人にも環境にも優しいストーリー

2021.08.10.Tue

ロボットを社会実装

人にも環境にも優しいストーリー

1921年。チェコスロバキアの劇場で、作家・カレル・チャペックの『ロボット(R.U.R)』が初演された。人類の労働を肩代わりする人造人間を描いたこの戯曲から「ロボット」という言葉が生まれ、世界中へと広まっていった。それからちょうど100年。ロボットは今後どう進化し、何を成し遂げるのか。国内のロボット研究をリードする千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)の古田貴之所長(53)とともに、ロボットの次の100年を考える。

万能ロボットはいつ生まれるのか

かつて空想の産物だったロボットは、今や私たちの生活に欠かかせない存在になっている。自動車などの製造にかかわる産業用ロボット、医師の診断や手術を支援する医療ロボット。東京五輪の開会式を彩ったドローンも、ロボットの一種だ。ほかにも掃除洗濯から災害復興、軍事行動に至るまで、あらゆるシーンでロボットは人間の活動を支えている。

しかし、これらのロボットは用途が限定された「特化型」ともいえる。チャペックが描いたような汎用性の高い「人型の万能ロボット」は、いつ生まれるのだろうか。こうした疑問を「まったくのナンセンス」と一蹴するのが、古田所長だ。

オンラインで解説をしてくれた古田貴之所長

オンラインで解説をしてくれた古田貴之所長

「まず形にとらわれていることが、大きな間違いですね。ロボットとは『感じて、考えて、行動する賢い機械』の総称です。人型かどうかといった形状の話は、ロボットの本質とは何の関係もありません。人と同じくロボットも見かけで判断したらダメだということです」

目の前のテクノロジーをどう使いこなすか

ロボットに「万能性」を求めることにも、古田所長は否定的だ。

「たしかに科学者は『あれできる、これもできる』と言いたがります。でもそれは一種の詐欺のようなもので、本当は『何ができないか』を言うべきなんです。もっと踏み込んで言うと、SFに登場するような自我を有したロボットはしばらく生まれないでしょう。そもそも自我とは何かが、謎に包まれているのですから。重大な決断をロボット(AI)に任せることも困難だと思います。AIの判断はバックトラッキングができませんからね」

「バックトラッキングができない」とは、なぜその判断を下したのか、根拠を説明できないということだ。例えば、プロ棋士を圧倒する将棋AIは、最善手を導くことはできても、その一手がなぜ最善手なのかを示すことができない。将棋ならそれでも構わないが、これが車の自動運転となるとどうだろう。ハンドルを切れば運転手は助かるが、誰かを轢いてしまうかもしれない。そんな状況下で、事後に検証不可能なAIの判断に全権を委ねることは、倫理的にも法的にも問題が指摘されている。

(提供:adobe stock)

(提供:adobe stock)

「シンギュラリティが起きてAIが飛躍的に進化したら?という未来について議論する暇があるなら、今ここにある最先端技術をいかに社会実装するのかを考えるべきです。テクノロジーって、思っている以上に生ものなんですよ。どんなハイテクノロジーも、5年後にはローテクノロジーになってしまいます。だったら、SF的な空理空論に時間を費やしていないで、目の前のテクノロジーをどう使いこなすかに知恵を絞るべきです」

世界で高い評価を受けた変形ロボット「CanguRo」

そう話す古田所長は、社会実装までを見据えた研究開発に日夜取り組んでいる。

「未来のグランドデザインを描くことから、具体的なサービスへの落とし込み、プロダクトとしてのデザインのあり方、そして技術開発までを一気通貫で手がけるのが僕のやり方です。特に最初にこだわるのがデザインですね。ロボットは目で見て触れてみてワクワクするモノじゃなきゃダメ。五感に訴えかけてくる魅力がなければ、何の物語も生まれません。だから僕はいつも、どうやって人の心を揺さぶるかに腐心するんです。リアルとファンタジーの狭間で求心力のあるストーリーを紡ぎながら、いかに未来を実装するか。これこそが科学者の仕事だと思います」

fuRoとプロダクトデザイナーの山中俊治さんが共同開発した「CanguRo(カングーロ)」も、こうしたプロセスを経て生まれたロボットだ。ビジョンは「人と乗り物の全く新しい関係」を築くこと。ヒントになったのが、人と馬の関係性だという。「ときに乗り物であり、ときにパートナーにもなる。そんな馬との関係性を、最新ロボティクスとAI技術で再現したのがCanguRoです」

CanguRo

CanguRo

最大の特徴は、相棒のようにユーザーに寄り添うロイド(ロボット)モードから、バイクのように搭乗できるライド(乗り物)モードへと自動でトランスフォームすることだ。ロイドモードではfuRo独自の空間認識技術「scanSLAM」を活用することで自律移動が可能に。感情認識モデルが実装されているため、オーナーの表情に反応して、まるで生きているかのようなリアクションを返してくれる。

ライドモードでは一転、「人機一体」の操作感が味わえるコンパクトモビリティに。障害物検知や自動ブレーキも搭載されているため、万が一の事故も未然に防ぐことができる。さらにそのデザイン性は国際的にも高く評価され、イタリアの「A' International Design Award & Competition2020-2021」ではプラチナ賞を、ドイツの「iF DESIGN AWARD (イフ・デザイン賞)2021」ではwinnerをそれぞれ受賞した。

「ロボットをつくって終わり」ではない

CanguRoには、その前身ともいえるロボットが存在する。2015年に発表されたパーソナルモビリティ「ILY-A」だ。いずれも、「少子高齢化」という社会課題を解決するために開発されたという。

「ILY-A」利用シーンに合わせて、4つの形態にトランスフォームする

「ILY-A」利用シーンに合わせて、4つの形態にトランスフォームする

「未曾有の少子高齢化社会に突入する中で社会の活力を維持していくには、若者に負けじと文化や経済活動を牽引してくれる高齢者、アクティブシニアをもっともっと増やさなければなりません。そこで重要になるのが僕たちのロボット技術。CanguRoやILY-Aは、世代を問わず誰もが元気に、自由に動き回ることができるツールです。重要なのは『世代を問わず』という部分ですね。高齢者が仕方なく乗るモビリティじゃダメなんです。誰もが乗りたくなるモノでなければ、高齢者も乗ってはくれません。だからこそデザインにこだわるわけです」

さらに古田所長は「プロダクトをつくって終わり」では、社会課題を解決することはできないと指摘する。

「プロダクトひとつで世の中がひっくり返るほど、世界は甘くありません。ラボでものをつくるだけでなくて、社会も変えていかなければならないんです。実際に僕たちはILY-Aの開発に際して、車両規制を緩和するための法整備を進めてくれるよう、国土交通省に繰り返し働きかけました。2018年には公道の一部でILY-Aをはじめとする超小型モビリティの走行が可能となったのは、こうした取り組みの成果でもあります」

テクノロジーは人にも自然にも優しくなる

古田所長の率いるfuRoではこのほか、シーン認識が可能なAIや、GNSS(衛星測位システム)を活用した次世代の空間認識技術など、最先端のテクノロジーの研究に取り組んでいる。これらの技術を用いてどんな社会を創ろうとしているのだろう。

「僕がイメージするのは、誰もがあるがままでいながら、みんなでワイワイ盛り上がれる、そんな社会です。先ほどのアクティブシニアの話も、結局はそこにつながっている。僕が取り組むすべての研究は、そうした『コンヴィヴィアルな社会』を実現するための、ひとつのピースなんです」

「コンヴィヴィアル」とは、思想家のイヴァン・イリイチが提唱した概念で、日本語では「自立共生」と訳されることが多い。しかし、その語源であるラテン語の「conviviality」は「祝祭」という意味を持ち、現代の英語圏でも「convivial」は「宴会の、懇親的な、宴会好きな、陽気な」といった意味で使われている。つまり、日本語でいう「共生」よりも、もっと雑多でにぎやかな雰囲気をまとった言葉だと言える。

(提供:adobe stock)

(提供:adobe stock)

ちなみに「コンヴィヴィアルな未来」で「あるがまま」の姿を取り戻せるのは、人間だけではないという。

「高度に発達したテクノロジーは、人だけではなく環境にも優しいものになると信じています。現代のテクノロジーが自然を傷つけてしまうのは、それが未熟だから。自動車が良い例ですね。自動車は発展途上の乗り物だから、山河を切り崩して道路を作らなければ走ることができないんです。けれどどんな地形にでも対応できるモビリティが生まれれば道路なんて必要なくなるはず。野山を少しも踏みにじることなく、どこにでも行けるようになるんです」

未来に行くことはできないが、創ることはできる

「本当は、そんな未来にタイムマシンで行ければよかったんだけど、僕はそこまで物理が得意じゃないからな...。でも、未来に行けないからこそ、代わりに自分で未来を創ることに決めたんです」

未来を創るために、古田所長が研究と並行して取り組んでいるのが教育だ。ピーク時には年間200の小学校や中学校で特別授業を開催し、ときには部品代だけで一台3,000万円を超す二足歩行ロボットを子どもたちと解体することもあるとのこと。授業後に送られてくる数百通のメールにも必ず目を通し、返信する。

(提供:アフロ)

(提供:アフロ)

「子どもを制すものは未来を制す、です。彼らは未来の大人ですからね。グランドデザインをきちんと描いて、そこに向けてロジカルな思考を積み重ねていける子どもたちを育てることも、これからの僕の仕事のひとつだと思います」

技術の進化を無邪気に楽しむのではなく、技術を使って「何をするのか」を常に意識し続けること。それは次の100年のために、研究者はもちろん、私たちにも求められていることかもしれない。

「僕はロボット研究者だけが未来をつくるなんて、これぽっちも思っていなくて。どんな職業でも同じです。みんなそれぞれの分野で、人の心を動かす素晴らしい仕事をするために技術を磨いている。きっとその積み重ねこそが文化をつくってきたし、未来をつくっていくものだとと思うのです。だからこそ、僕は自分のできる仕事の中で、みんなを『ワオ!』と言わせるような研究を、これからも手がけていきたいと考えています」

古田貴之(ふるた たかゆき)
工学博士/千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長
1968年、東京都生まれ。1996年、青山学院大学大学院 理工学研究科機械工学専攻博士後期課程中途退学後、同大学理工学部機械工学科助手。2000年より(独)科学技術振興機構でロボット研究チームのリーダーを務めた後、2003年、fuRo設立とともに所長に就任。2014年より学校法人千葉工業大学常任理事を兼務。
編集・文:株式会社ドットライフ、福地敦

#10 ロボットは未来に寄り添うのか?