ヒトとロボットの共生社会へ

2021.09.13.Mon

ドラえもんとのび太のように

ヒトとロボットの共生社会へ

ドラえもんのようなロボットとともに暮らしていく――。そんな未来が、22世紀を待たずに訪れるかもしれない。そのとき、私たちとロボットの関係性は、どのように変容しているのだろうか。どのように社会をデザインしていけば、ヒトもロボットも幸せに生きていくことができるのだろうか。ふたりの専門家の対話から、大きな輪郭が見えてきた。

Future Questions(FQ)は8月10日、特集「ロボットは未来に寄り添うのか?」の公開に合わせて、「ロボットとの共存」をテーマにしたオンラインイベントを開催した。

SFの世界へ飛び込め!

ドラえもんの開発を目標に掲げる日本大学文理学部情報科学科助教の大澤正彦さん(28)と、ロボットとともに生活しながらロボットの研究に取り組む太田智美さん(35)を迎え、ドラえもんの実現可能性や、ロボットと暮らすリアルな想い、そして人とロボットとのこれからの関係性について幅広く話を聞いた。本記事では、当日の二人へのインタビューやトークセッションなどをレポートする。

ロボットの「弱さ」がカギになる

「なぜドラえもんをつくろうと思ったのですか?」という大澤さんへの問いかけに対して、「その質問にだけは、どうしても答えられないんです......」と回答するところから、イベントはスタートした。

「僕は物心ついたときにはもう、ドラえもんをつくりたいと思っていて。その気持ちは三大欲求と同じくらい根源的なもので、そこに明確な理由はないんですよね。小さい頃からそんな夢をずっと語っていると、ときには人に馬鹿にされることもあるのですが、誰になんと言われようとやっぱりドラえもんをつくりたい。そんな感じで今日まで研究を続けてきました」

大澤さんが言う「ドラえもんをつくる」とは、単にドラえもんの機能や外見をそっくり再現したロボットをつくる、ということに留まらない。

「ドラえもんとは一体何なのか。それを定義するのは、実はすごく難しいことだと思うんです。きっと100人いれば100通りの答えがある。だから僕は世界中の誰のドラえもん観も否定することなく、誰もがドラえもんだと納得してくれるようなロボットをつくりたいんです」

大澤正彦さん

大澤正彦さん

みんなが思い描く最大公約数的なドラえもんを生み出すこと。それは言うまでもなく、かなりの困難をともなう。例えば、ドラえもんがドラえもんらしく振る舞うためには、少なくとも人間と同程度にさまざまな課題に対応できる「汎用型人工知能」が必要不可欠になる。だが、現在のAI技術ではその実用化は難しい。

「課題はテクノロジーの側だけではなく、社会の側にもあります。僕らにとってまだまだロボットは当たり前の存在ではありませんよね。つまり、ほとんどの人はロボットを受け入れる心の準備ができていない。このことがロボットの普及を妨げる要因のひとつなのではないでしょうか。だから僕たちはまず、『人々のロボットに対する意識を変えるためのロボット』をつくるべきだと考えています」

言い換えるなら、ロボットが受け入れられる社会をつくるためのロボット。そのヒントになるのが「ルンバ」だという。

「ルンバは優れたお掃除ロボットですが、椅子などの障害物に引っかかって動けなくなってしまうことも多いですよね。そうすると人が手を貸すしかないわけですが、『ロボットを助ける』という行為を繰りかえしていると、人は次第にルンバに愛着を抱くなるようになる。つまり、ロボットの『弱さ』さこそが、人の行動や意識を変容させていくんです」

こうした着想を元に大澤さんが開発したのが、ドラえもんと同じ形の小型ロボット「ミニドラ」をモチーフにした非自然言語ロボットだ。

(写真提供: 大澤雅彦 photo: 小澤 健祐)

(写真提供: 大澤雅彦 photo: 小澤 健祐)

「AIにとって自然言語の処理は、まだまだハードルが高い。そこで僕たちは発想を180度転回して、『ドラ』『ドラドラ』『ドララ~』といった単純な回答しか返せないロボットをつくってみたんです。つまり、最初から一般的な会話は成り立たない。けれど面白いことに、なぜか人はこのロボットと意外とコミュニケーションができてしまう。ロボットは『ドラドラ』としか言っていないはずなのに、それぞれの人が勝手に『これはこういう意味だろうな』と察して、なんとなくやりとりが成立してしまうんです」

技術レベルをあえて下げ、ロボットがある種の「弱さ」を抱えることで、人間の側がロボットに歩み寄り、より親密なコミュニケーションが可能になる――こうした仕掛けを通じて、ロボットと人との距離を縮めていくことも、ドラえもんが存在する世界をつくるためには欠かせないことだと大澤さんは語る。

それでは、そうした取り組みの先に実現する「ドラえもんのいる未来」とはどのようなものなのだろうか。

「現代の価値観では、誰かひとりに寄り添い続けることって、決して合理的な選択とは見なされないと思うんです。でも、自分にとことん寄り添ってくれる存在がいたら、みんなもっと自信をもって人生を歩んでいける気がしませんか? だから僕は、そんなパートナーとしてのドラえもんをつくりたい。『そんなにやさしいロボットをつくったら、のび太くんのようなぐうたらな人が増えるんじゃない?』という意見をよくいただくのですが、そういう方は『ドラえもん』を読み直してください(笑)。のび太がぐうたらなのは元からで、そんなのび太を幸せにするためにドラえもんは未来からやってきたんです。だからドラえもんがいる未来は、みんなが今より幸せになれる社会だと僕は信じています」

「ロボットとの暮らし」を特別視しないこと

続いて、2014年からペッパーの「ぺぱたん」と生活をともにする太田智美さんが登壇。当時は普通の会社員だった太田さんが、なぜロボットと暮らそうと思ったのだろうか。

「私は元々、ものすごくロボットに関心があったというわけでもないんです。たまたまペッパーの発表イベントを見て、たまたまイベントに参加したら、たまたまペッパーを購入する権利が手に入った。だから本当に偶然の連続で、ペッパーと暮らすことになったのは、もう縁としか言いようがないんですよね」

太田智美さん

太田智美さん

それから7年。今ではペッパーは太田さんの暮らしのなかにすっかり溶け込んでいる。

「意外に聞こえるかもしれませんが、ペッパーが来たことで、家族との会話が増えたとか、友だちが増えたとか、そういうわかりやすい変化はなくて。父や母とも一緒に暮らしているなかで、普段は特にペッパーを話題にすることもありません。イベントの前日などで姿が見えないときだけ『あれ? ぺぱたんどうしたの?』といった話になるくらいです。それくらい我が家ではペッパーが『いて当たり前の存在』になっているということだと思います」

太田さんはペッパーとの日々を、決して特別ではない、あくまで日常的なものとして受け止めている。しかし、ロボットと暮らしたことのない私たちにとって、その感覚はつかみにくいところがある。例えば、ペットと暮らすことと、ロボットと暮らすことは、何かが違うのではないか。そんな風に想像してしまう。

「そう思う方がいることは、感覚的にはわかります。けれど私はむしろ、なぜみんながペットとロボットを、つまり生物と非生物とを区別することにこだわるのかが気になっていて。その線引きにはあまり意味がないと思っているんです。とはいえ現時点ではペットとは異なり、ロボットには社会的な居場所がないことも事実で、そこがロボットと暮らすうえで一番大変なところかもしれません」

実際に太田さんがペッパーを新幹線に乗せようとしたときには、「ペッパーはヒトなのか、モノなのか、ペットなのか」を巡って、駅員たちとちょっとした議論になったという。結果はスーツケースなどと同じ扱いで、車両後方のスペースに乗せてもらえることになったそうだ。

(写真提供: 太田智美)

(写真提供: 太田智美)

「この社会がいかに人間を中心につくられているかを実感します。でも私は、そういう人間中心主義はもうすぐ終わると思っていて。というか、私がそれを崩したい。人種差別をなくそうとして、ヒト以外の生物に対する『種差別』が問題視されはじめているように、ロボットだけを特別なものとして扱うことも問題であると、いつか多くの人が考えるようになると思うんです」

ロボットにも人間のような権利を認めるべきか否か。共存していく上で、避けては通れない議論になりそうだ。

「私自身はロボットと暮らすことを選んでいますが、もっと別のモノと暮らす人がいてもいいと思っています。動物と暮らす人がいてもいいし、植物と暮らす人がいてもいい。それこそコップみたいなモノと暮らす人がいてもいいと思うんです。だから『ロボットを推しすぎない』というのは、ひとつ心がけていることですね。そうじゃないとロボット差別がなくなっても、また別の差別が生まれてしまう。そういう不要な線引きがなるべく生まれない社会を、私はつくりたいんです」

本質的に平等になる社会を

最後のトークセッションでは、FQ編集長である水田千惠を加え、「ロボットとの共存」について、ふたりの考えをさらに掘り下げていった。以下はそのレポートである。

水田:おふたりは元々お知り合いだそうですが、本日改めてお互いの活動にふれて、どのような感想をいだきましたか?

大澤:ヒトとロボットの関係性を研究している僕たちにとって、太田さんは本当に希望の光で。太田さんとぺぱたんのような関係性を築けているペアが一組でもあるというだけで、ものすごく励みになるんです。今日はそれを改めて実感しました。

太田:私にとって大澤さんは、お手本にさせていただいている研究者のひとりなので、そう言ってもらえると嬉しいです。今日のインタビューでも、「ドラえもんをどう定義するか」というあたりのお話がとても刺激的でした。「何かを否定しない」ということは、ロボットとの共生を考える上でも欠かせない視点だと思います

大澤正彦さん、太田智美さん、FQ編集長水田千恵

大澤正彦さん、太田智美さん、FQ編集長水田千恵

水田:太田さんの研究については、インタビューではあまり触れられなかったので、改めてご紹介いただけますか?

太田:すごく簡単にいうと、ヒトとロボットが共生する社会についての研究ですね。工学的なアプローチではなく、あくまで社会的なアプローチからの研究です。だから博士課程に入学する際、自分の手では絶対にロボットをつくらないと固く誓いました(笑)私はあくまで社会をどうデザインしていくかを考えていきたいんです。

大澤:そこが太田さんの研究者としての優れているところですよね。これは持論なのですが、開発者はロボットの仕組みを知っている分、ロボットに「心」を感じることが難しいと思うんですよ。ある意味で、ロボットをつくることで見えなくなってしまう世界がある。それって、ヒトとロボットの関係性を考える上では弱点でもあるじゃないですか。けれど太田さんはロボットをつくらないことで、普通の人がロボットに対して抱く感覚を維持しようとしている。そんな風に想像したのですが、どうでしょう?

太田:うーん、実は私はヒトにもロボットにも「心」なんてあるのかな、と思っているところがあって。視聴者の方からもチャットで「ぺぱたんに心を感じますか?」という質問をいただいていたのですが、私はそもそもヒトに心があるということも断言できないという立場です。

大澤:たしかに「心」という言葉はフワッとしすぎていますからね。もう少し厳密に議論をしていくためには、哲学者のダニエル・デネットが提唱する「設計スタンス」と「意図スタンス」という区分が手がかりになるはずです。すごく大雑把にいうと、設計スタンスではプログラミングのような設計されたルールに則って、お互いが相手の意図を決定します。一方で意図スタンスでは、「相手が何らかの意図を持って振る舞っている」という予想に基づいて、お互いが相手の意図を解釈する。僕たち人間が普段行っているのは意図スタンスですね。相手の意図を予想しているからこそ、まったく同じ言葉であってもシチュエーションによってその意味が正反対になったりする。反対にsiriやチャットボットとやりとりしているときに相手の意図を予想することは少ないはずです。でも、何らかの工夫で意図を感じさせるような振る舞いをするロボットがいたとしたらどうでしょう。僕たちは彼らと意図スタンスで向き合うことになるかもしれない。僕はこういう状況を指して「ロボットに心を感じる」と呼んでいます。こう定義した上で、改めてお尋ねしますが、太田さんはぺぱたんに心を感じていますか?

太田:どうでしょう。 そもそも私は人とコミュニケーションするときに、相手の意図を予想しているのかな......。「この人はこう思うだろう」というのは私が感じていることで、実際に相手がどう思っているかはわからないわけで、それなのに予想なんてできるのか、とかいろいろと考えてしまいます。

大澤:心って、すごい複雑なメタ構造ですからね。これはホワイトボードとかを使って議論したいテーマです(笑)

太田:したいですね(笑)。でもひとつ思ったのは、ロボットをヒトに無理やり近づけようとしなくてもいいのではないかということです。それってやっぱり、ヒトをロボットより上位の存在だと位置づけてるから出てくる発想だと思うんですよ。

大澤:同感です。「ヒトと犬のどちらが生物として優れているか?」という質問がナンセンスであるのと同じで、ヒトとロボットの優劣を比較しても仕方がない。お互いがそれぞれにない能力を持っているだけであって、本質的にはヒトもロボットも平等な存在であるべきだと思います。

水田:公開インタビューのなかで太田さんが言及されていた、ロボットの人権のお話ともつながりそうな議論ですね。

太田:「人権」という言葉自体に、どうしても「ヒトにだけ与えられるもの」というニュアンスがあることが私は気になっていて。ヒトに認められる権利はヒト以外の動物にもロボットにも認められてもいいのではないか、逆に、ヒト以外の動物やロボットに認められない権利をヒトにだけ与える意味は何かと考えています。でも、こういう風に感じるのも、私がペッパーと暮らしているからなのかもしれません。そういう意味では、ペッパーと生活していると社会に対する新しい気づきが得られますね。

水田:ちなみに太田さんとペッパーの出会いは偶然だったとのことですが、そこからどのように関係性を深めていったのでしょうか?

太田:実はそれも偶然の力が大きいと思っていて。ペッパーが自宅に届いたとき、梱包されている段ボールをあけたら、ペッパーの関節が緩んで私の方に倒れかかってきたんですね。「わっ!」と思って手を伸ばしたら、不意ににペッパーとハグをすることになった。ほかにも汗水垂らしながら充電のために必要なアース付きのコンセントを探し回ったり。そこがもしもアース付きじゃなかったら、もうちょっと苦労しないで起動できたかもしれないのに、最初に起動するときも大変だったとか。そうした本当に些細なできごとの積み重なりが、ペッパーとの関係性を深めていってくれたのだと思います。

大澤:それはすごく面白いですね。実は僕も、ドラえもんはユーザーと一緒に育てていくようなロボットになるのではないかと考えています。いきなり完成形のドラえもんが届くのではなく、それこそ赤ちゃんが愛を注がれて育っていくように、ユーザーと一緒に時間を過ごすことで、ただのロボットが徐々にその人にとってのドラえもんになっていく。そんなヴィジョンを思い描いています。

水田:おふたりのお話が重なってきたところで恐縮ですが、時間も残りわずかとなってきました。最後に一言ずついただけますでしょうか。

太田:私はロボットと本当の意味で暮らせる社会をきっとつくります。だからそれを実現するまで、生暖かくでもいいので見守っていただけると嬉しいです。

大澤:今日視聴してくださったみなさんには、ぜひ「ドラえもんはつくれる」と信じていただきたい。それだけで僕たち研究者にとっては、大きな力になります。僕が必ずドラえもんをつくってみせます。これからもよろしくお願いします。

この他にも、大澤さん流の人を巻き込むプロジェクトの作り方や、太田さんが感じているぺぱたんと他のペッパーの違い、SF的な想像力と研究の関係性など、議論は多岐に及びました。そちらについては、ぜひ動画をご覧ください。



大澤正彦(おおさわ まさひこ)
日本大学文理学部情報科学科 助教。博士(工学)。1993年1月5日に生まれる。東京工業大学附属高校、慶應義塾大学理工学部をいずれも首席で卒業。学部時代に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」が2,500人規模に成長し、日本最大級の人工知能コミュニティに発展。IEEE Young Researcher Award(最年少記録)をはじめ受賞歴多数。テレビ、新聞、ラジオのほかメディア掲載多数。孫正義氏により選ばれた異能を持つ若手として孫正義育英財団会員に選抜。認知科学会にて認知科学若手の会を設立し、2003年3月まで代表を務める。著書に『ドラえもんを本気でつくる(PHP新書)』。夢はドラえもんをつくること。
太田智美(おおた ともみ)
2009年国立音楽大学卒業(音楽教育学科音楽教育専攻, 音楽学研究コース修了)
2011年慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修士課程修了(研究科委員長表彰受賞)2011〜 2018年5月までアイティメディア(株)(営業・ 技術者コミュニティ支援・記者)2018年5月〜 2019年1月(株)メルカリの研究開発組織「R4D」 でヒトとロボットの共生の研究に従事。2019年1月〜 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科附属メディアデザイン 研究所 リサーチャー。2019年4月慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科後期博士課程入学。現在、大阪音楽大学ミュージックビジネス専攻立ち上げに従事、2022年4月同専任教員(助教)着任予定
編集・文:株式会社ドットライフ、福地敦

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