2020.07.03.Fri

夏野剛インタビュー

夏野剛「リーダーの決断で産業構造を再編すべき」
【#コロナとどう暮らす】

新型コロナウイルス感染症の影響で日本のデジタル化は進んだ。対面で行われた会議はリモートへ。書面手続きの印鑑は必要最低限になり、在宅勤務も広まりつつある。withコロナ時代、我々はテクノロジーとどう向き合うべきなのか?「iモードの父」であり、実業家・研究者として日本企業のデジタル化を牽引してきた夏野剛さんに、日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)の未来について聞いた。

Beforeコロナの暮らしに本当に戻りたいか?

満員電車に乗って通勤し、朝から晩までビルの一室で仕事する。たった一つの会議のために、時間をかけて出張する。社内で決済を通すために、各課の印鑑をもらいに行く。以前は見られたこれらの光景が、新型コロナの影響で当たり前ではなくなった。

「今回のコロナで、三周くらい遅れていた日本のデジタル化の状況を、一気に是正できるチャンスがきたと思っています」

さまざまな側面で日本のDXを進めてきた夏野剛さんはこう語る。CEOを務める株式会社ドワンゴでは、2020年2月から他社に先駆けいち早く在宅勤務を導入した。7月以降も、社員を原則、在宅勤務とする予定だ。

「コロナが徐々に収まりつつある今、リーダーの力量が問われています。リーダーはふたつに分かれていると思うんですね。ひとつが、コロナ前の普通に戻したいリーダー。もうひとつが、コロナで学んだことを生かして、組織、事業の形や社会のシステムを一気に進化させようとするリーダーです。ここでみなさんに問いたいのは、『コロナ前の社会ってそんなに良かったんだっけ』ということです」

通勤の様子

通勤の様子(6月29日東京都内 写真:つのだよしお/アフロ)

夏野さんが訴えるのは、コロナ前の日本を冷静に見直すことである。インターネットが登場してからの約20年、日本の国際競争力は低下する一方だ。ヤフージャパンが営業を開始した1996年と比べて、2018年のGDPは3%ほどしか成長していない。一方で、アメリカのGDPは155%伸びている。ヨーロッパではイギリスが100%、フランスが70%、ドイツが56%と続く。隣国の韓国はアメリカを超える165%の成長率だ。

「数字で見ると、日本のIT革命は社会経済に対して良い効果をもたらしていない。実はこの20年間は、大失敗の歴史なんです」

"人間側の仕組み"が変わるとき

他国に比べ、インターネットをはじめとするテクノロジーの恩恵を生かし切れなかった日本。要因はどこにあるのだろうか。

「ITが出てきて、我々の生活や仕事は様変わりしました。にもかかわらず、日本は法律や規制、経営、教育など、人間側の仕組みを変えることができませんでした。テクノロジーを、社会に実装できなかった。そこに失敗の要因があります。

アメリカやヨーロッパの国々は、テクノロジーの進化に合わせて、人間側の仕組みを変えてきました。韓国に至っては、財閥解体・再編成までやっている。サムスンやLGなど、国内のほとんど全ての会社が業態転換しています。

これに対して日本は、全く逆。なるべく雇用システムや規制を変えず、既得権益を守って今に至っています。テクノロジーがもたらした生産性の向上を、昭和時代の体制を維持することに費やし、適切に社会実装できなかったのです」

夏野さんは、その象徴としてマイナンバー制度をあげる。マイナンバーは、一人ひとりの情報のひも付けのために便宜上つけられた番号で、かなり特殊な状況下でなければ悪用は難しい。しかし、そういう説明がなされず大反対運動が起きた結果、使用が狭く制限された番号になってしまったのだ。また、物理的なカードは重要でないにもかかわらず、「マイナンバー=マイナンバーカード」という認識ができあがり、カードがないと手続きできない制度設計になってしまった。

「マイナンバー」の通知カード用紙(見本)写真:読売新聞/アフロ

「マイナンバー」の通知カード用紙(見本)写真:読売新聞/アフロ

テクノロジーを社会実装する際は、具体的なシーンまで想像すること、体感することが重要だと夏野さんは話す。

「ツールは導入するだけではなくて、使い道まで考えることが大切です。例えば私の場合、オンライン会議ツールを使って、リアルな場所で会議に参加している人と、オンラインで参加している人の差が出ないようするにはどうすればいいかを試行錯誤しています。小さいモニターの中に5人いて、リアルに4人いたら、リアルの方が強くなってしまう。どれくらいの大きさのモニターを準備して、どういう配置で画像を表示させれば、リアルに集まっているのと同じ様な体験になるか。そういうことまで試していくことが実装です。単に導入するだけでなく、そこまで気を配らなければ実装したことにはなりません」

テクノロジーを軸にした産業再編を

日本のDXがなかなか進まなかった状況は、裏を返せば、進めなくてもなんとかなる社会だったともいえる。しかし、これからもその状況が続くとは限らないと、夏野さんは警鐘を鳴らす。

「これまでは、テクノロジーをうまく使えなくても、既得権益は守られ、大きな社会の混乱なく生きられたと思います。しかし、もう限界が来ています。日本の人口は2010年をピークに減り始め、2020年以降は人口減のカーブが一気に急になる。これから先は、テクノロジーを活用しないと生き残っていけません」

現体制を維持できるかの瀬戸際にコロナがきて、企業のテクノロジー利用が促進された。リモートワークが普及し、これまで医療業界が反対してきたオンライン診療による初診や服薬指導はわずか1週間で解禁。夏野さんも関わり、印鑑の省略が可能なことも発見された。

「テクノロジーを使ってできるようになったことを、コロナが収束したのち、元に戻すか、それともこのまま続けるか。ここが大きな分岐点です」

(写真:アフロ)

(写真:アフロ)

皮肉にも、コロナによって進んだDX。さらに加速させるためには何が必要なのだろうか。夏野さんは、「世界にあって日本にないのは産業再編だ」と語る。

「世界の潮流では、新しいテクノロジーが出たら企業の買収統合が進み、産業再編するのが当たり前なんです。しかし、日本では体制維持が優先され、産業再編が行われるのは、その産業が衰退するときだけ。これでは、前向きな再編にはなりません。

例えば日本の携帯電話メーカーは、2008年までは世界と戦えていました。しかし、スマートフォンという新しい技術が出てきたときに、ほとんどが廃業しました。10社もあったのだから統合し、テクノロジーを結集して産業を盛り上げていくべきでした。産業が元気なうちに、競争力のある再編をしていくべきです」

日本には、世界から期待される産業も多い。例えば、カメラとセンサーの複合技術でできる生体認証など、ソフトとハードが組み合わさっているものは強いという。宇宙やエネルギーなどの産業も、まだまだ伸び代がある。こうした産業が、国内競争で力を使い果たしていては意味がない。各企業の叡智を結集して、世界と戦えるように備えるべきだと夏野さんは話す。

インターネットは人々の生活を良くしたのか?

一方で、デジタル化による弊害はないのだろうか。20年前に普及しはじめた頃のインターネットは、人々を自由にする希望の光だった。しかし、SNS上での誹謗中傷や、差別の助長など、ネガティブな面もある。夏野さんはどう考えているのか。

「SNSの登場によって、人は自分の見たい情報だけに触れて分断が進むというネガティブな意見もあります。しかし、紙メディアの時代の方が、情報の偏りと分断は大きかったのではないでしょうか。例えば、購読している新聞によって世界は住み分けられていたともいえます。インターネット上では、その気になれば、自分とは全く相いれない価値観の意見をいつでも入手できます。そういう意味では、インターネットによって分断が進んでいるわけではないと思います。

ただし、フェイクニュースの影響など、経験値が少ない青少年の保護の観点でいえば、インターネットの弊害はあると感じます。事実を受け止めて、社会にどのように組み込むかを考えるべきだと思います」

(写真:アフロ)

(写真:アフロ)

求められるのは、リスクをとって決断できるリーダー

テクノロジーの活用や企業の統廃合など、重要な決断をスピード感を持って行うために重要なのは、リーダーである。

「変化はボトムアップでは起こりません。トップダウンで変わっていく必要があります。つまり、誰がトップに立つかが鍵。今後は企業規模の大小にかかわらず、誰をトップに選ぶかで180度戦略が変わる世界になるでしょう」

夏野さんは、目指すべきリーダー像を明確に語る。

「みんながリーダーになる時代は終わりです。これからのリーダーは、責任を負って決断できる、『覚悟のある人』がなるべきなんです。

日本のリーダーには甘えがあります。決断すると全責任を負わされてしまうから、一生懸命、周りと合意形成しようとする。経営者と話していると、自分の役割なのに他人事にする人がすごく多いと感じます。こうしたらいいんじゃないですか?と提案すると、『会社のDNAが』『うちの社風じゃ難しくてね』と返ってくる。

生物学的に会社にDNAなんて存在しませんし、社風は経営次第でいくらでも変わります。できないことは何もないんですよ。やらない理由を並べるのではなく、まずやってみる。リスクを取らなければ、リターンもないんです。本来のリーダーは、方向性を決めて実現させて、その結果に対して責任を取るもの。その覚悟がある人がなるべきです。

これから先、『リーダーとは、普通の人はなりたくないもの』という責任感でリーダーになっていただくと間違いないでしょう」

夏野剛さん

加えて、政治や経済など、どの分野のリーダーも、テクノロジーに関心を持つことが重要だという。テクノロジーを社会実装するのはさほど難しいことではない。そもそも関心を持っている人が少なすぎるのが原因だという。

まずリーダーが関心をもって使ってみないと、導入する決断ができない。例えば夏野さんは、会議ツールを自分で使ってみて判断する。

「情報システム部からは、すでに契約しているツールを使おうと提案がありました。コストがかからないからです。でも、実際に使ってみるとZoomの方が明らかに使いやすいんですよ。コミュニケーションツールは、生産性をあげる鍵です。だから僕がZoomを使うと決定しました」

現場からは、既存ツールの変更を提案しづらい。まずリーダーが自ら体感して、トップダウンでの決定が必要だという。テクノロジーは社会に対する最強の武器。各界のリーダーが使わない手はないのだ。

コロナ後に、日本が変わったと言われる1年に

5月末に緊急事態宣言が解除され、徐々に人の動きが戻りつつある今、我々は何を学び、どのように未来をつくっていくべきなのだろうか。

「僕はもともと、東京オリンピック・パラリンピックが終わる2020年が日本の節目になると思っていました。その意味合いは、コロナでより大きくなったと考えています。未来にこの1年を振り返ったとき、『あの時、日本はすごく変わったね』と言われる年になるのか。それとも『大騒ぎしたけど、結局元に戻ったよね』で終わるのか。

テクノロジーを使ってできるようになったことを、コロナが収束して元に戻してしまったら、日本の下降は止まりません。そうならないために、我々は今、変わるべきです。

例えば、外出しやすくなっても、働き方を従来の出勤型に戻すべきではありません。ドワンゴでも各セクションに、リモート勤務を前提として、必要な出勤数を精査して、最適な働き方を実現するよう進めています。7月以降はリモート手当を厚めに支給するなどして、住む場所での働く環境を整備してもらいたいと考えています」

夏野剛さん、宮内さん

テクノロジーの進化は止められない。問題は、それをどう人間社会の仕組みの中でハンドリングするかだ。例えば、「人の仕事がなくなるからAIを使わない」というのは、テクノロジーを実装しないという選択だ。そうではなく、テクノロジーでできることは任せて、人間はより高度なことをすべき。その仕組みを、社会全体として考えていかなければいけない。

「ここで変わることができれば、日本は本当に大きく変わるでしょう。なにしろ過去20年間、ほとんど生産性が向上していないわけですから、言い換えれば成長の余地がものすごく大きいということです。このチャンスを生かして、本質的なDXを進められるかどうか。この1年、経済や政治、官僚それぞれの主体がどう動くかによって、2030年の日本が決まると言っても過言ではないでしょう」

我々の生活は、日々アップデートされるテクノロジーと切り離せないものになっている。コロナをきっかけに、多くの人がそれを体験しているだろう。本当のテクノロジーの活用とは何か。まさに今、この問いを考え直し、答えを実践することが、日本の未来をつくってゆく。

夏野剛
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授
株式会社ドワンゴ代表取締役社長CEO
1988年早稲田大学卒、東京ガス入社。95年ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン)卒。ベンチャー企業副社長を経て、97年NTTドコモ入社。99年に「iモード」、その後「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げた。2005年執行役員、08年にドコモ退社。現在は慶應義塾大学政策メディア研究科特別招聘教授のほか、セガサミー、トランスコスモス、GREE、日本オラクルなどの取締役を兼任。Tokyo2020オリパラ組織委員会参与や内閣府規制改革推進会議の委員も務める。著書「ケータイの未来」「脱ガラパゴスの思考法」「誰がテレビを殺すのか」等多数。
編集・文:株式会社ドットライフ
「another life.」という個人のストーリーにフォーカスした媒体を元に、各種サービスを展開。1,000人以上のインタビューで磨かれたノウハウを活かして人のストーリーを引き出し、伝わりやすい表現に整え、共感されるコンテンツを生み出す。

#07 コロナとどう暮らす?
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