なぜアフリカに投資が集まるのか?

2019.08.16.Fri

湧き上がるスタートアップ企業

なぜアフリカに投資が集まるのか?

約800億円。これは、2018年に世界からアフリカのスタートアップに集まった投資マネーの総額だ。5年前から、実に5倍に増えた。彼の地では、スタートアップ企業が次々と立ち上がり、農業、送金、医療などの社会課題を解決するサービスを提供している。このビジネスチャンスに乗り遅れまいと、世界中から熱視線が注がれているのだ。はたしてアフリカのスタートアップの魅力はどこにあるのか。

日本で学ぶ「アフリカの未来」の担い手たち

「来週の授業ではエレベーターピッチをやるから、各グループはそのつもりで用意をしてきてください」

神戸情報大学院大学特任准教授の山中敦之さん(49)が英語で言うと、12人の学生たちがいる教室はざわついた。

「エレベーターピッチ」とは、短時間で相手の心を掴むビジネスプランのプレゼンテーションのこと。「ICT(情報通信技術)と開発の特別研修」と名づけられた半年間の授業の仕上げである。教育、医療、雇用創出など、グループごとに選んだ社会課題に対する解決策をどう売り込むか、実践さながらにチャレンジしてみるのだ。

「誰に売り込むことを想定すればいいの?」

「どこまで内容を盛り込めばいいかな?」

学生たちの質問は止まらない。

講義をする山中さん

講義をする山中さん。生徒からの質疑をまじえながらテンポよく進む(撮影:眞野公一)

同大学は、神戸市の中心街にあるJR三ノ宮駅から徒歩10分程度の場所に位置する。7月下旬、大通りに面したビルの中の教室で、山中さんの講義が開かれていた。

学生は全員、途上国からの留学生。ルワンダ、セネガル、モザンビーク、カメルーン、ナイジェリア、タンザニア、ボツワナとアフリカ諸国が多く、シリアやミャンマーの学生も通っている。学生たちはかなり集中している様子。山中さんの質問に、次々と発言が飛び出す。さながら自由討論の場だ。

5年で120人輩出

同大学は2013年から、修士課程2年制のICTイノベータコースで留学生を受け入れている。これまでアフリカからは約30カ国、約120人が学んできた。副学長の福岡賢二さん(52)が言う。

「修了生たちは母国に帰ってから、さまざまな分野で活躍しています。起業して成功する者も出てきている。最近は、日系企業もその優秀さに気づき始め、エンジニアやコンサルタントとして国内採用する例も増えています」

副学長の福岡賢二さん

副学長の福岡賢二さん(撮影:眞野公一)

「アフリカの未来は、アフリカの人たちが創り上げる」

アフリカ出身の学生は、日本政府が2014年に開始したアフリカの若者向けの人材育成プログラム「ABEイニシアティブ」や文部科学省の国費奨学金制度などを活用して集まってきた。

実際に彼らは、日本の大学院で何を学んでいるのか。

ルワンダの首都キガリ出身のドゥクズムレミ・ドミニク・サビオさん(32)は、現在2年生。もともとルワンダ大学でITエンジニアとして働いていたそうで、いまはドローンを使った農家向けシステムを研究している。「ドローンを農地に飛ばして、肉眼ではわからないデータを集め、穀物の育ち具合や、収穫時はいつかなどを判断するものです。帰国後は、来日前に起業したITサービス会社でドローン事業を展開したい」と話す。

サビオさん

「世界から資金面や教育面でサポートを得られれば、アフリカはもっとたくさんの産業が成長し、世界に発信していくことができると思う」とサビオさん(撮影:眞野公一)

同じくキガリ出身で1年生のオアシス・アガノさん(24)は、日本のマンガやアニメなどポップカルチャーにも興味があり、留学を決めたという。

いま研究しているのは、SNSと人工衛星のデータなどを活用した災害対策システムの構築だ。災害時にSNSの情報と、周辺の病院や駅の状況、消防署の場所などのデータを組み合わせて、人々が避難する際に役立つ情報を発信していきたいという。

「国に帰っても日本で学んだことを活かして仕事にしていきたいと考えています。アフリカの社会課題は、アフリカの人間だからこそより深く理解できるのです。アフリカの未来は、外からの支援に頼るのではなく、アフリカの人たちが自分自身で主体的に創り上げ、それぞれの国ならではの文脈で、課題を解決していくことが重要だと思います」

アガノさん

アガノさんに好きな日本のマンガを聞くと、「『モブサイコ100』とか、『HUNTER×HUNTER』とか、『クレヨンしんちゃん』とか......」と次々と出てきた(撮影:眞野公一)

JICAが育てる現地スタートアップ

冒頭に登場した山中さんは、大学院の教員として留学生を指導するだけでなく、国際協力機構(JICA)がルワンダの「ICT商工会議所」などと協力して2017年11月に開始したスタートアップ支援プロジェクトにもかかわっている。山中さんは次のように語る。

山中敦之さん

山中敦之さん(撮影:眞野公一)

「仕組みとしては、1回のセッションで現地のスタートアップ企業を10社程度選考し、約半年間、インキュベーション(新規事業の育成)と呼ばれる支援をします。特徴は、直接的な資金援助はしないこと。彼らに必要なのはお金ではなく、ビジネスモデルを作るための会計面での支援や、会社を登記するための法務サポートだったりする。そうした支援をすることで、事業を軌道に乗せるための仕組みを現地に根付かせたいと考えています」

つまり起業の「最初の一歩」を手伝っているわけだが、この段階のスタートアップはあまりにも成功する確率が低い。山中さんたちのプロジェクトはその成功率を高め、機関投資家やベンチャーキャピタル(VC)が入ってきやすい環境を整えることを目的としている。

事業の説明をするハッチプラス代表のイマニ・ボラさん(左)とICT商工会議所のアレックス・ナーレCEO

2018年12月に開かれた支援プロジェクトの卒業式で、事業の説明をするハッチプラス代表のイマニ・ボラさん(左)とICT商工会議所のアレックス・ナーレCEO(提供:山中敦之さん)

成果はすでにいくつか出てきている。たとえば、ルワンダで農業の管理システム「AICOS(アイコス)」を運営しているExtra Technologies(エクストラ・テクノロジーズ)。スマートフォンを使って作物の写真を撮り、生育状況や病気の状態のデータを機械学習させながら、どう対処したらいいか判断する。すでに、日本企業との提携が決まったという。

スマホやパソコンから遠隔管理をしながら、鶏卵を自動ふ化させる装置を開発したHatch Plus(ハッチプラス)も誕生した。ルワンダは鶏肉や卵の8割ほどを輸入に頼っており、食料自給率を上げるためにも自国で安く生産する方法として期待されている。

投資のタイミング「3年後では遅いかも」

このように、いまアフリカでは続々と新しいビジネスが立ち上がっている。

アフリカ全土のスタートアップ企業への2018年の投資額は7億2600万ドル(約800億円)。よく比較対象となる東南アジアへの投資総額は、2013年の8億2000万ドル(約900億円)から、2017年には8倍弱の64億5300万ドル(約7000億円)になった。アフリカも同様の急成長を遂げるのではないかと、世界から期待の目で見られているのだ。(下の図表参照)

※サムライインキュベートアフリカ社長の寺久保拓摩さん調べ

アフリカスタートアップへの投資額(SM) アフリカ主要国別投資額
東南アジア投資額推移

https://weetracker.com/のデータをもとに寺久保拓摩さんが作成

アフリカ各国を転々としながら、現地の企業を見て回り、ファンド出資を通じて日本企業とつなぐサムライインキュベートアフリカ社長の寺久保拓摩さん(28)は、その変化を肌で感じている。

「欧米のトップクラスの投資会社が、本格的にアフリカへの投資を始めています。世界からの注目度はますます高まっているのです。投資のタイミングとしては、3年後ではもう遅いかもしれない」

インタビューに応じる寺久保拓摩さん

インタビューに応じる寺久保拓摩さん(撮影:FQ編集部)

注目のスタートアップ企業は?

そこで、いま注目のアフリカならではのスタートアップ企業を、寺久保さんなどへの取材をもとに挙げてみよう。

ケニアの会社が目立つのは、同国と南アフリカ、ナイジェリアの3国が、アフリカにおけるスタートアップ企業の拠点となっているからだ。

Taz Technologies(タズ・テクノロジーズ):ケニア(本社登記はアメリカ)

ケニア、ウガンダ、ルワンダなどの郵便局やキオスクと提携して、顧客に荷物をすばやく届ける「MPost」というサービスを提供している宅配業者。アフリカでは、都市部を離れると住所のないエリアも多い。そこで顧客の一人ひとりにバーチャルアドレスを発行し、各地の郵便局やキオスクを経由して早急に配達できる体制を確立している。

RxAll(アールエックスオール):ナイジェリア

アフリカで流通している医薬品には、中国やインドから無認可で流入してくるフェイクドラッグ(偽薬)が多い。それらを飲んで亡くなる人が、ナイジェリアには年間10万人もいるという。同社は米イェール大学の研究チームと組み、薬が安全かどうか判別するデバイスを開発。国内外の病院や薬局に提供している。

Flare(フレア):ケニア

救急車のUber(ウーバー)モデル。ケニアの救急車は行政ではなく民間企業が所有・運用しており、日本の119番システムのようなものは存在しない。同社は、国内の救急車をネットワークで管理し、今どこに救急車があり、どの程度空いていて、病院で何人の患者を受け入れられるかなどを把握。患者の現在地を位置情報アプリで認識し、そこへ向かう救急車に道案内する。フレアのように行政が担う領域をスタートアップが補完する例は他にもある。

BitPesa(ビットペサ):ケニア

ビットコインによる海外送金サービス。すでにアフリカ8カ国(ガーナ、ケニア、ナイジェリア、セネガル、タンザニア、ウガンダ、コンゴ民主共和国、モロッコ)に拠点がある。時間がかかる上に手数料も高い銀行送金に比べ、ビットペサは即日送金できて手数料も低く抑えられる。日本人はビットコインなど仮想通貨に対して不信感があるが、アフリカでは政治不安などの影響で現地通貨のリスクが高く、むしろ仮想通貨の信頼性が高い。

スマートフォンに表示されたビットペサのウェブサイト

スマートフォンに表示されたビットペサのウェブサイト(写真:アフロ)

アフリカのスタートアップ企業は、ケニアだけでもざっと1300社あると言われる。近年、ケニアの躍進は顕著で、米シリコンバレーになぞらえて「シリコン・サバンナ」と称されるほど。ナイジェリアのラゴスにも「ヤバコンバレー」と呼ばれる地域がある。まさに"スタートアップ天国"といえる状況だ。日本貿易振興機構(JETRO)も乗り遅れまいと、「アフリカ・スタートアップ100社」(https://www.jetro.go.jp/world/reports/2019/01/dc0d01678915e238.html)のリストをまとめて日本企業に情報提供している。

NY市場に上場した「アフリカ版アマゾン」

こうしたスタートアップの中には、「ユニコーン」(評価額10億ドル以上の未上場企業)と呼ばれる、急成長を遂げる企業も出始めている。

その代表格の一つが、アフリカ14カ国でECサイトを展開するJumia Technologies(ジュミア)だ。「アフリカのアマゾン」とも言われる同社は2012年にナイジェリアでEC事業を開始。今年4月、アフリカで事業を開始したスタートアップとして初めて、ニューヨーク証券取引所に新規株式公開した。

ジュミアのホームページ

ジュミアのホームページ(写真:アフロ)

GAFA級誕生の可能性も──そのとき日本は?

前出の寺久保さんは、こう話す。

「これまでのアフリカは、世界の中でも最も貧しい地域だと見られてきましたが、遠からず、一気に逆転するチャンスはあります。誕生するのは、アフリカの中で完結するビジネスだけでなく、世界中に広がるものも出てくるかもしれない」

寺久保拓摩さん

寺久保拓摩さん(撮影:FQ編集部)

その上で、こんな見通しを語るのだ。

「20年後には、アフリカ発のサービスが、日本や欧米の中でアフリカのものとは気づかれないぐらい普通に使われている状況がありえるでしょう。GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)レベルの巨大企業がアフリカから出てくる可能性も十分にあると思います」

しかし、そんな状況の中でも日本の動きは鈍い。前出の山中さんが指摘する。

「昨年から今年にかけてルワンダだけでも200社以上の日本企業が視察を含めてやって来ましたが、実際の投資判断にはなかなか行き着かない。特に大企業は動きが遅いと感じます。アフリカの中でも日本企業の地位低下をひしひしと感じています。入るなら今で、今、日本が動かないとアフリカ市場での勝ち目はないと私は思います」

日本はアフリカにどれだけかかわっていくのか、その判断は待ったなしの状況にある。

取材・文:オバタカズユキ(おばた・かずゆき)
フリーライター、編集者。1964年、東京生まれ。大学卒業後、一瞬の出版社勤務を経て、フリーランスに。社会時評、ルポルタージュ、書籍の構成など幅広く活躍。教育、キャリア分野の執筆が多く、日本の優良ベンチャー企業を取材した著書『大手を蹴った若者が集まる知る人ぞ知る会社』(朝日新聞出版)がある。他に『何のために働くか』(幻冬舎文庫)、『早稲田と慶應の研究』(小学館新書)、1999年から毎年刊行している『大学図鑑!』(ダイヤモンド社)など多数。
取材・文:鈴木毅(すずき・つよし)
1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒、同大大学院政策・メディア研究科修了後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」副編集長、「AERA」副編集長、朝日新聞経済部などを経て、2016年12月に株式会社POWER NEWSを設立。

#05 躍進するアフリカ、20年後は?