「着る」を楽しみながら循環型の未来へ

2022.11.01.Tue

デジタル×サスティナビリティ×創造性

「着る」を楽しみながら循環型の未来へ

サスティナビリティやテクノロジーなど、ファッション業界では今、様々な領域で変革が進んでいる。それらのトピックを有識者34人が多角的に議論し、ファッションの未来を探ったのが、経済産業省主催の「これからのファッションを考える研究会〜ファッション未来研究会〜」(以下、ファッション未来研究会)だ。今回は、同研究会の座長を務める研究者の水野大二郎氏と、副座長で編集者の軍地彩弓氏にインタビュー。長きにわたってファッションを見つめてきた二人に、ファッションの過去から現在、そして来るべき未来について語ってもらった。

産業構造と消費者の大きな変化

――経産省の有識者会議「ファッション未来研究会」は昨年11月から12月にかけて計5回開催されました。具体的にどのような活動をされたのでしょうか?
水野:研究会の設置趣旨としては、ファッションの未来について、中長期的な観点での課題や可能性を議論し、その内容をファッション産業に携わる方々に発信したいというものでした。議論はファーストリテイリングやZOZOといった大企業から、個人のデザイナーまで、幅広いレイヤーの当事者の方に参加していただき、デジタルや次世代のラグジュアリー、サステナビリティといったテーマを話し合ってきました。

また、議論の内容を最終的にどう伝えるのか?という問題にも早い段階から話し合っていました。というのも、ファッション産業に関わる方に対して、堅苦しい資料を出しても受け入れられない可能性が高い。デザイン会社や編集者の方々の協力も仰ぎながら、最終的にまとめていきました。

軍地:今回は、これから実際に未来を作っていく人たちを応援するのが大きな目標でもあった中で、誰に伝えたいのか?ということがとても大切だったと思います。「ファッションの未来」についての議論は過去にも何度か経験してきましたが、いわゆる業界や産業自体が主語になることが多かった。ここ数年、個人でブランドを立ち上げる人たちも増え、プレイヤーも変わってきている中で、業界全体の話だけでは資料を見た人が当事者意識を持てない可能性がありました。

今回は議論に参加した全員が、プレイヤーだったことはとても大きかったと思います。それぞれの立場から意見をぶつけ合えるような、本当の意味での「議論」になっていて、私自身も驚きや発見がたくさんありました。中にはかなり厳しい意見もありましたが、より発展的な話ができたと思います。

水野:経産省の局長クラスの方もいる中、当事者たちの生の声が交わされたことで、ネクストアクションにも繋がっていきました。LOUIS VUITTONなどを傘下に持つLVMHが日本製の素材の産地表示を検討する、と発表したことはその一例です。

「ファッションの未来に関する報告書」や各種資料は経済産産業省のホームページからダウンロードすることが可能。
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/fashion_future/index.html(外部サイト)

――研究会の座長、副座長を務めたお二人は、過去から現在までのファッションの変化をどう見ているのでしょうか?
水野:簡単に言うと、自分で自分の首を締めてしまった結果、痛くなって締め付けを取らなければいけなくなってしまった、というのが今のファッション業界の現状かなと思います。
少し過去から振り返ると、1970年代にアパレルCADなど機械の発達によって、高品質なものを量産することが可能になりました。裏では環境汚染なども同時に起きていましたが、当時は量産が正義とされていたと思います。その後は企業が商品の企画から販売までを一手に担うSPAといったビジネスモデルが採用されるなど、売り方の合理化が図られ、2000年代にはいわゆる「ファストファッション」のような、価格と安さ、デザインの回転速度が勝負になっていきました。当時は「地球上で最も安く服を作れる国はどこか」が重要視されていましたが、アパレルブランドの下請け工場を数多く抱えていた、バングラデシュのラナ・プラザが2013年に崩壊したことをきっかけに、現状の大量生産に対する危機感が業界全体に生まれ始めました。

その危機感のもと、「もう少しエシカルに服を作ろう」という風潮が出てきましたが、依然として作っている服の量が異常に多い。さらには、10月の気温が30度になるなど、今まで前提としていた春夏秋冬をベースとした服作りも機能しなくなっている。良かれと思って安価で高品質なモノを量産してきたのに、様々な観点から「そもそも服の数はそんなに要らないのでは?」という疑問を突きつけられているのが現状だと思います。

軍地:1980年代から雑誌の編集者として消費社会のど真ん中で仕事をしてきた身からすると、2010年代に世の中の風潮が大きく変わったな、という印象を受けています。水野さんのおっしゃっている産業構造の変化に加えて、EC・SNSといったデジタルの登場により、モノからコトへの消費意識の変化や、そこかしこに大型のショッピングモールがある供給過多な状況に対する疑問などが生まれてきたように思います。

さらには、コロナ禍でDXが進み、リアル店舗でのショッピングもかなり落ち込みました。世の中全体で、今までの状況の見直しが加速度的に起きていったのですが、DX化で出遅れていたファッション産業は、変わる企業と変わらない企業でかなり差ができてしまった。作り手と売り手、消費者が同時に変化している中で、産業としてどう変わるべきなのかという現実を突きつけられている時期にあるんだと思います。

――ファッション産業のDX化が遅れてしまったのはなぜなのでしょうか?
軍地:一時期、デジタルとアナログが対立軸で考えられていたことは、ひとつ理由としてあると思います。ただ、両方が共存する世界が20220年以降一気に加速しました。例えば、コロナ禍でファッションショーを見に行けない時代に、多くのブランドがライブでショーを配信するようになりました。これは、あらゆる人が現地に行かなくても平等にショーを楽しむことができるということ。ファッションに対する夢や高揚性を保ちながら、デジタルで人と繋がれるということを学べた一例だと思います。

水野:デジタル技術が合理化・効率化だけでなく、別の世界の生き方を提案するものでもある、という認識を十分に浸透させる必要がありそうです。何か新しいものが生まれてきた時に、これまでやってきたことを否定されたと捉え、嫌悪感やためらいを感じる人も少なからずいるためです。

さらには、今はデジタル技術だけでなく、サステナビリティなど、様々な要素をファッションの創造性といかに組み合わせて、バランスを取っていくのかが重要な時代になっていると思います。どうやって捨てるのか分からないような素材を組み合わせて服を作り「これこそが創造性である」という主張は通じづらい。一方で、サステナビリティを追求した結果、あらゆる服 がユニフォームのようになってしまう可能性もある。デジタルテクノロジーも絡めて、適正な作り方や売り方のバランスを模索する必要があります。おそらく、このバランスの取り方に一つの正解があるわけではなく、多くの可能な解があるはずで、そうしたことに貢献できる技術の萌芽はいくつか生まれてきていると思います。

――具体的には、どういった技術が生まれてきているのでしょうか?
水野:このゴミは出さないけれど、こっちのゴミは出る、といった矛盾を抱えている技術もありますが、例えばH&Mが投資している、染色を行うベンチャー企業「Alchemie Technology(アルケミーテクノロジー)」があります。ナノ染料を生地に直接噴射することで、任意の生地に任意の柄や染色が可能な上、はっ水性や抗菌性といった様々な機能を生地に施すこともできるようです。この技術は、大手企業でも無駄なく服を作るといったことの一助になる可能性があります。加えて、ナノ染色のため通常の染色で起きていた排水問題など、環境汚染の影響を大きく減らすこともできます。

軍地:国内だと、ZOZOが9月にスタートした「Made by ZOZO」もテクノロジー×サステナブルの最新の事例です。ZOZOのデータと技術を使うことで、1着から服を受注生産でき、早いと10日程度で発送されるというのは凄いことだなと思います。作り手にとっても在庫リスクの軽減になるし、消費者にとっても欲しいモノを確実に手に入れることができる。

似たような話だと、予約販売は少し前から多くのブランドで行われています。例えば「Ameri VINTAGE」というブランドでは、顧客向けにリアルでもオンラインでも予約販売会をしているのですが、いつも盛況で。「Madeby ZOZO」とは違い、予約してから手元に届くまで数ヶ月はかかるのですが、消費者の考えも変わってきていて、好きなブランドで絶対に欲しいモノだったら待てる、という人が増えているんだなと感じています。

水野:予約販売や先行販売、限定販売といったものはブランドと消費者の繋がりの深さの重要性を顕著に示すものですし、在庫最適化という側面から見て面白いですね。

製品に対していかに「付加価値」を見出すか

――無駄なモノを作らない、といったことは技術上は可能でも、技術の導入コストや機会損失が発生する可能性もあり、企業としては踏み切りづらい領域でもあると思います。
軍地:海外の工場で大量に作っていたからこそ、コストが下げられ、利益も出しやすかったという側面はありますし、サステナブル素材を使った服などはどうしてもコストが上がり、値段が少し高くなるのが現状です。ただ、従来の生産の問題点が明らかになってきた中で、商品の生産背景なども責任を持って伝えていくことが生産者に求められています。特にヨーロッパではその傾向が顕著で、大量の余剰在庫の焼却処分をしていたブランドに対して不買運動が起きたこともあります。

現状、低価格であることは市場の中で強みであることは変わらないので、短期的にはこれまで通り安価な服を提供するビジネスは、必要とされています。そのため、現時点ではサスティナブルなモノ作りと従来のモノ作りが並走している形になっています。ただ、先々の未来を見据えると待ったなしの状況であることを、産業としても、消費者としても、意識し始めないといけないタイミングでもあると思います。

水野:軍地さんの話に加えて、今後は服を捨てるのが難しくなっていく可能性もあります。現にフランスでは売れ残った衣服の廃棄も禁止する法律、循環型経済のための廃棄物対策法(通称:AGEC法)が今年の2月から繊維製品に適用されました。今後もEC諸国では同様の法律を導入していくと言われています。寄付という手段もありますが、代表的な服の寄付先であるアフリカなどでは服が溢れかえっていて問題視されている。そうなると、服を余らせないという考えや、循環素材でリサイクルできる服作りなどが求められていく。

結果的に、大量に作って安価で売るというビジネスモデルが成立しなくなり、廃棄処分にかかるコストを考慮すると生産量を減らして売価を高くする方が利益がでる可能性が生じています。こうして社会的に良い作り方・売り方をする形に移行せざるを得ない可能性が十分にあります。法律が制定される動きのあるヨーロッパでは、早いうちに実現するかもしれません。その中で重要になってくるのは、製品に対して、いかに付加価値を生み出すか、といったことだと思います。

経済産業省「ファッションの未来に関する報告書」より

――「製品に対する付加価値」というのは、具体的にはどういったものでしょうか?
水野:単にモノが良いということだけでなく、どこで、どのような人が、どのようにして作っているのか、どんな思いが込められているのかといったトレーサビリティは付加価値になりうると思います。Patagoniaなどは昔から強いビジョンを発信していますし、CFCLといった新興ブランドが注目を集めているのも、こうした文脈の中でのことだと思います。

軍地:そういったモノ作りの姿勢や生産背景を、作り手側がSNSや自社のメディアで直接発信できるようになったことで、より付加価値を生みやすくなりましたし、サスティナブル意識が強い新しい世代のクリエイターも増えていますね。

また、ブランドのどこに価値を見出すか、という点において消費者側にも変化が出ているな、と感じていて。少し前までは、ブランド物を身につける理由として「高級なモノを着ている自分」といった、ステータスの表明に近い部分があったと思うのですが、今は「こういうモノを選んでいる自分」といったライフスタイルや価値観を示すような形に変わっている印象を受けています。モノ作りの背景を含めた部分がブランド化しているのは、新しい傾向なのかなと思います。

経済産業省「ファッションの未来に関する報告書」より

「着る楽しみ」は多様化し、複数に広がっていく

――消費者を含め、ファッションを取り巻く環境が変わっている中で、より良い未来を目指すためには、どのような手段を取るべきだと思いますか?
水野:いろいろな切り口がありますが、国内での物質循環に必要な新しいビジネスを立ち上げる、ということは手法の一つとしてあるな、と思います。メルカリやヤフオク!、ZOZOなど、日本には高度に発達したECサービスがたくさんありますが、現状、製造されたものが手元に届くまでがUXやサービスの主たるデザイン対象です。その先の、回収して新しい商品に作り替えたり、リペアしてユーザーの手元に戻したり、といった静脈のフローを高いUXで提供するサービスのデザインがほとんど存在していない。

「捨てる」という行為が次第に困難になってきている社会の中では今後、そういったサービスに価値が見出されていくと考えています。今は特定の企業が回収・リサイクルを一手に引き受けていたり、自社で作ったモノは回収できる仕組みを持っている企業があったりしますが、もう少し新規事業として、あるいは投資対象として、認められ拡大していく必要がある。そうすることで、廃棄物を海外に流すのではなく、価値のあるモノとして国内で循環できるようになるはずです。そういったビジネスは作れるようになってきているし、作らないといけない状況になってきているとも思います。

軍地:今「リニアからサーキュラーへ」という言葉がキーワードになってきています。これまでのたくさん作って、たくさん売って、たくさん着て、たくさん捨てるというリニア(直線的)な流れは社会的にも環境面でも難しくなっている。これからの未来に向けて私たちがすべきことは、良質なものを作って、必要な数だけ売って、丁寧に着て、きちんと回す、というサイクルを実現していくことだと思います。

ただ、「回す」というフローは消費者としても意識しづらく、企業としても一部しか実践できていません。少し前にZOZOグループが発表したコンセプトムービー「THE FUTURE OF FASHION」で描かれていたような、循環型の未来が理想ですが、まだまだ実現に向けたハードルは大きい。まずは回収されやすい社会、さらには回収されたモノが再生されて戻ってくるような社会の実現に向けて、私たちが廃棄したものの行方を知るなど、できることからやっていくべきなのではないかと思っています。

――消費者としても、ファッションにおいては、意識すべきことが増えると思います。その中で、「着る楽しみ」は変わっていくのでしょうか?
水野:「着る楽しみ」は多様化し、複数存在することになると考えています。一つはこれまでもありましたが、身体に着用して、新しい自分を表現する楽しみです。他にも、先ほど軍地さ んもおっしゃっていたような、自分が共感しているビジョンを持つブランドのモノを着用することで、スタンスを表明するといった楽しみもあります。

さらには、アバターの服としての楽しみもあるはずです。これは物理的な服とは異なり、人間が猫になる、燃えている服を着る、といった「現実ではなりえない別の自分になる楽しみ」だと思います。

軍地:リアルやメタバースなど楽しむ場は拡張していくと思いますが、「着るを楽しむ」という行為の根本は変わらないと思います。例えば、原宿の街中を見ていても、現在はY2Kファッションが流行している。トレンドが戻ってきていることを実感します。少し前までは同調的なデザインが好まれていて、私自身「原宿にはグレーとベージュしかないの!?」なんて思ったこともありますが、今はミニスカートを履いていたり、アームカバーを付けていたりと、思い思いのファッションを楽しんでいる人が増えているなと感じています。

そういった状況を見たり、仕事をしたりしている中で改めて感じたのは、やはり人はファッションを楽しみたいし、ファッションは人間の根源性の一つなのかもしれない、ということ。どんなにテクノロジーが発展してAIが人間を凌駕しても、人の創造性は絶えない。より創造性が輝くような未来を作っていくために、活動を続けるのが私たちの仕事なのだと思います。

その他「ファッション未来研究会」報告書についての参考サイト:
https://www.wwdjapan.com/articles/1362542(外部サイト)

水野大二郎(みずのだいじろう)
京都工芸繊維大学未来デザイン・工学機構教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授。Royal College of Artにて修士・博士号取得後日本に帰国し、ファッションデザインを中心に多様な活動に従事。2022年には『サーキュラーデザイン』『サステナブル・ファッション』(学芸出版社)の二冊の書籍を刊行するなど、著書多数。

軍地彩弓(ぐんじさゆみ)
編集者、ファッション・クリエイティブ・ディレクター。大学卒業と同時に講談社の『ViVi』編集部で、フリーライターとして活動。その後、2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブ・ディレクターとして、『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、株式会社gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアル・アドバイザーを経て、ドラマ『ファーストクラス』(フジテレビ系)や、Netflixドラマ『Followers』のファッションスーパーバイザー、コンサルティング、ディレクション等幅広く活動。
取材・文:石塚振(いしづかしん)
編集・取材:Qetic(けてぃっく)株式会社
国内外の音楽を始め、映画、アート、ファッション、グルメといったエンタメ・カルチャー情報を日々発信するウェブメディア。メディアとして時代に口髭を生やすことを日々目指し、訪れたユーザーにとって新たな発見や自身の可能性を広げるキッカケ作りの「場」となることを目的に展開。https://qetic.jp/(外部サイト)

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