田坂広志・パンデミックの未来は、「デュアルモード社会」にシフトせよ【#コロナとどう暮らす】

2020.07.15.Wed

田坂広志インタビュー

田坂広志・パンデミックの未来は、「デュアルモード社会」にシフトせよ
【#コロナとどう暮らす】

新型コロナウイルス感染症により、世界は大きな痛手を被った。多くの人命が失われたことに加え、企業の「コロナ関連倒産」も相次いだ。第二波、第三波、そして、別のウイルスによるパンデミックに備え、我々がすべきことは何なのだろうか。多摩大学大学院名誉教授で危機管理や未来社会論を専門とする田坂広志さんに、withコロナ時代の社会のあり方について聞いた。

「リスク・マネジメントの原則」は現実を正しく捉えて未来を予測すること

現在、世界中の国々が新型コロナウイルス感染症への対応を急いでいる。日本政府もワクチン開発や企業向け給付金の準備などさまざまな打ち手を講じるが、国民からは「遅い」「緩い」「ズレる」と厳しい評価を受けている。政治家や官僚が日本を正しく導くためには何が必要なのか。

シンクタンク・ソフィアバンク代表で、ダボス会議のGlobal Agenda Councilのメンバーや内閣官房参与を務めてきた田坂広志さんは「危機管理=リスク・マネジメント」の観点から指摘する。

「現在の政府の対応の問題は、短期的な対応に目を奪われ、中長期的な視点での対策を打っていないことです。その一つの原因は、政府にも専門家会議にも、リスク・マネジメントの専門家がいないことにあります。リスク・マネジメントには、『未来予測』の能力に加えて、『創造性=クリエイティビティ』が求められます。過去に経験の無い状況において、瞬間的に「これまでに無かった新たな対策」を考えなければならないからです。

もとより、政府の役割は、国民の生命と健康を守るために、目の前の危機に対応することが第一ですが、同時に、その危機の先に来る未来を見据え、その危機を教訓として、どのような社会を構築していくかのビジョンを描き、実現していくことも重要な役割です。

これからの時代は、新型コロナウイルス感染症の第二波、第三波が襲来し、さらに、新たなパンデミックが何度も襲来する時代です。そのことを理解するならば、これからいかなるパンデミックがやってきても、それに耐えうる社会とは何か、どのようにしてその社会を実現していくか、政府は、明確なビジョンや政策、戦略を描くべきと思います」

日本では5月に緊急事態宣言が解除され、経済活動が再開されつつある。しかし、いずれ新たなウイルスによるパンデミックが繰り返される。つまり、「パンデミックの時代」が到来したといえる。

「では、どのようなパンデミックが襲来しても、持続可能な社会システムとは何か。それは、いま政府が提唱する『新たな生活様式』などの感染抑制マナーの徹底といった次元のものでも、検査体制や医療体制を整備するといった次元のものでもありません。それは、政治や行政、経済や経営、社会や地域、文化や教育など、すべての分野において、いかなるパンデミックが襲来してもその機能が維持できる『新たなパラダイム』への転換を成し遂げた社会のことです」

写真:アフロ

「デュアルモード社会」で次のパンデミックに備える

社会のすべての分野でパラダイムが変わるべき時代に、「このコロナ禍が過ぎれば、これまでの生活に戻れる」と考えるのは希望的観測でしかない。これから、政治制度、行政機構、事業形態、サービス形態、労働形態など、あらゆる仕組みを転換させる必要がある。田坂さんは、withコロナ時代の社会の一つのあり方として「デュアルモード社会」を提言する。

「『デュアルモード社会』とは、丁度、自動車に燃費を気にせず快適な走行を楽しむ『スポーツモード』と、燃費を最小に抑えて走行する『エコモード』の『2つのモード(デュアルモード)』があるように、パンデミックが終息した時期には、経済効率を重視する『経済モード』に戻り、パンデミックが襲来した時期には、国民の健康と安全を最優先にする『安全モード』に切り替えるという社会のことです。

例えば、コロナの影響で、デリバリーやテイクアウトにシフトした飲食店は多いですが、コロナが過ぎ去ったからといって、こうした方式を止め、元のように店を開き、通常の営業に戻れると考えるのは危険です。これからは、いつパンデミックが襲来しても大丈夫なように、デリバリーやテイクアウトの方式を準備したビジネスモデルへとシフトする必要があるのです。それが『デュアルモード社会』の考えです。

すなわち、平時のときは、積極的にお客さまに来店してもらいますが、新たなパンデミックが襲来してアラートが出たときには、すぐに、店舗の運営を『安全モード』に切り替え、デリバリーの業者と連携したり、テイクアウトの資材を注文したりできるようにしておくことです。今回のコロナは初めての経験ですから、店舗も混乱し、慌てた訳ですが、これからは、あらかじめ『2つのモード』を準備しておき、混乱なく切り替えていけるようにするべきでしょう」

写真:アフロ

デュアルモード社会では、政治と行政、経済と経営、社会と地域、文化と教育など、あらゆる分野において「2つのモード」が存在し、社会の状態に合わせて切り替えることが重要になる。また、「安全モード」でも経営が持続可能になるように事業形態を再考する必要がある。

「ポストコロナ産業」の育成で社会をアップデートする

では、「デュアルモード社会」を実現するためには何が必要なのか。オンライン投票、デジタルガバメント、オンラインサービス、デリバリー、テレワーク、郊外オフィス、Eラーニング、オンライン診療など、新たな政治制度、行政機構、経済システム、産業構造、事業モデル、労働スタイル、生活習慣への移行を支えるビジネスを育成するべきだと、田坂さんは話す。

「これらのビジネスは、産業という視点で見ると、すべての業種を横断的に結びつけて生まれてくる『ニーズ型産業』であり、『ポストコロナ産業』と呼ぶべき新たな産業です。政府と地方自治体は、『新業態移行のための支援金の準備』『新業態移行のプラットフォーム構築』を通して、この新産業を戦略的に育成するべきです。

なぜなら、ポストコロナ産業の育成は、『新常態へ移行したい企業』を支援し、『新常態への移行を支援する企業』の事業機会を増やすという二つの意味で、重要な経済回復政策になるからです。

しかし、こうした新業態への移行や新産業の育成は、政府が全てを行うには限界があります。今こそ、地域の住民や事業者の実情に則して動ける地方自治体に、財源と権限を大きく委譲し、強力に感染対策を進めるとともに、『デュアルモード社会』の構築と『ポストコロナ産業』の育成を行うべきでしょう」

たしかに、今回のコロナ危機においては、「遅い」「緩い」「ズレる」と言われた政府の動きに対して、地方自治体の動きや首長のリーダーシップに注目が集まった。田坂さんは、このコロナ危機によって、これまでなかなか進まなかった、「地方主権」「地方分権」の動きが加速すると予想する。

また、このコロナ危機は、同様に、これまで進まなかった「デジタル・トランスフォーメーション」(DX)が大きく進むことになると予想する。

「このパンデミックによって、デジタル・トランスフォーメーションが、企業経営において、極めて重要なテーマになりました。デジタル技術による企業経営の根本的な変容を実現しないと、『非接触経済』が主流になるパンデミック時代には、企業は存続できません。そして、このDXは、単に企業だけでなく、政治、経済、社会、文化のすべての在り方を変えていくことになるでしょう。

ただし、パンデミック時代の社会の変化は、デジタル・トランスフォーメーションだけではありません。例えば、自宅勤務をする人が増えることによって、交通機関も変わり、大量輸送のシステムも変わるでしょう。また、都市の機能も変わり、人口の都市集中のトレンドも変わるでしょう。デジタル・トランスフォーメーションが中心になりながらも、それ以外の様々な形で、社会システムが大きな進化を遂げていくことになります」

危機管理の絶対条件は「国民からの信頼」

必要とされる変化は、決してネガティブなものではない。むしろ、ピンチに見えることをチャンスと捉えることで、新しいビジネスが生まれる。あるヨガ教室では、このコロナ禍の中、オンライン教室をスタートしたところ、子供を預けられない親や、女性に交じることに抵抗感があった男性、遠隔地で教室に来れなかった人など、むしろ、お客さまが増えた例がある。

ただし、今回のコロナ禍を、単なる「チャンス」として捉える論調にはいささか疑問もある。逆境をも前向きに捉えて新しい挑戦をすることは必要だが、人々の不安や痛みをしっかりと受け止めなければ、真に人間中心の「幸せな社会」を築くことはできないように感じる。この点について田坂さんはこう語る。

「今回の政府のコロナ対応では、残念ながら、国民の不安や痛みに対する共感は感じられませんでした。例えば、PCR検査受診の目安として『37.5度以上の発熱が4日以上続く場合』とされていたことに対して、厚生労働大臣が発言した『目安であって基準ではない』『誤解があった』といった主旨の言葉など、決して、国民の不安や痛みが分かっている発言とは思えません。

こうした危機においてリーダーに求められるものは、『Cool Head Warm Heart』。『冷静な頭脳を持つ一方で、温かい心を持つ』という意味の言葉ですが、この『温かい心』が、我が国の政治リーダーに欠けているものです。国民の不安や痛みに寄り添う温かい心を持ちながら、未来に対して冷静な一手を打つことができる。それが、多くの国民の生命と健康、仕事と人生に責任を負う政治リーダーに求められる大切な能力と思います」

今回のコロナ危機対応において、台湾のIT担当大臣オードリー・タンさんは、政治リーダーとして国際的な注目を集めた。マスク不足に対する在庫システムや購入システムをいち早く導入した施策が目立つが、その背景には「ラディカルな透明性」を国として掲げて、国民の信頼を得ていたことがある。一方で、日本では、政府が国民からの「信頼」を得ることの大切さを理解していないように感じる。どうあるべきか、田坂さんに聞いた。

「こうした危機においては、政府は、国民の『安全』を確保する対策を打つことと、国民が『安心』できるように情報を提供することという2つの行動が求められますが、我が国の政府は、後者の『国民が安心できるようにする』という意識が低いと言わざるを得ないですね。そして、この『安全』と『安心』の前提になる最も大切なものが、国民から政府への『信頼』です。政府が『信頼』されていなければ、どれほど「安全です。安心してください」と呼びかけても、国民は『安心』できません。

残念なことに、このコロナ危機において、現在の政府に決定的に欠けているものは、この『国民からの信頼』です。森友・加計問題、桜を見る会問題など、国民から政府への信頼が揺らぐような不祥事のあとに到来したのが、このコロナ危機でした。その意味で、我が国の政府は、最も不利な条件を抱えて、このコロナ危機に対処する状況になっています」

写真:アフロ

生涯、能力開発を続ける覚悟が個人に求められる時代に

withコロナ時代は、社会システムが大きく変化していく。それに伴い、個人の生活や仕事にも大きな変化が求められる。田坂さんは、今後必要な「労働形態の変化」について、次のように提言する。

「これからのパンデミック時代に備えるには、まず自分の職業が、パンデミックが襲来したとき、仕事が無くなる職業なのか否かを明確にすることです。そして、もし仕事が無くなる職業であるならば、個人として三つの対策を立てる必要があります。第一は、会社の了解を得て、一定の収入が確保できる『副業』を持つこと。第二は、他の仕事との『兼業』をすること。そして第三は、パンデミック時に雇用してもらえる異業種の仕事を探し、平時から契約しておくことです。

いずれにしても、この副業や兼業、異業種就労において求められるのは、現在の仕事で身につけた能力とは異なる能力です。その能力を身につけるのは、ある意味で大変なことですが、いずれ、これからの『人生100年時代』には、そうした新たな能力開発に挑戦しなければ、生涯、働き続けることはできません。そうであるならば、このコロナ危機を『能力開発の好機』と捉え、その努力を厭うべきではないでしょう」

パンデミックの時代は、自分の仕事が失われるという強い危機感を持ち、新たな能力の開発に取り組むべき厳しい時代だ。そして、これから訪れる人工知能革命が、さらに高度なレベルの能力開発を、我々に求めるようになる。

「これから到来する人工知能革命によって、専門的知識と論理的思考だけで行える職業の大半は、人工知能に置き換わっていきます。そして、今回のコロナ危機によって、職場へのロボットと人工知能の導入が加速するため、この傾向が加速していくでしょう。

従って、これからの時代は、パンデミックによって無くならない仕事にシフトするだけでなく、人工知能革命によって淘汰されない仕事にシフトしていくことが求められ、そのための新たな能力開発をしていかなければなりません。そして、人工知能に置き換わらない能力とは、論理的思考力ではなく直観的判断力であり、書物から学ぶ専門的知識ではなく、体験から掴む職業的智恵、すなわち、スキルやセンス、テクニックやノウハウと呼ばれる能力です。

そういう意味で、これからの時代においては、『いかなる本を読んだか』ではなく、『いかなる体験をしたか』ということが、非常に重要な価値になってくるでしょう」

そうであるならば、外出自粛を余儀なくされて生まれた時間こそ、この新たな能力開発のために投資するべきであろう。

経済は「目に見えない資本」へ回帰する

コロナ危機は、格差を浮き彫りにした。アメリカでは、富裕層と貧困層では感染率も死亡率も違う。現在の資本主義のあり方は、一人ひとりの命を救うという意味でも極めていびつであることが明らかになった。

この現状に対して、チェコの経済学者であるトーマス・セドラチェクは「パンデミックは民主主義的なものだ」と述べているが、この言葉をどう捉えるべきか。その意味を田坂さんはこう答える。

「リーマンショックなど、これまでの経済危機では、貧困層を犠牲にすることによって、危機を越えてきました。しかし、このパンデミック危機は、そうした形では、乗り越えることはできません。

なぜなら、このパンデミック危機においては、世の中にウイルスが残る限り、貧富の差や社会的地位の違いに関係なく、誰もが感染する可能性があるからです。そして、感染爆発が起こり、医療崩壊が起これば、富裕層も医療サービスを受けることができなくなり、被害を受けるからです。さらに、貧困層の多くが『エッセンシャルワーカー』であり、社会に不可欠な仕事をしています。そのため、貧困層に感染が広がり、働けなくなると、社会機能が停止し、物流が止まり、ゴミ処理がされなくなり、富裕層にも深刻な被害が生じるからです。

従って、パンデミックの時代は、富裕層だけでなく、貧困層の人々も含めて救う『人道的・包摂的社会』を築かないかぎり、社会全体が崩壊してしまうのです。言葉を換えれば、いかなるパンデミックにも耐えられる社会を築くためには、『貧富の差』を拡大し続ける現在の資本主義のあり方を根本から変えていかなければならないのです。

トーマス・セドラチェクの『パンデミックは民主主義的なものだ』という言葉は、そのことを意味しているのであり、それゆえ、彼は『このコロナ危機は、人類にとっての連帯テストだ』というもう一つの言葉を語っているのです」

現在の資本主義のベースにある「市場原理に従えば、自ずと世界が調和する」という考え方は、もはや幻想だ。田坂さんは、現在の資本主義を超えた新たな資本主義のあり方として「目に見えない資本」を重視する経済社会を提唱してきた。目に見えない資本とは、「知識資本」「関係資本」「信頼資本」「評判資本」「文化資本」「共感資本」の6つの資本のことである。(詳しい説明は『目に見えない資本主義』(東洋経済新報社)を参照)

そして、デュアルモード社会の実現には「目に見えない資本」が重要になると、田坂さんは語る。

「デュアルモードの『安全モード』とは、単に制度や組織の問題ではなく、人々が危機への対処の方策を理解し(知識資本)、互いに良い関係を築き(関係資本)、人々がお互いに信頼し(信頼資本)、助け合う文化(文化資本)がないと機能しません。すなわち、いかなるパンデミックにも耐えうる『デュアルモード社会』を築くためには、『目に見えない資本』を重視する新たな資本主義への変容が求められるのです。

そして、田坂さんは、「目に見えない資本主義」とは、決して真新しいものではない。むしろ、日本人にとっては懐かしい資本主義だという。

例えば、知識資本については、日本では昔から「三人寄れば文殊の智慧」といわれ、人々の智恵を集めることの大切さが語られてきた。関係資本については、「有り難いご縁を頂きました」と言って人間関係を大切にする考え方がある。さらに、信頼資本は、「一意専心」など、誠を尽くしてお客さまに仕えるという仕事観があり、評判資本は、「世間様が見ている」という倫理観がある。同様に、文化資本や共感資本も、多くの日本人が共通に大切にしてきたものだ。

「こうした価値観に基づく日本の資本主義は、『日本型資本主義』と呼ぶべきものですが、その中の因習的、非合理的と言われる部分は、当然、削ぎ落としていく必要があります。しかし、この『日本型資本主義』や『日本型経営』の持つ『目に見えない資本』を大切にする価値観は、これから21世紀に向かって、世界全体が学ぶものになっていくでしょう」

この30年、金融資本主義の影響で日本企業は経済合理性を追求してきたが、その一方で、アメリカを始めとする欧米諸国では、「マルチステークホルダーキャピタリズム」や「ESG投資」など、経済偏重ではなく、持続可能で社会の価値創造に柱を置いた資本主義が広まっている。それはむしろ日本型資本主義とも近いものである。では、世界の潮流に反して、日本が失ったものは何だろうか。田坂さんは語る。

「残念ながら、『日本型資本主義』と『日本型経営』の根底にあった、宗教的とも言える深みのある思想や価値観を、日本の経営者は見失いつつあります。それが、近年の様々な企業不祥事に繋がっています。そうであるならば、今こそ、我々は『日本型資本主義』の原点へと回帰すべきでしょう。

近年、欧米で『ソーシャル・ビジネス』という言葉が広がっていますが、この言葉に違和感を覚える日本人は多いのではないでしょうか。なぜなら、我々日本人にとって、ビジネスとは、本来、社会的課題を解決する『ソーシャル』なものだからです。それを象徴するのが、昔から、この日本で語られてきた『働くとは、傍(はた)を楽(らく)にすること』『仕事とは、相手に仕えること』といった言葉です。それゆえ、日本人が『ソーシャル・ビジネス』と聞くと、あたかも『白い白鳥』という言葉を聞かされたような違和感を覚えるのでしょう。

そして、日本型資本主義と日本型経営において語られてきた3つの言葉、『企業は、本業を通じて社会に貢献する』『利益とは、社会に貢献したことの証である』『企業に多くの利益が与えられたということは、その利益を使ってさらなる社会貢献をせよとの世の声である』は、そもそも、この日本においては、欧米のように『利益追求』と『社会貢献』を二項対立的に捉える価値観が存在していないのです。

私が若い頃の日本企業の職場では、誰もが『世のため、人のため』という言葉を自然に使っていました。これからの時代は、かつての日本型資本主義と日本型経営が大切にしていた優れた価値観を復活させていくべきでしょう。そして、それを世界に伝えていくべきでしょう」

写真:アフロ

答えのない問いを問い続ける「知性」が求められる時代

コロナと暮らすことを余儀なくされた我々は、自らの生活の今後だけでなく、社会全体の未来を深く考えて生きなければならない。では、そのためには、何が必要か。田坂さんは語る。

「これからの時代に求められるのは、『答えのある問い』に正解を見出す力、『知能』ではなく、『答えの無い問い』を問い続ける力、『知性』です」

では、我々が、素晴らしい未来を切り拓くためには、どのような問いを問い続ければいいのか。田坂さんが持つ問いを聞いた。

「69年生きてきた人間ですので、私の中には数多くの問いがあります。その一つを述べるならば、AIやロボッティクス、VRやAR、さらには、クローン技術や遺伝子工学が発達し、広がっていく時代において、『我々の意識は、どう進化していくのか』という問いです。

そのことを考えるために、宇宙の歴史を振り返ってみましょう。137億年前にこの宇宙が生まれ、46億年前にこの地球が誕生した。そして、この惑星に誕生した生命は悠久の進化の道を歩み、人間という存在を生み出すことによって、遂に、非常に高度な精神=意識を生み出しました。そして、その精神=意識が、様々な文化、文明を生み出し、今、我々はここにいるわけです。

しかし、この21世紀の初頭において、人類の持つ意識は、まだ極めて未熟な意識と言わざるを得ません。いまだに人類は、戦争やテロをする、差別や虐待もある、貧富の差も拡大している、環境破壊も続いている。そして、こうしたパンデミックが襲来すると、大きな社会的混乱に陥ってしまう。このように、人類の意識は、まだその進化のプロセスの入口にいる段階にすぎません。

これから人類の意識が進化を遂げ、ある段階に達したとき、戦争やテロもなく、環境破壊もない、今より数段優れた社会が生まれるのかと思います。そして、そのとき、我々人類にとって、本当の歴史が幕を開けるのでしょう。それを私は、『未来を拓く君たちへ』という著書において、『そのとき、人類の前史の時代が終わる。そして、本当の歴史が始まる』と述べています。それは、一つのロマンと感じられるかもしれませんが、そのロマンがあるからこそ、我々は、この時代を一生懸命に生きられると思うのです。

では、何が、我々人類の意識を進化させるのか。その一つの大きなファクターが『テクノロジー』です。例えば、インターネットが我々の『惑星的な意識』をどれほど加速してくれたか。インターネットを通じて、世界の裏側で生活している人々の姿を見ることができ、会話をすることもできるようになりました。このように、テクノロジーというものの究極の本質は『意識進化のアクセラレーター(加速器)』なのです。

では、急速に発達していく現代のテクノロジーは、これから、我々人類の意識を、どう変えていくのか。どう進化させていくのか。それを教えてくれるのは、実は、科学者や技術者ではありません。おそらく、小説家やシナリオ作家が、それを教えてくれるのでしょう」

これから人類に、どのような意識の進化が訪れるのか。そのヒントは、科学者や技術者が語る理論の世界ではなく、むしろ、小説家やシナリオ作家が描くイマジネーションの世界が教えてくれると述べ、田坂さんは続ける。

「例えば、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏の小説『わたしを離さないで』は、クローン技術の発達によってクローン人間が生まれたとき、その人間は、どのような意識を持つのかを教えてくれます。また、アイザック・アシモフの原作から作られた映画『アイ,ロボット』では、ロボットに心が生まれたとき、人間は、ロボットに友情を感じるのかを考えさせてくれます。また、『シックスデイズ』という映画では、クローン技術によって死を超えて自分の意識と肉体が再生できる世界が到来したとき、我々の意識はどう変わるのかを示唆しています。

このように、科学技術の急速な発達に伴って、これから我々人類の意識はどう変わっていくのか、どう進化していくのか、その問いが、私にとっては最も興味深い問いの一つです」

瞳を輝かせながら語る田坂さんの姿が印象的だ。そんな田坂さんに、これからの未来を担う若い世代に対してメッセージをお願いした。

「逆説的な答えになってしまいますが、現在69歳の私が若い世代に対して『こんな生き方をしなさい』と語るのは危ういことだと思っています。かつて、アインシュタインは、『いかなる問題も、それを作り出したときと同じ意識によって解決することはできない』という言葉を残しています。現在の社会が、このような多くの問題を抱えた社会になっているのは、私自身を含めた古い世代の責任なのです。そうであるならば、目の前の問題を生み出した古い世代が、その問題を生み出した自分たちの価値観をもとに、『君たちは、こんな生き方をしなさい』などと語ることは、とても危ういことだと思うのですね。

そして、若い世代の皆さんは、人類がいまだかつて経験したことのない世界に足を踏み入れ、未来を切り拓いていく方々です。そこには、地図も無ければ、ガイドブックも無い。だからこそ、ご自身の思いに素直に従って、歩まれると良いのではないでしょうか」

今もなお、新たな問いを立て、もがいている若い世代を力強く励ますその言葉に胸が熱くなった。 コロナと暮らす我々は、さらなる意識進化の道を歩み、現在の資本主義に代わる新しい社会のあり方を求め、歩み続けていくのだろう。

田坂広志
多摩大学大学院 名誉教授
シンクタンク・ソフィアバンク 代表

東京大学卒業。同大学院修了。工学博士(原子力工学)。米国シンクタンク・バテル記念研究所客員研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。全国6,100名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。4人のノーベル平和賞受賞者が名誉会員を務める世界賢人会議ブダペストクラブ日本代表。世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Agenda Council元メンバー。元内閣官房参与。著書は『運気を磨く』『目に見えない資本主義』など国内外で90冊余。
編集・文:株式会社ドットライフ
「another life.」という個人のストーリーにフォーカスした媒体を元に、各種サービスを展開。1,000人以上のインタビューで磨かれたノウハウを活かして人のストーリーを引き出し、伝わりやすい表現に整え、共感されるコンテンツを生み出す。

07 コロナとどう暮らす?
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