人権にも環境にも配慮した洋服作り

2022.09.07.Wed

CFCL高橋悠介×テクノロジー

人権にも環境にも配慮した洋服作り

衣服の大量廃棄などの問題が指摘され、循環型社会への対応が求められているファッション業界。その課題に挑戦しているのが、東京・青山にある株式会社CFCLだ。3Dコンピューター・ニッティングと呼ばれる技術を中核とした服作りで、2022年7月には環境や社会に配慮した事業活動を行う企業に与えられる国際的認証制度「Bコーポレーション認証(以下、Bコープ)」を国内のアパレル企業として初取得した。さらに世界基準の透明性を目指している。同社の代表兼クリエイティブディレクター高橋悠介(37)が考える、ブランド、そしてファッションの未来とは?

服作りはサプライチェーン全体の流れを考える責任がある

ーーまず、ブランド立ち上げの経緯について教えてください。
学生時代から、いつか自分のブランドを持ちたいとは考えていました。ただ、当時は知識も経験も足りていなかった。そこで三宅デザイン事務所に入社しました。10年ほど在籍し、グローバルなビジネスやパリコレクションでの表現・発表に携わる中で、ファッションやビジネスはもちろん、「社会のために服を作る」というファッションデザインの根幹も学びました。

2019年からブランド立ち上げの準備を始めましたが、当時は服の過剰供給や大量廃棄が問題になっていた一方で、数多くのブランドが生まれていました。その状況下では、自分の美意識だけを売るブランドは通用しないだろうと考え、社会性を伴ったものを作ろうと構想し始めました。ブランド名は"Clothing For Contemporary Life(現代生活のための衣服)"の頭文字から取り、社会が求める服を作ることをコンセプトにしました。

ーー"現代生活のための衣服"とは、具体的にどのようなものでしょうか?
CFCLでは、"Sophistication(洗練)"と"Consciousness(意識)"、そして" Comfort & Easy-Care(快適で手入れが簡単)"三つの要素で定義しています。日常の様々なシーンで使用でき、人権や環境に配慮されていて、家で洗えてすぐに乾く。この要件が全て揃ったものを、"現代生活のための衣服"としています。

ーーブランド立ち上げのきっかけは、何かあったのでしょうか?
一つは娘ができて、自分が父親として人生をまっとうできるかを考え始めたことですね。当時ファッション業界ではグローバルサプライチェーンにおける人権や環境の問題、ブラック企業のサービス残業や過労死など雇用の問題などがニュースで取り沙汰されていました。それを見て、服作りにおいて、サプライチェーン全体の流れを考える責任がデザインにもあるのではないかと考えるようになったんです。その責任を果たすためには、会社を立ち上げ、全て自分で管理・運営していく必要があるなと感じました。

また、2019年は環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんの活動が大きく取り上げられた時期でもありました。名もなき少女があれだけの社会的インパクトを与えたのを見て、僕もゼロから芯の通ったブランドを作れれば、規模は小さくても強い訴求力を持つことができ、結果的にブランドとしても成長していくのではないかと考えました。

ーーCFCLの服作りでは、3Dコンピューター・ニッティングが主軸になっています。なぜでしょうか?
この技術との出会いは大学院時代です。パターンも縫製も不要なことや、ニットそのものの奥深さから非常に可能性を感じていて、「いつかコンピュータープログラミングでニットドレスを作りたい」という気持ちをずっと持っていたんです。

また、ファッション業界で10年間働く中で、この技術を活用しているブランドがマーケットに存在していないことにも改めて気づき、直感的に「勝負できるな」とも思いましたね。

ーーコンピュータープログラミングニットは、裁断や縫製の工程がないためゴミが出ない、という利点もありますよね。
そうですね。ブランドを立ち上げる際に、とある海外のバイヤーに「ゴミが出ない」「再生素材の糸で試作している」といった話をしたところ、非常に興味を持ってくれて。自分が思っていた以上に可能性はあるんだなと実感しました。現在、CFCLとしてはサステナブルであることを売りにしてはいないのですが、再生素材を使用することで、より環境負荷の低い服作りを目指しています。

ーーなぜ、サステナブルを全面に打ち出さないのでしょうか?
自社基準だけでは矛盾を生む恐れがあるからです。そう考えたきっかけの一つが、ブランドの立ち上げ準備をしていた2019年ごろにトレンドになっていたエコファーでした。当時はエシカルファッションがトレンドになり、その一環で動物の犠牲を伴わないイミテーションファーなどが日本でも注目され、様々なブランドがイミテーションファーをエコファーとして打ち出していました。一方で、同時期に海洋プラスチックゴミの問題が周知されるようになり、その中でファッション業界ではイミテーションファーやフリースから抜け落ちるマイクロプラスチックが問題視されるようになりました。

グリーンウォッシュという言葉も耳にするようになり、自社製品をエコやエシカルとして打ち出す事に危うさを感じ、そうした自己矛盾が生じないよう、僕らは自社の現状の数値化や第三者機関による評価など、客観的に判断できる指標のみを取り入れるようにしています。透明性を徹底しないことには、人々の信用は獲得できないと考えているからです。

3Dコンピューター・ニッティングによって作られた、CFCLを象徴するPOTTERYシリーズのフレアドレス。壺の様な丸みのあるシルエットから「POTTERY(陶器)DRESS」と名付けられた。

国内アパレル企業として初の「Bコープ」取得

ーー「Bコープ」の取得も、そうした考えによるものなのですね。
そうです。「Bコープ」の存在自体は、現CSO(Chief Strategy & Sustainability Officer)の岡田(康介)に紹介してもらいました。自分の考えにも合致しているし、取得するべきだと考え、挑戦しました。創業して間もないタイミングでの申請だったため、事業規模の大きい大企業に比べると認証取得にはそこまで時間を要さなかったそうですが、それでも申請から取得までに1年以上かかりました。

ーー具体的には、どういった点が大変だったのでしょうか?
まず、「Bコープ」の大まかなフローとして事業規模にもよりますが、300個ほどの質問項目に対して自由記述で証明できる書類提出と併せて回答し、点数を算出します。全てを記入した後に記述内容がステークホルダーに対して十分なベネフィットであるか、その証明書類に不備がないか審査に入るのですが、非常に厳格な審査であるため多くの項目で証明が不十分と言う理由で減点されます。その減点に対して求められた追加の根拠を提出し彼らが納得すれば加点、不十分であれば再提出、これが約半年間繰り返されていきます。いずれも自社だけではなく、自社が関連しているサプライチェーン全体を巻き込んでいかないと答えられない質問ばかりですし、アメリカ発祥の認証制度のため、日本の文化や習慣には当てはまらない項目も存在し、それを根拠とあわせて説明する必要があります。

中でも一番ヘビーだったのが、「インパクトビジネスモデル」の項目でした。簡単に言うと、「そのビジネスモデルが、新規性があり、既存のファッション業界と比較した時に、30%以上ステークホルダーにベネフィットをもたらす事が可能か」といったことです。「主力商品であるコンピューターニッティングは裁断を必要とする布帛(ふはく)の衣服と比較して、市場でマイノリティーなのか、具体的に何割なのか」や「布帛で縫製して作る場合と比較して具体的に何割ゴミが少ないのか」、「その商品が全発注量に対して、何割か、毎シーズン売上金額で、いくら増えているのか」など、様々な角度から質問が来ました。

個人的に驚いたのは「本社と製造工場の距離は80km以内にあるか」という質問でした。これは賃金の安い国で製造して、他の国で売るというビジネスモデルが貧富の格差につながる、といった考えが背景にあり、かなり慎重に審査が行われていきました。非常に細かなやりとりが続きましたが、結果的には評価が得られ、CFCLが「Bコープ」の取得のスコア200点満点で取得条件の80点を大きく上回る128点を取れたことの一因にもなりました。

ーーお話を聞く限り、「Bコープ」取得までの道のりは長く、大変だったと思いますが、それを乗り越えるためのモチベーションはどこから来ていたのでしょうか?
一つは、CFCL立ち上げの際にコロナ禍に直面したことが一因にあります。衣食住の一要素であるファッションが不要不急、と判断されてショックを受けましたが、一方で、無意味な服が存在しているということでもあった。だからこそ、意味のある服を作りたいと強く思ったんです。そう考えた時に、一見すると新規性のないただの白いTシャツでも、素材や製法が全く異なり、トレーサビリティが100パーセントで、環境にも人権にも優しい服の方が意味のある新しさになるのではないか、と。新しい付加価値を提供する事がブランドの使命であり、それが目に見えなくても挑戦する価値はあると思っています。

「Bコープ」もその活動の一環で、いずれ必要になるであろうことを先に行っているだけなんです。「Bコープ」はパリコレクション参加ブランドだと今のところChloeしか取得していませんが、PRADAをはじめ多くのブランドが取得に興味を示しています。今後、ラグジュアリーブランドは軒並み取得に動き出しそうですし、名だたるファッションメディアも「Bコープ」は世界的なゴールドスタンダードになると断言しています。

また、取得は大変ですが利点もあります。他の取得企業の点数や内容なども見られるので、自分たちの現在の立ち位置が把握しやすかったり、取得企業同士で意見交換が可能だったり。ブランドとして成長するためのヒントが数多く得られています。

白いドレスを着ている男性

CFCL 2022-23年秋冬コレクション。二元的な定義では語ることのできない"境界線上にある事象や存在"に注目し、身体の形状を超えたアウトラインを描く、新しい日常着を生み出した。

ーーブランドを立ち上げて2年以上が経ちました。当初と比べて何か変化や気づきはあったのでしょうか?
ブランドの変化ではないのですが、改めて「ファッションは強いな」と感じています。ファッションは生活者に最も近いモノでありつつ、サプライチェーン全体にも影響力を持っている。非常に多くの人たちが関わっている産業です。

それゆえに、人々のマインドを変える強い力を持っているのではないかな、と思っています。ファッション業界が汚染産業の第二位といった国連貿易開発会議での発言が、大きく取り上げられるのも、見方を変えると、それだけ人々の興味関心が強いということでもある。現にブランドを立ち上げて以降、環境省・経産省といった行政の方々や、大手企業の方とも何か取り組めないかと話をする機会があるのですが、話を聞いてくれる人たちが確実に増えていることを実感しています。

だからこそ、僕らも気が抜けないと思っています。社員一人一人、サプライヤー一人一人の選択が集積になるのがブランドのビジネスなので、時代や社会の変化に常に向き合い、日々アップデートしていかないといけない。

再生素材の使用率100パーセントを目指す

CFCL 2022-23年秋冬コレクション。トップス:STRATUM
ピンタック編みを全面に施す事で、柔らかな張り感をあたえ、バルーンのような独特のフォルムを作り出した。

ーー時代と共に、テクノロジーも進歩していると思いますが、ブランドとして注目している、もしくは取り入れようとしている技術はありますか?
コンピュータープログラミングニットの遠隔生産は可能性があると思っています。作りたい場所に設備さえあれば、データを飛ばすだけで同じものが作れるため、海外であっても現地で作って売ることが可能になるはずです。

また、再生素材の開発も進化しています。ブランド立ち上げ時のころは、糸屋さんに「再生素材はありますか?」と聞いてもほとんどなかったのですが、今は当初と比べると種類が増えてきています。僕らは2030年までに製品における再生素材、認証取得素材の使用率を100パーセントにすることを目指していますが、その一助になると考えています。

ーーテクノロジーの進化は、ファッションの新しい表現にもつながっていくと思いますか?
ファッションは多様性があるので、全体について言及するのは難しいのですが、個人的にはテクノロジーが進化することで、人にはより人間性が求められていくのかもしれないと思っています。例えば仕事だと、AIが発展し、仕事ができるようになれば、人はより人にしかできないことを仕事にするようになる。そうした時に、人が着る服はどのようになるのか、といったことを考える必要が出てくるかもしれません。

それに対するCFCLの答えとしては、現代生活を送る上での器のような服になる、ということ。服は「自分が何者であるか」を社会に示すための接点でもあります。人がより人間性に回帰していった時には、そうした接点としての側面がより求められていく。僕らとしては主張し過ぎず、でも着る人が社会に対して自身のスタンスを示せるような服を作っていければと考えています。

ーー「現代生活を送る上での器」という観点では、服以外の展開も可能かもしれませんね。
可能性はゼロではないですが、「それは社会にとって必要なのか?」を慎重に考えるべきだと思います。服以外へのビジネスの展開は、しばしばマーケティングが先行しがちです。実行すれば短期的には売り上げが立つかもしれませんが、「会社は社会を良くするための装置であること」を認識し、一貫したビジネスを行うことの方が大切だと考えています。ブランドとして筋が通らなくなると、信用を失い、転落していく可能性もあります。CFCLの場合は、商品の軸であるコンピューターニッティングの領域で、必然性が生じれば挑戦したいと考えています。

これはプロモーションに関しても同様です。いいモノを作り続ける以外にも、見つけてもらうための手法や、見つけてくれた人がファンになってくれるようなアセットを持っておかないといけない。一方で、プロモーションが先行しすぎるとクオリティやクリエーション、プロダクション、サービスが希薄になってしまうので、バランスが大切です。

ーーCFCLの今後の展望についても教えてください。
端的に言うと、人権にも環境にも配慮した形で、現代生活に則した面白いニットを作り続けていきたいと考えています。人権の面では、国籍や性別、年齢に捉われないフラットで多様性を尊重しあえる職場環境、リモートワークやフレックス、副業など基本とする現代的な働き方の整備、また顔の見えるサプライヤーとの関係構築、CFCLのコミュニティである日本のニットの地場産業発展への貢献があります。また、環境の面では国連によるSDGsや日本政府による2050年までのカーボンニュートラル達成目標に沿った形でできる事から取り組みを進めています。たとえば、商品のライフサイクル全体を通じて排出される温室効果ガスの量である、カーボンフットプリント測定をすでに4割の商品で行っています。2025年までに全商品を対象とし、2030年までにカーボンニュートラルを実現することを目標に掲げています。また量産された全ての商品の中での再生素材、認証取得素材の使用率を毎シーズン公表しており、現在6割程度の使用率を2030年までに100パーセントにする目標も設定しています。いずれの指標も、取引先の方々と協力すれば、ほぼ達成できるはずです。

ただ、僕らだけでは実現できないこともあります。例えば電力は、日本が火力発電や石油発電に頼っている以上、電気を使えば温室効果ガスは出てしまう。他にも、CFCLの服は別の服として再生することは可能な素材ではありますが、再生する仕組みは自社だけでは構築できません。政府へはもちろん、国内の大手企業にも働きかけ、目標に向かって一緒に進んでいきたいです。

ーー行政や大手も巻き込むことができれば、服作りによる社会課題の解決という、新しいユースケースを作っていけるかもしれませんね。
是非そうしていきたいですね。ただ、エシカルやダイバーシティも大切ですが、僕自身が好きでやっていることが一番前提にあると思っています。特に今後はきっと、生きる意味や人間性といったことが重要になってくる。その中で、人の営みの一つであるモノ作りにおいて、楽しいこと、ワクワクすることを見つけ、その上でどう社会と向き合えるのか。僕に限らずそういったことを考え、活動する人が増えるとより良くなっていくのかな、と思っています。

高橋悠介(たかはし ゆうすけ)
株式会社CFCL /代表兼クリエイティブディレクター
1985年東京生まれ。2010年文化ファッション大学院大学修了後、株式会社三宅デザイン事務所入社。2013年よりISSEY MIYAKE MENのデザイナーに就任。2020年に「Clothing For Contemporary Life(現代生活のための衣服)」の頭文字からなる、CFCLを設立。2021年 第39回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞及びFASHION PRIZE OF TOKYO 2022を受賞。VOL.4(AW2022)よりパリコレクション公式スケジュール上でコレクションを発表している。
取材・文:石塚振(いしづかしん)
写真:三浦大(みうらまさる)
編集・取材:Qetic(けてぃっく)株式会社
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