2021.08.20.Fri
友人や恋人になる?
ロボットに感情が宿るとき
人工知能が日常のなかに浸透しつつある昨今、ロボットは「考える」ことにも乗り出している。ただし、人間は物事を頭で「考える」だけではない。そう、私たちには「感情」があるのだ。ところがそんな感情も、人類の専売特許ではないとする研究者たちがいる。奈良先端科学技術大学院大学助教の日永田智絵さん(29)もそのひとりだ。ロボットに感情が宿るとき、私たちの関係性はどのように変化するのだろうか。
感情をつくることで、感情を理解する
SF作品には、人間のパートナー役のロボットが登場する。ときに頼れる相棒として、ときに心許せる家族として、ときに最愛の恋人として振る舞う。彼らには、人間と同じ「感情」が宿っているように感じられるが、現実にそんなことは可能なのだろうか。人工的に造られたロボットが、私たちと同じように何かを「感じる」ことはあるのだろうか。そんな難問に取り組むのが、奈良先端科学技術大学院大学の日永田さんだ。
「ロボティクスの世界で『感情』というテーマが本格的に扱われるようになったのは1990年代です。97年にはまだ学生だったシンシア・ブリジール(現、マサチューセッツ工科大学教授)が、世界初のソーシャルロボット『Kismet(キスメット)』を発表し、大きな話題を呼びました。これをきっかけにロボットによる感情表出、感情認識の研究が一気に広がっていきます」
「感情表出」とは、感情をもったかのように振る舞う機能のこと。対して「感情認識」とは、人間の表情などから感情を読み解く機能のことを指す。ここで注意すべきは、どんなに精巧な感情表出、感情認識ができるロボットであっても、「感情」そのものを有しているわけではないということだ。
「ロボットに感情を宿らせようという研究が活発に行われるようになったのは、2000年代に入ってからです。ただ、当時も今も『感情とは何か?』という問いには、答えが出ていません。そんな中で登場したのが、『感情を実装したロボットをつくることで、人間の感情のメカニズムを理解しよう』という構成論的アプローチです。私の研究も、この延長線上にあります」
「構成論的」というのは「まずはつくってみて、それから考えよう」というアプローチと理解しても概ね問題ないという。「感情(仮)」というモデルを構築し、それを実装したロボットを分析することで、「感情」への理解を深め「感情(仮)」をさらにアップデートしていく。そんなイメージだ。
外受容感覚と内受容感覚
構成論的アプローチでは、どのような感情モデルを採用するかが重要になる。キーとなるのは「外受容感覚」と「内受容感覚」という概念だ。外受容感覚とは、外界からの刺激によって生じる感覚のこと。つまり、五感だ。対して内受容感覚は、「お腹が空いた」「胸がドキドキする」といった、私たちの身体の内側で生じる感覚を意味する。「この2種類の感覚の相互作用が、感情の形成へとつながっていきます」と日永田さん。
「『抱きしめられたらホッとする』『ヘビを見たらゾッとする』というように、外受容感覚と内受容感覚に与えられる刺激の組み合わせを統合し、それをカテゴライズしていくことで『喜び』『恐怖』といった感情が生まれていくイメージです。さらに私たちはその感情とシチュエーションの結びつきを学習することで、刺激が与えられるよりも先にどんな感情が生まれるのかを予測できるようになる。『ヘビが現れるかもしれない』と予測した時点で、『恐怖』を感じるようになるわけです。私が依拠する感情モデルでは、こうしたプロセスを繰り返すことで、人間が感情という複雑なシステムを獲得していくのだと考えています」
日本語の慣用句には身体に由来するものが多い。「腹が立つ」「胸が痛む」「背筋が凍る」「肝を抜かれる」。それくらい、私たちの身体と感情は結びついている。
ソフトロボティクスがひらく、ロボットの新たな可能性
日永田さんはこうした感情モデルの一部をコンピューター上のバーチャルエージェントに実装することに成功。現在は、認知科学的手法を用いた実験などによって、モデルの妥当性を検証している。
「もちろんバーチェルエージェントには身体がありません。だから内受容感覚も、設定されたパラメーターによるシミュレーションに過ぎない。したがって、より感情モデルの精度を高めていくためには、物理的な身体を有したロボットへの実装を目指していくべきでしょうね。それが『ソフトロボティクス』によってつくられた、やわらかな身体を持つロボットだったら、さらに理想的だと考えています」
ソフトロボティクスとは、シリコンなどの柔軟性の高い素材を用いることで、ロボットの新たな可能性を追求しようとするアプローチのこと。従来の「硬いロボット」には不可能だったしなやかな挙動を実現できることから、注目が高まりつつある分野だ。
「私たちの身体って、やわらかいですよね。肌も、筋肉も、内臓も。だからじっとしていても、動いていても、常に揺らいでいるんです。私はこの揺らぎが、感情の複雑さや多様性と密接に結びついていると考えています。安定した『硬いロボット』よりも、不安定な『やわらかなロボット』の方が、より人間に近い感情を宿すことができる予想するのはそのためです」
それでは、私たちの身体の脆さについてはどうだろう。やわらかな身体は、すぐに傷つく。そしていずれは、死にゆく。こうした特徴も、ロボットは模倣するべきなのだろうか。
「私たちの感情形成に、死が深く関わっていることは間違いありません。ロボットに死という概念を導入することも、感情研究を進める上では大きな意味があると思います。結局、『感情を持ったロボット』をつくるための一番の近道は、『人間に限りなく近いロボット』をつくることなんですよ」
ロボットの感情の有無をどう判断するのか
ロボットが感情を獲得するまでの道のりが、おおまかに見えてきた。ただし、ひとつ疑問なのは、感情の有無をどうやって判断するのかということだ。例えば「感情表出に優れたロボット」と「感情を持ったロボット」とを、見分けることはできるのだろうか。
「原理的には不可能です。感情というのは、取り出して見せることができませんからね。人同士でも相手に感情があるということを証明することってできませんよね。つまり、『感情があるように見えるかどうか』で判断するしかないんです。感情表出機能だけを備えたロボットだって、『感情を持っていない』と断言することはできないんですよ。ここは難しい問題で、『じゃあ、なんでロボットに感情を持たせたいの?』と疑問に思われるかもしれません。でも、その答えはハッキリしています。私はロボットに感情を持たせることで、人とロボットが本当の意味でインタラクティブにコミュニケーションできるようにしたいんです」
しかし、感情認識機能と感情表出機能があれば、インタラクティブなコミュニケーションは可能なのではないか?ソフトバンクのPepperをはじめ、人間とのコミュニケーションを目的につくられたソーシャルロボットは数多く存在する。
「感情認識と感情表出の組み合わせだけでは、絶対にできないことがあります。それはコミュニケーションする相手の感情を、主観的に理解することです。私たちが目指しているのは、他者の感情を内受容感覚まで含めて想像し、その上でコミュニケーションを進めていけるロボットです」
人に寄り添うパートナーロボットを
他者の感情を認識するのではなく、主観的に理解する。それはつまり、他者に「共感できる」ということにほかならない。
「もちろんロボットとはいえ、最初からあらゆる人に共感できるわけではありません。むしろ人と同じで、相手の感情を理解するには、相手の人柄をよく知らないといけません。そのためにデータを集めようと思ったら、ともに時間を過ごすのが一番手っ取り早い。四六時中一緒にいることで、ほかの誰よりも自分を理解してくれる存在へと成長する。私が思い描くのは、そんなパートナーロボットを誰もが所有できる未来です」
人とロボットが一対一のパートナーシップを結ぶ。まさにSFを思わせる世界観だ。日永田さんは研究者になるずっと以前から、こうしたビジョンを抱いていたという。
「私はパートナーロボットをつくりたくて、ロボットの研究者になったんですよ。
実は中学生のときに、家族のひとりがストレス性の病を患ってしまったんですよね。そのとき、すごく無力感があって。毎日同じ家で暮らしているのに、なんで何もできなかったんだろう、もっと一緒に居てあげられたら病気にならずにすんだのかなと後悔することもありました。でも、家族だとしても24時間ずっと一緒には居られないじゃないですか。ケアをする方も壊れてしまう。そこで思いついたのがパートナーロボットだったんです。だから私が研究を続けているのは、あのとき助けられなかった家族を、今度こそ助けるためでもあるんです」
ロボットは恋人や友人になれるか?
日永田さんがその目標を達成し、感情を持つパートナーロボットが当たり前の存在になったとき、人とロボットの関係性はどのように変化するのだろうか。人とロボットが恋に落ちることはあるのだろうか。
「ロボットに恋する人は、たくさん出てくると思いますよ。そもそも私たちは、人間以外のものにも簡単に愛着を抱きますからね。一方で、ロボットが人間に恋をするのは、ちょっと難しい気がします。やっぱり恋愛感情って、生殖本能がベースになっているところも大きいので、ロボットには理解しにくい感情だと思うんですよね。ただ『人間に愛されることは得だ』とロボットが感じるようになれば、恋をしているかのように振る舞ってはくれるかもしれない。それを恋愛関係と呼ぶかどうかは、人ぞれぞれでしょう」
では、友情はどうだろう。私たちはパートナーロボットと、どのように友情を育んでいくのだろうか。
「幼稚園や保育園にパートナーロボットが導入されるかもしれませんね。子どもたちとロボットが、ともに成長していくイメージです。私も研究のなかで取り組んでみたいと考えています。子どもが感情や社会性を身につける幼児教育の場で、ロボットも感情や社会性を学んでいく。遠からず、そんなプロジェクトを実施できればと考えています。幼い頃からロボットとともに過ごした子どもたちが、ロボットに対してどのような感情をいだくのかも興味深い。『ロボットネイティブ』な子どもたちが、まずはロボットと友情を結ぶようになっていくのかもしれませんね」
- 日永田智絵(ひえいだちえ)
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ロボット研究者 奈良先端科学技術大学院大学助教
2014年電気通信大学情報理工学部知能機械工学科卒業.2016年同大学大学院情報システム学研究科情報メディアシステム学専攻修士課程修了,修士(工学).同年日本学術振興会特別研究員(DC1),2019年同大学大学院情報理工学研究科機械知能システム学専攻博士後期課程単位取得済退学.博士(工学).同年大阪大学先導的学際研究機構付属共生知能システム研究センター特任研究員を経て,現在,奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科情報科学領域助教.HRI,情動,感情モデルの研究に従事.https://www.hieida.com/(外部リンク)
- 編集・文:株式会社ドットライフ、福地敦