし、未来の飛躍的な成長を担っていく可能性はあります。本当に真剣勝負でスタートアップを起こそうとしているデジタルネイティブの若者たちはものすごい勢いで増えていますし、もしかしたら20年後には今のアフリカの難題の一つである汚職もなくなっているかもしれない。EUのような経済圏ができると期待する人もいます。それができたら中国のような急速な発展が起こるかもしれません」
これからのアフリカ経済を確実に予測することはできない。しかし、20年前に今日の中国の繁栄を正確に予測できた人がどれだけいただろうか。リープフロッグによる飛躍的発展の余地はまだまだある。空飛ぶクルマの実装にとどまらず、最先端の自動運転技術を使った物流網や、肥沃な土地でなくても育つ革新的な農業技術、あるいは高度なネットワーク技術に支えられた超近代的な街づくり......可能性はいくらでもある。
世界は常に変化に満ちている。アフリカで起きようとしていることは、これまで世界が経験したことのない「未来への大飛躍」であり、その胎動は確かに始まっているのだ。
- 取材・文:オバタカズユキ(おばた・かずゆき)
- フリーライター、編集者。1964年、東京生まれ。大学卒業後、一瞬の出版社勤務を経て、フリーランスに。社会時評、ルポルタージュ、書籍の構成など幅広く活躍。教育、キャリア分野の執筆が多く、日本の優良ベンチャー企業を取材した著書『大手を蹴った若者が集まる知る人ぞ知る会社』(朝日新聞出版)がある。他に『何のために働くか』(幻冬舎文庫)、『早稲田と慶應の研究』(小学館新書)、1999年から毎年刊行している『大学図鑑!』(ダイヤモンド社)など多数。
- 取材・文:鈴木毅(すずき・つよし)
- 1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒、同大大学院政策・メディア研究科修了後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」副編集長、「AERA」副編集長、朝日新聞経済部などを経て、2016年12月に株式会社POWER NEWSを設立。