実現に向けて乗り越えるべきハードル

2019.10.07.Mon

空飛ぶクルマが日本で起こす革命

実現に向けて乗り越えるべきハードル

今年6月に成長戦略の閣議決定された成長戦略で、2023年をめどに”空飛ぶクルマ”(エアモビリティ)の事業開始を目標とすることが明言された。ドローンとエアモビリティの社会実装が現実味を帯び始めている。
実現に向けて、必要不可欠なのが安全性だ。安全性を担保する技術開発や制度整備はどのように進められているのだろうか。経済産業省でドローンと空飛ぶクルマを担当する伊藤貴紀課長補佐に、現状の課題や今後の展望を伺った。

新しい産業を生み出すための垣根を越えたルール作り

空に革命を起こすドローンや空飛ぶクルマ。自動車や飛行機は国土交通省が担当している印象があるが、経済産業省はどういう関わり方をしているのか?

「経済産業省は、産業振興的な立場からドローン・空飛ぶクルマの事業に関わっています。民間企業がビジネスを展開しやすい環境を整えるのも、役割のひとつです。新しい産業を盛り上げるための調整役ですね。機体の安全性などの制度整備は国土交通省が中心になって進めていますが、ビジネスの視点を入れることも重要です。このため、昨年8月からは国土交通省や経済産業省だけでなく、関係する省庁や民間企業とともに官民協議会を立ち上げ、まさに官民の垣根を越えて制度整備に向けた議論を行っています」

空飛ぶクルマはまだ機体の開発が行われている段階だが、ドローンの社会実装はひと足早く進行している。現在どのような分野でドローンは活用されているのだろうか?

ドローンのロードマップ 空飛ぶクルマのロードマップ

※1 目視内飛行:人の目で確認しながらドローンを飛行させる
※2 目視外飛行:ドローン内蔵カメラなどで撮影した映像をリアルタイムでモニターに映し、その映像を使って操縦する
※3 第三者上空:ドローン操縦者の関係者(イベントエキストラ、競技大会関係者)以外の者の上空のこと

「ドローンは、橋や送電線などインフラの点検分野で活用が進んでいます。例えば、橋の側面など人による点検だと手間がかかる場所でもドローンなら楽に点検を行うことができます。コストが抑えられ、点検の精度も高い。そのほか、空撮、測量や物流などでの活用も行われています。また、農業分野では農薬散布での活用だけでなく、作物の生育状況の把握にも活用され始めています。」

「災害時の活用」のイメージ

「災害時の活用」のイメージ 出典:経済産業省

上のロードマップにもあるように、人の上空を飛ぶ、宅配サービスや施設の警備、女性や子どもの見守りサービスなどでの活用は、もう少し先になる。

「人がたくさんいる場所での活用は多くの課題を乗り越えなければなりません。特に重要なのは、墜落事故を未然に防ぐための機体の安全性の基準策定や、飛行機やヘリコプターとドローンの接触事故やドローン同士の接触事故を防ぐための技術の確立です。例えば、同じ空域で同時にドローンが100機くらい飛ぶようになった時、それぞれが好き勝手に動かしていたら危険ですよね。それらを安全に運行管理するシステムの技術開発を行っています」

「都市での人の移動」のイメージ

「都市での人の移動」のイメージ 出典:経済産業省

これ以外にも、機体の認証や登録制度、騒音問題、万が一事故が起こってしまった場合の損害保険など課題はたくさんある。これらの課題に対して、経産省だけでなく、機体メーカーやサービス事業者など、官民の垣根を越えて一つひとつ解決しなければならない。

「ドローンには、これまでの航空機にはない特徴があり、既存の枠組みに当てはまらないことが少なくありません。新しい産業をつくるために、業界全体が前向きに取り組んでいます」

空には日本の産業を活性化させるカギがある

一方、空飛ぶクルマはどうか。機体の開発とともに、制度側の議論を進めていくようだ。

「空飛ぶクルマに関しては、2023年からビジネスとしてスタートできるような制度づくりを進めていきます。おそらく、ビジネスとしては人を乗せて飛ぶ前に、物資を載せて飛ぶことから始まっていくのではないでしょうか」

その次の段階で地方での人の移動、最終段階として都市部における人の移動と、徐々に展開していく。

「医療分野での活用も考えられます。ドクターヘリの代替手段として空飛ぶクルマが利用できれば、今より多くの人命を救助できるようになるでしょう。あとは、人口が少ない過疎地や島に住む人への物資輸送や人の移動にも利用できますね。また、観光分野では、空港から観光地への迅速な移動手段としての活用も検討されています」

空飛ぶクルマは医療分野や観光分野などに影響し、既存産業をこれまで以上に発展させる可能性もあるようだ。新しい産業が普及していけば、日本の産業全体が活気づく。

伊藤貴紀さん

「ドローンや空飛ぶクルマを普及させるには、機体の技術開発、運行のためのルール作り、用途の開拓に加えて、利用者であるみなさんにドローンや空飛ぶクルマのことをもっと理解してもらうことが重要です。いきなり受け入れてもらうことは難しいので、『もう間もなく空飛ぶクルマが利用できるよ』とか、『いま、ここまで法整備が進んだよ』など、メディアに取材していただいたり、早め早めに情報をオープンにしていったりすることが大切だと思っています。ゆくゆくは地方自治体や企業などとも連携して、安全対策への取組や利便性に関する情報を広く周知させる活動にも取り組んでいきたいと考えています」

普及の一環として、経済産業省は"空飛ぶクルマ"が実現した未来の姿を描いた動画を作っている。

さあ、空を走ろう。- Let's drive in the sky.

住みたい街ランキングや働き方にも革命を起こす

日本の産業を根底から変える可能性のあるドローンと空飛ぶクルマ。2040年代にはどのような世界が広がっているのだろうか。伊藤さんはあくまでも私見と前置きした上で、次のような可能性を示してくれた。

「空飛ぶクルマによって移動の仕方が変わると、これまで田舎だと思われていたところが、アクセスが良い場所として再定義されるようになったり、アクセスが悪くてあまり人が来なかった観光地に人が集まるようになったりして、街の価値観が変わる可能性はありますね。そうすると、新しい人の流れができて新しい経済活動が生まれます。移動の時間が短ければ、そのぶん可処分時間が増えていきます。そういった観点からすごくポテンシャルを感じています」

以前なら選択肢に入らなかった郊外のエリアが、住みたい街ランキング上位に入ることもあるかもしれない。住環境が変われば働き方にも影響を与えるだろう。

「移動時間を大幅に短縮することができれば、働き方や暮らし方にも革命的な変化が起こるかもしれませんね」

空飛ぶクルマが革命を起こすのは、産業だけではない。

伊藤貴紀さん

「車や電車、飛行機が生まれて私たちの社会が大きく変わったように、人や物の流れが変われば、人の考え方にも大きな影響があるでしょう。ドローンや空飛ぶクルマが私たちの社会のあり方を変える原動力になる可能性は十分にあるのではと思っています。空飛ぶクルマの運行ノウハウやインフラは、都市の過密や渋滞に悩む国々にも役立つものになるかもしれません。」

革命前夜ともいえる今、乗り越えるべきハードルは多いが、ドローンや空飛ぶクルマが日本経済に与えるインパクトは大きなものになるだろう。今後、この新しい産業が日本の重要な切り札になるのは間違いない。革命が起こるのはもうすぐだ。

経済産業省
製造産業局 総務課
課長補佐(空飛ぶクルマ・ドローン担当)
伊藤貴紀さん
2014年、経済産業省入省。APEC(アジア太平洋経済協力)を経験後、「次官・若手プロジェクト」に参加。同プロジェクトが公開した「不安な個人、立ちすくむ国家」レポートは150万ダウンロードを記録するなど話題に。JIS法(産業標準化法)の法律・政令・省令の改正に携わったのち、2018年8月、ヘルスケアスタートアップのトリプル・ダブリュー・ジャパンにレンタル移籍。2019年4月から現職。ドローン・空飛ぶクルマプロジェクト、製造業のデジタル化を担当している。
取材・文:武田敏則(たけだ・としのり)
1970年、東京生まれ。1990年、武蔵野美術大学短期大学部美術科卒業後、ソフトウェアのUIデザインや広告デザインなどを経て、求人情報サービスを手掛ける株式会社キャリアデザインセンターに入社。制作部次長、エンジニアtype編集長などを経て、2006年、株式会社グレタケを創業。ITエンジニアや企業経営者などを中心に取材・執筆を行う。
写真:友田和俊(ともだ・かずとし)
編集・取材:都恋堂
Web、紙、SNS、イベントなど様々なコンテンツの企画から運営までを行う制作会社。「価値あるコンテンツと連動してFANをつくる」をモットーにエンドユーザーの視点と裏取りのある1次情報にこだわった泥臭い制作スタイルが特徴。全国26,000人の働く女性が集うコミュニティ・メディア「女子部JAPAN(・v・)」の運営もしている。

#06 2030年、私たちはクルマで空を飛べるか?