フロンティア拡大とモビリティ革命

2022.03.15.Tue

「宇宙」大航海時代

フロンティア拡大とモビリティ革命

19世紀後半のアメリカの西部開拓時代、開拓地と未開拓地との境界地域を「フロンティア」と呼んだ。人類の歴史はフロンティア拡大の歴史であり、その後の開拓で地球上のフロンティアはほとんど消滅するまでに至った。となれば、最後に残るフロンティア、「宇宙」を目指すのは自然な流れだ。「今は宇宙大航海時代の入口」と語り、有翼式・再使用型のロケット開発に取り組む株式会社SPACE WALKER・CEO眞鍋顕秀さんに、これからの宇宙開発について語ってもらった。

宇宙に行く「目的」が必要

「私自身元々会計士だったので、現実的に考えてしまうのですが、エンタメで行くことを目的とした宇宙旅行がすぐに広がるとは思っていないんですよ」

宇宙に関してワクワクするような夢のある未来を語ってほしいと切り出すと、いきなり出鼻をくじかれてしまった。宇宙に飛び立つというと「とにかく宇宙を体験してみたい」「月や火星に行ってみたい」というイメージを抱いてしまいがちだ。しかし、それだけでは特に民間の宇宙開発は進まないと眞鍋さんは語る。

「例えば地球上だって、北極や南極にみんな行きたいかというと、そんなに行かないじゃないですか。それを考えると宇宙も一緒で、『ただ宇宙に行こう』という人は、少なからずいるかもしれませんが、それだけでは当たり前のものにならない。宇宙に行く目的が必要なんです」

現在、民間企業による宇宙ビジネスのメインは、地球近傍宇宙と呼ばれる領域。小型の通信衛星を大量に打ち上げる、観測衛星を小ロットで打ち上げるといったものだ。次のステップでは、この周辺にサービスが生まれると見込まれる。

「地球を周回している衛星を修理したり、給油をしたりする必要があり、そこに向かう人が出始める。そういう人たちのために、宇宙空間に滞在するホテルができ、病院ができる。そうやって地球近傍宇宙で生活する人が増えていくと、次に『宇宙で働いているお父さんに会いに行こう』となり、そのための施設がまた増えていく。そうやって、地球上だけだった人類の生存域が広がっていくのではないでしょうか」

仕事をしに行くこと、家族に会いに行くことが宇宙に行く目的になる――。現実的な話である一方、夢がある話にも聞こえてくる。

gaaboo(ガーブー)号の打上実験の様子

gaaboo(ガーブー)号の打上実験の様子

公認会計士から宇宙開発の世界へ

公認会計士でもある眞鍋さんが、SPACE WALKERを設立したのは2017年のことだ。なぜ、宇宙開発の世界に飛び込んだのだろうか。

「設立の背景には、1980年代から始まった国家プロジェクトにあります。和製スペースシャトルなどと呼ばれていた『HIMES(ハイムス)』と『HOPE(ホープ)』という2つの宇宙を往還する有翼ロケットのプロジェクトです。当時、川崎重工の立場でエンジニアとして、このプロジェクトに参加していたのがCTOの米本浩一です」

このプロジェクト自体は2000年に凍結となったが、米本さんは大学に籍を移して、研究を続けていた。40年近く有翼ロケットの研究をする米本さんと眞鍋さんが一緒に創業したのがSPACE WALKERだ。

「米本との出会いは2016年でした。会計事務所の経営をしていた中、米本との共通の知人を介して、会社設立、資本政策、事業計画などの相談を受けたのがきっかけです。米本はその1年前の2015年に、JAXAの共同研究で小型の有翼ロケット実験機の打ち上げとパラシュート回収に成功しており、会社設立を模索していました。米本と話をしているうちに、ロケットが宇宙と地球を行き来する当たり前のモビリティ(乗り物、移動手段)になることが現実的な時代になったのではないか、人生をかけてもいい面白いビジネスになりそうだと考えるようになり、一緒に会社を立ち上げることになったんです」

有翼飛翔体滑空試験時の写真(1987年)

有翼飛翔体滑空試験時の写真(1987年)

使い捨てではないロケットの開発

当時はまだ民間企業がロケットを次々と飛ばしている時代ではなかった。しかし、二人の出会いから5年が経過した2021年は、イギリスのヴァージングループやアメリカのブルーオリジン社が提供するサブオービタル宇宙飛行(高度100キロ付近で数分間の無重力を体験し、地上に戻る)が実現し、「宇宙旅行元年」と呼ばれるまでになった。

「2021年は大きな転換点だったと思います。訓練を重ねた宇宙飛行士しか宇宙に行くことはできない時代が終わり、民間人が当たり前に宇宙に行き始める時代が始まった。需要が高まれば、一般人でも行けるような価格帯に落ちてくるでしょう。その皮切りになる一年でした」

ヴァージングループ、ブルーオリジン社と同じように、SPACE WALKERが短期的に目指しているのもサブオービタル有人宇宙飛行だ。しかし、眞鍋さんは「それは最終ゴールではない」と言い切る。

「私たちも、他の会社もそうですが、国際宇宙ステーションや月や火星といった場所と行き来するための前段階として、サブオービタルの有人宇宙飛行をやる。人が乗ることに対する安全性を実証するためでもあるのです。例えば飛行機であれば、エンジンが1個、2個壊れてしまっても、中の人は守られるような安全基準がありますが、有人宇宙飛行にはそういった安全基準を含めた法整備が世界中どこも確立していない。だからこそ、サブオービタルの有人宇宙飛行をやることで、安全基準の考え方を決めていこうと。その先には、『P to P』輸送というものがあります。これは『Point to Point』の略なのですが、単に宇宙空間に行って帰ってくるだけじゃなく、宇宙空間を経由して地球上の2地点間を高速移動してしまおうというものです。例えば、東京からニューヨークまで宇宙空間を経由すると、わずか40分ぐらいで移動可能という計算です。地球上のどこであっても1時間前後で行ける。これを最終的なゴールに置いています」

そのためにモビリティとなるロケット開発は何より重要だ。

「これまでのロケット開発は、ミサイル技術の延長でした。ほとんどが円筒状の形状で、打ち上げ後は海に落とすのが当たり前でした。しかし、それではモビリティと言えない。地上のモビリティで片道切符なものはない。自動車も鉄道も船も飛行機も、何回も使うのが当たり前です」

さらに再利用可能なロケットは、環境面からも重要だと眞鍋さんは言う。

「使い捨てには、コスト面だけでなく、環境面の問題もあります。ロケット燃料は毒性の強いものも多く、飛行機と同じような頻度で利用される世界になった時、海洋汚染の問題になります。それでは持続可能なビジネスになりません。そこで、私たちはバイオメタンを使ったクリーンな燃料で、しかも再利用ができる『エコロケット』の開発を進めています。地上のモビリティだけでなく、宇宙のモビリティについても、持続可能性を考えなければいけない時代が来ているのだと思います」

スペースウォーカーが考える「ECO ROCKET(エコロケット)」

スペースウォーカーが考える「ECO ROCKET(エコロケット)」

人類のフロンティアを広げる

「移動こそが人類を特徴付けるものである」

人類学者たちは、このように話すという。はじめはほかの動物と同じように、自らの足だけを頼りにしていたが、やがて馬を使うようになり、船を使うようになり、車を使うようになり、飛行機を使うようになった。人類のフロンティア拡大は常に「モビリティ」と共にあった。

1903年にライト兄弟が人類初の動力飛行を成功させてから、あっという間に地球は狭くなった。眞鍋さんたちのチャレンジは、地球をさらに狭くするのかもしれない。

「大航海時代にはまだ手漕ぎの船でしたが、イギリスで産業革命が起こると、蒸気機関でより遠くまで行けるようになりました。歴史を振り返ると、モビリティ革命があった延長に、未開の地の開拓があるのです。私たちが開発を進めている宇宙輸送システムは完成形ではありません。イギリスで蒸気機関ができたように、次のステップでさらに宇宙空間のモビリティ革命が起きるのかもしれません。今、人類は宇宙大航海時代の入り口に立っているのです」

眞鍋顕秀(まなべ・あきひで)Co-Founder / 代表取締役CEO

眞鍋顕秀(まなべ・あきひで)
Co-Founder / 代表取締役CEO
2003年 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士。
大手監査法人へ入社後、主に監査業務・IPO・M&A業務に従事。
2012年 独立開業し、大手企業の経営コンサルから個人の開業・法人設立の支援まで幅広い企業サポートを行う。
2017年 株式会社SPACE WALKER 共同設立。
日本初の有人宇宙飛行の実現を目指し、大手重工メーカー等との技術アライアンスをベースに有翼再使用ロケットの開発を進める。
取材・文:飯田和樹
編集:株式会社ドットライフ

#12 宇宙旅行は日常になるのか?