新しいテクノロジーと向き合うために考えること

2019.10.07.Mon

脳科学者中野信子インタビュー

新しいテクノロジーと向き合うために考えること

空飛ぶクルマが実用化されたら、日本の光景は一変するだろう。ドローンとエアモビリティが飛び交い、地上にもAIロボットが溢れかえっているかもしれない。そんな新しい時代が訪れる頃、人々の心はどのように変化していくのか、またどのように変えていく必要があるのか。
脳科学の観点から中野信子さんに、人とテクノロジーの関係性を聞いてみた。

日本人は怖がる遺伝子を持つ人が多い

2020年代になると、空飛ぶクルマやドローンを活用した空の移動革命が本格化していく。空飛ぶクルマのロードマップを見せると、中野さんは嬉しそうな表情を見せた。

「空飛ぶクルマの実証実験をしているというのは聞いたことがありましたが、利用できる日も意外と近いのですか! 事業化したら、ドローンが子どもの見守りをしてくれたり、犬の散歩をしてくれたりする可能性もあるのですね、面白い! 最近は部屋に設置する見守りカメラも人気だから需要が高そうですね」

しかし、空飛ぶクルマが実用段階になったとき、「安全なのか?」「落ちたりしないのか?」と、怖さを感じる人もいるはずだ。そんな新しいテクノロジーに対するネガティブな感情は脳科学的にどういうことが起きているのだろう。

「"怖い"という感情は記憶に関する部位の海馬の隣にある扁桃体で起きています。扁桃体は、恐怖や不安などの感情をつかさどる部位です。扁桃体が成長することで、怖いと感じることも増えていきます。同じ年齢であっても成長の度合いが違うので、人によって反応に差が出ます。『恐怖条件付け』という現象がありますが、これは、一度怖いと思ったものを脳が覚えていて、その行動をしてなくても場所や匂いなどで怖いと感じてしまうものです。たとえば何かを食べてお腹を壊してしまうと、次からはそれを食べたくないと思ったり用心深くなったりしますよね。負の感情はそういった経験値にも関係してきます」

子どもの頃は好奇心旺盛に怖いものしらずで突き進んでいけるものだが、これらは決して性格だけの問題ではなく、脳の活動と経験値が関係しているという。それは人種によっても差が出るらしい。

中野信子さん

「特に、日本人は怖がりが多いですね。それは日本人だから怖がりというわけではなく、日本人に怖いと感じる遺伝子を持った人が多いのです。怖がりやすい遺伝子が入っている割合を比較してみると面白いですよ。たとえば、怖がりやすい人を赤、怖がりにくい人は青、どちらでもない中間の人を紫とした場合、日本人の遺伝子は赤と紫を合わせると約97%にもなります。一方、アメリカ人の場合は、赤、青、紫それぞれ30%程度。だから日本で新しいことを始めるのは難しいことも多いのです」

しかしだからといって、日本人に創造性がないわけではないと中野さんは言う。

「日本人の発想はユニーク! だってイグノーベル賞(注)を12年連続で受賞していますからね。思わず笑ってしまうような奇抜な研究に贈られる賞を毎年のように受賞するなんて、そんな国なかなかないですよ(笑)。だから、新しい芽に対して、怖いと感じるからといってつぶそうとせず、苗木にまで育てていけば、大きく成長できるはずです」

今後、そんな素晴らしい発想で空飛ぶクルマを開発する日本人も出てくる。怖いという感情でつぶしてしまうのはもったいない。

(注)1991年に創設された「人々を笑わせ、それから考えさせるような研究や業績」に贈られる賞。日本人は、犬の翻訳機『バウリンガル』や『たまごっち』などで受賞している。取材後、13年連続の受賞となるニュースが届いた。

ネガティブな感情はときに知性を超える

過去をさかのぼれば、馬車から車、車から飛行機と、次々に新しい乗り物が誕生してきた。当時、新しい乗り物を前にした人たちはどういう感情を持ったのだろう。

「馬車に比べて車はエサをあげなくてもいいので、コスパがあがって喜んだ人がいる一方で、怖いと感じる人もいたでしょうね。私の知り合いに、とても頭のいい東大の電子力工学科の博士号を持っている人がいます。その人でさえ、『飛行機はいつ落ちるかわからないから乗らない』と言っていまして。怖いという感情は知性を超えることがあります。そういえば、今から30年くらい前に高層マンションができ始めた頃、『人間が地に足をつけて生活をしないと気が狂う』と言われていたのを思い出しました。しかも、きちんとした識者が書いたもっともらしい本に載っていたんですよ!」

学歴、知識、時代にかかわらず、新しいことに対するネガティブな感情は出てきてしまう。また、慣れの問題もあると中野さんは指摘する。

「自分が慣れ親しんだ場所が一番いいという考えは、脳の観点からいうと、『オキシトシン』というホルモンが関係しています。長く同じ場所にいるほうが、場所をあちこち変えるより安全ですよね。つまり、オキシトシンは愛着を湧かせて安全性を確保するために働いているんです。引っ越しがなかなかできないとか、愛情がなくなっても離婚しない熟年夫婦も一緒です(笑)」

ネガティブな感情を払拭するには、いかに理性的になれるかが大切

今後、空飛ぶクルマをはじめ、新しいテクノロジーがどんどん開発されていく。それらを前にしたときに生まれるネガティブな感情を払拭する方法はあるのだろうか。

「ネガティブな感情は、生き延びるためにプログラムされた正常な反応です。だからこそ、どこまで大丈夫なのかを理性的に見極めることが重要です。たとえば、何か新しいテクノロジーを使うときにネガティブな感情が生まれたら、『これは今まで触れていなかったものだから怖いと感じているのだな』と、理性的になることが大切なのです。理性的に判断した上で、『これは危険だ』と確証を持ったらやめるべきです! 利用するのも、しないのも理性的な判断が必要で、怖いという感情に負けたくないから使うという判断は、負けたことになります。蛮勇と勇気は違いますから」

理性的な判断は、新しいテクノロジーを生み出す側にも必要なことだ。

「新しいテクノロジーって技術的に優れたものが残ると思いがちですが、必ずしもいいものが残るわけではありません。ガラケーとスマホにもあてはまりますが、みんなが使いやすく、大衆化させたものが残るのです。当時のガラケーがいくら技術的に優れていても、今ではスマホが一般的に流通するようになってみんな使い始めましたよね。だから、これから空飛ぶクルマのような新しいことを広めていくためには、みんなが使っている安心感やユーザビリティがポイントになってきます。技術だけをひたすら追求してしまう判断は、結局、残らないものになってしまいます」

中野信子さん

新しいテクノロジーを生み出すためには、怖いという感情と向き合い、リスクマネージメントを考えた上で挑戦していくことが求められると中野さんは言う。

「エアレースという飛行機のモータースポーツがあります。トップレーサーの室屋義秀さんとお話することがあって。過酷なレースに出る人だから、きっと怖いもの知らずだろうなと思ったのですけど、『僕はすごいビビリだ』って言うんです。危険だからこそより丁寧な運転が必要だし、気を配ることも多い。いろいろな事態をシミュレーションした前向きなビビリなのですよね。だから、これから空飛ぶクルマを開発する方たちも、むしろ怖いと感じることこそが必要な感覚かもしれません。怖いという感情がない人が開発するものほど怖いものはないですよね(笑)。何度も何度も実証実験を重ねてシミュレーションした先に、安全性が見えてくるのだと思います」

怖いと感じる大部分は、安全性の問題だろう。その安全性を追求するには、開発者側は徹底したシミュレーションを行う必要がある。「実証実験をとにかく繰り返して、ログデータをためることが大事」 と、Drone Fundの千葉さんが話していたことにも重なる。

エラーを起こすことこそが人間らしさの証明になる

ここまで、新しいテクノロジーに対する付き合い方を伺ってきたが、中野さん自身、未来のドローン・エアモビリティ社会で実現してほしいことは何だろう。

「ドローンでの配達は気になりますね。今は2時間ごとに指定していますが、15分ぐらいの単位で指定できると、宅配系の需要はさらに高くなるんじゃないでしょうか。そうなると店舗は商品サンプルを見るだけのミュージアムのようになり、店員さんもいなくなってAIが管理することになりそうですね」

ドローン・エアモビリティの産業化にともない、AIの発展も考えられる。便利な世の中になる反面、何もかもがテクノロジーに支配されてしまうと私たち人間は一体どうなるのだろう。人間同士のコミュニケーションが減ることで、人間らしさが失われてしまうのかもしれない。そもそも"人間らしさ"とは何なのか? 新たな問いを中野さんにぶつけてみた。

「テクノロジーが発達すると同時に、人間性の概念って定義しなおす必要があると思うんです。人に寄り添ったり、共感をもって人の話を聞いたり、誰かに対して温かい気持ちでい続けたり。これらはいつの時代も言われてきた人間性です。でも、未来の社会ではそういった行為はAIの方がより上手にできるようになるかもしれません。未来の社会では逆に空気が読めなかったり、怒りっぽかったり、エラーを起こすことこそが一番人間らしいといわれるかもしれませんね」

新しいテクノロジーがもたらす効果は利便性だけでなく、心の面でもインパクトは大きい。ドローン・エアモビリティ社会では、技術の発達はもちろん、人間性についてもアップデートする必要があるのかもしれない。

脳科学者
中野信子さん
東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了後、2010年まで、フランス国立研究所にて博士研究員として勤務。現在、東日本国際大学教授として、脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行っている。著書に『サイコパス』(文春新書)『脳内麻薬』(幻冬舎新書)『脳はどこまでコントロールできるか?』(ベスト新書)がある。
編集・取材・文:都恋堂
Web、紙、SNS、イベントなど様々なコンテンツの企画から運営までを行う制作会社。「価値あるコンテンツと連動してFANをつくる」をモットーにエンドユーザーの視点と裏取りのある1次情報にこだわった泥臭い制作スタイルが特徴。全国26,000人の働く女性が集うコミュニティ・メディア「女子部JAPAN(・v・)」の運営もしている。
写真:友田和俊(ともだ・かずとし)

#06 2030年、私たちはクルマで空を飛べるか?