緊急事態、人々の心に起きていること【#コロナとどう暮らす】

2020.06.25.Thu

中野信子インタビュー
FQ×文化放送 連携企画第六弾

緊急事態、人々の心に起きていること
【#コロナとどう暮らす】

新型コロナウイルス感染症は多くの人の命を奪っただけではない。外出自粛による社会の閉塞感は、人々の心にも影響を与えた。日本国内で話題になった「自粛警察」や、アメリカで起こった「黒人差別への抗議デモ」もその一部といえる。人々の心にはどんな変化が起きているのだろうか。Future Questionsと文化放送の共同企画「浜松町Innovation Culture Cafe」(6月13日放送)では、脳科学者の中野信子さんをゲストにお招きし、現在起きている社会問題を、日本人の心の観点から伺った。

【出演者】
パーソナリティ
入山章栄(早稲田大学ビジネススクール教授)

ゲスト
中野信子(脳科学者)
宮内俊樹(Yahoo! JAPAN FQ編集長)

怖がりだけどクリエイティブな日本人

「日本人は不安遺伝子が強く、新しいことに躊躇する傾向がある」

番組は、中野さんが以前FQでも語った「日本人の特性」の話からスタートした。日本人は慎重な性格で、新型コロナのような危機対応において生存確率を高めるが、新しいことに怖がりやすいという。

中野「二種類の資質が関わっていて、ひとつは『ドーパミン』の感受性です。感受性が鈍い人ほど新しいチャレンジを求めるようになるのですが、日本人には非常に少ない傾向で、全体の1%ほどしかいません」

入山「1%ですか!?」

中野「そう、すごく少ないんですよ。日本でも100万人程度いる計算になりますが、割合としては少ないですよね。もうひとつは『セロトニン』です。セロトニンの動態で不安傾向が決まります。日本人の97%は『不安遺伝子』を持っているといわれています」

この数値には入山さんも驚いた様子。

入山「ただ、逆に少しだけ安心しました。近年、イノベーションを起こすことに対する強迫観念みたいなものがありますが、脳科学的に難しいと聞くと少し穏やかな気持ちになります。その事実を受け入れた上でどうするべきか、前向きに考えられるようになる気がします」

一方で、イグノーベル賞の受賞数の多さなどに鑑みて、日本人は必ずしもイノベーティブではないわけではないと中野さんは指摘する。不安遺伝子を持つ周囲の人が、新しいものを許せない傾向が強いと。

入山「つまり、日本人の創造性が高いか低いかという話と、チャレンジに対して寛容かどうかというふたつの話があるわけですね」

中野「そうなんですよ。おそらく、江戸時代の和算家の関孝和のように新しい方法を開発する能力はあっても、周りがびっくりするから公にできない人がたくさんいると思うんですよね。インキュベーションセンターのような場所で、アイディアの種を苗まで育てるような仕組みがあればいいと思います」

日本人はクリエイティブであるという話題に対して、入山さんからも補足があった。

「デザインファームIDEOの創業者は、日本人に足りないのは『クリエイティブコンフィデンス』というんですよ。ある会社が『世界で一番クリエイティブな国民は誰だと思うか』というアンケート調査をしたところ、一番は日本人だったそうです。だけど、日本人は『自国民がクリエイティブだと思うか』という質問に対して、自己評価が圧倒的に低い。日本人に必要なのはクリエイティビティではなく、コンフィデンス、つまり自信。今の中野さんのお話とつながります」

この後、自信が育まれない背景にある「正解を選ばせる教育」の弊害や、「正解を選ぶよりも自分で選んだ答えを正解にする力」の重要性などに話は展開していく。

ラジオ収録はリモートにて。写真提供:文化放送

ラジオ収録はリモートにて。写真提供:文化放送

一方で、自信を持ちづらい環境だからこそ、日本発のイノベーションに可能性があるという話も出た。

入山「良い経営者は『周りを言いくるめる能力』が高いと感じます。経営者に言いくるめられて共感した人たちが協力することで、会社が伸びていきます」

中野「やっぱりそうなんだ。新しいことを受け入れ難いのは日本人の脳の特性なので、逆に、日本人を説得できたら世界でやっていけると思いますね。日本人はすごく細かいところまで気にしますが、他国の基準は大抵もっと緩いので、乗り越えたら世界で戦える」

入山「日本の大企業でイノベーションを生むほど、高い壁はないですからね。このままだと日本でイノベーションが起きないので、もっとハードルを下げなければならないと思っていましたが、この環境から生まれたものこそ本物ともいえますね。20年後くらいに、世界で『え! お前日本で成功したのか、すごいじゃん!』といわれる時代が来るかもしれません」

過度な社会性が「自粛警察」を生む

番組後半は、コロナ禍の人々の心に起きていることへと話が展開された。中野さんは、インターネットに接続する時間が増え、SNS上のコミュニケーションが現実と反比例するように「密」になったことで、息苦しさを感じる人が増えたと指摘する。
その結果、ネット上で目立つ人を過度に叩く傾向も見られるようになり、新しいことに躊躇する人が増えているという。

中野「何をしても、周りからは悪意の目が向けられがちです。善意に取るのが格好悪いという傾向があるのかもしれません。上から目線でマウンティングするのがネット空間のスタンダードになりつつあって、非常に危惧しています」

写真提供:アフロ

写真提供:アフロ

緊急事態宣言が発令されてから、過剰に外出自粛を求める言動、いわゆる「自粛警察」が話題になった。そこにも、日本人独自の脳の働きが関係していると中野さんはいう。

「オキシトシンという脳内分泌物質があります。相手に対する思いやりや仲間を大事にしようという気持ちを引き起こし、社会性を高める役割を果たしています。ただし、災害など危機的な状況に陥った時、オキシトシンの分泌量が過剰になる傾向があります。社会を優先しようという気持ちが強くなりすぎると、社会を優先していないように見える人を『悪いやつ』と捉え、攻撃対象になるわけです」

これには、ヤフーのFQ編集長の宮内も課題感を感じている。

「災害時によく出てくるのが『災害ユートピア』という言葉です。災害時にテンションが上がって世のために活動しようと思うのですが、その一方で、和を乱す人は許さないみたいな感情が生まれてしまうんですよね」

脳の特性を受け入れ、理性で変える

特定のコミュニティだけを優先するということは、社会の分断を引き起こす。入山さんから、アメリカで起こった人種差別に対する騒動について、中野さんに話が振られた。中野さんは「いつか起こるとは思っていた」と述べたうえで、この問題も人間のある特性が大きく作用していると語った。

「ある実験で、子どもたちを青いシャツと黄色いシャツのふたつのグループに分け、3週間競いあわせました。その際、日によってどちらかのグループをえこひいきしました。すると、あっという間にふたつのグループの仲は悪くなりました。たった3週間で、しかも子どもたちが、です。何世代にもわたって区別され、一方は虐げられてきたという歴史があれば、仲が悪くならない理由はないんですよね」

米、警官暴行で黒人男性死亡 世界各地に抗議拡大(写真:ロイター/アフロ)

米、警官暴行で黒人男性死亡 世界各地に抗議拡大(写真:ロイター/アフロ)

では、この問題はどうすれば解決できるのだろうか。

中野さんによると、仲を悪くするのは簡単だが、一度険悪になったグループを仲直りさせることは難しい。関係を改善するには何かしらの仕掛けが必要だ

「(先述の実験では)ふたつのグループに共通の、協力しなければ乗り越えられない課題を与えることが、関係回復に有効でした。例えば、協力しないと持ち上がらない横倒しになったトラックを起こすなどです。騒動の解決も、分断された人々が共通の課題を見つけられるかがポイントだと思います」

ただし今回の騒動の背景には、長年アメリカが抱えてきた根深い人種差別があり、解決に導くのは容易ではない。新型コロナウイルス感染症は「共通の課題」にみえるが、そうなっていないのが現状だ。

中野さんは「対等なふたつの集団ではなく、経済的・社会的地位の優劣が存在する状態からの融和なので、解決は想像以上に難しいかもしれません」と残念そうに語る。

宮内も、新型コロナが共通の課題たりえないことに首をかしげる。

「本当に不思議ですよね。団結しなきゃいけないのにいがみあってしまうのは、本末転倒にも見えます」

人類が団結できない原因に、現代社会に脳が追いついていないことを指摘する。

中野「人間が認知できる人の数は、いわゆる村の人数、150人ほどといわれています。それぐらいのコミュニティであれば、仲間になったり、和を乱す人に外に出て行ってもらったりすることで対処できます。しかし、人間の社会は複雑化し、コミュニティのサイズが肥大化しています。例えば東京には1000万人ほどが住んでいますが、全員の顔と名前を把握できるような脳を持った人はいません。社会の変化に脳の発達が追いついていないんです」

AIを始めとしたテクノロジーは、脳のキャパシティと現代社会のギャップを埋める鍵になるかもしれない。とはいえ、テクノロジーの進化もまだ十分ではない。分断された今の状況を変えるために個人として何を心がけるべきか、最後に入山さんから中野さんにたずねた。

「人間は、放っておくと仲が悪くなるものです。自分は善意のつもりでも悪意と取られる言葉を発する可能性があることを心に留めておくべきだと思います。その上で、人に優しくすること。誰かを攻撃すると脳は簡単に刺激が得られるので、攻撃に目が向きがちですが、人に優しくする楽しみの方が大きな喜びであると伝えたいです」

「働かざるもの食うべからず」からの脱却を目指す

収録後、中野さんに追加で話を聞いた。脳は近視眼的にものごとを捉えがちな特性があるので、10年後、100年後を想像することが重要だという。

「危機の時は『明日生きられる糧』を探してしまいがちですが、それだけでは人間社会はもたないんですよね。明日生きるためのものしか必要としない社会とは、弱者を排除していく社会のことです。『働かざるもの食うべからず』の社会ともいえます。しかし、今めぼしい働きはなくても、10年後にすごい人材になる人、100年後に歴史に名前が残る人がいるかもしれません。そんな人をどれだけ抱えておけるかが、社会の本当の豊かさだと思います」

例えば、アートも「今日を生きるため」には役に立たない。それでも、3年後、5年後、10年後を生きるためには絶対に必要だと、中野さんは語気を強めて語る。

「働かざるもの食うべからず」の社会を回避するために、社会として物理的なリソースを持つことが大前提である。ただし、リソースだけでなく、人の心の動きの影響も大きいという。

「そもそも『働かざるもの食うべからず』は妬みまじりの表現でもあります。働かないで食べている人を許してはいけない、みたいな。この感情をどう処理するかは大きな課題です。芸能人など、メディアで目立つ人が標的になりやすい部分ですよね。芸能界にいる人たちはむしろ忙しく働いていますが、働く以上の利益を得ていると思われているので標的になりがちです」

人の思考性は幼少期には決定するという。しかし、大人になってから後天的に学習することもできる。目先のことよりも、将来的な得を取ったほうがいいことを体感し、自分の姿を通して社会的な教育効果を狙うことも重要だ。

ただ、既存の社会の枠組みでは、社会全体の幸福度を高める限界もあるという。

「幸せの量を増やすのは実はすごく難しいんです。幸せは絶対量で感じるものではありません。初期値がどうであれ、傾きがプラスでないと幸せを感じないんです。100でも1万でも1億でも下がったら不幸。そういう性質のものだから、経済成長で幸せの総量を増やそうとすると大変で、それが今の資本主義の限界ともいえます」

資本主義によらない幸福の達成を考えるという、究極の問いに行き着く。これまでの経済至上主義的な考え方は、最適化を追求してきたともいえる。しかし、人間は不合理な行動を取ることもあり、それが発展にもつながってきた。そういった合理的ではない道を考える機会が、新しい幸せの追求につながるのかもしれない。

今世界中で起こっている問題は、脳科学的に見れば「起こるべくして起こっている」という。しかし、そんな状況を悲観する必要はない。人類がもともと備えている特性を正しく認識すれば、その特性を活用したり、不足する能力を補うことで歩みを進めることができる。

日本人として、個人として、特性をいかして何ができるか。その問いを持ち続けることが、未来を拓く。

※放送内容は、以下のURLからご視聴いただけます。中野さんの登場は15分ごろからです。
浜松町Innovation Culture Cafe | 文化放送 | 2020/06/13/土 18:00-18:57
http://www.joqr.co.jp/hamacafe_pod/

浜松町Innovation Culture Cafe番組HP
https://joqr.co.jp/hamacafe/

中野信子
脳科学者
東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了後、2010年まで、フランス国立研究所にて博士研究員として勤務。東日本国際大学教授。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行っている。TV番組のコメンテーターとしても活躍中。著書に『サイコパス』(文春新書)『脳内麻薬』(幻冬舎新書)『脳はどこまでコントロールできるか?』(ベスト新書)がある。
編集・文:株式会社ドットライフ
「another life.」という個人のストーリーにフォーカスした媒体を元に、各種サービスを展開。1,000人以上のインタビューで磨かれたノウハウを活かして人のストーリーを引き出し、伝わりやすい表現に整え、共感されるコンテンツを生み出す。

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