2022.02.02.Wed
家族で気軽に宇宙へ
宇宙旅行の進化と、日常から生まれる新サービス
「宇宙旅行元年」と呼ばれた2021年。民間人が次々と大気圏外に飛び出し、無重量状態を味わった。民間主導の宇宙旅行の動きは、これからさらに加速していくことが予想される。一般の人が一生のうちに一度「夢の宇宙旅行」ができる未来は、そう遠くないところにまで来ている。宇宙の魅力を多方面で発信し、2021年12月から募集が始まったJAXAの宇宙飛行士募集にもチャレンジするタレントの黒田有彩さん(34)に、宇宙飛行士への想い、そして夢の宇宙旅行について語ってもらった。
日常生活と宇宙が掛け合わさる未来は遠くない
「月面で地球や星を眺めながら、地球の香りを感じられるヒノキのお風呂に入りたいんです!」
黒田さんにどんな宇宙旅行をしてみたいかをたずねると、思いがけない答えが返ってきた。しかし、よくよく聞いてみると、単なる夢で終わらせる気はさらさらなさそうだ
「宇宙飛行士として叶えたいことでもありますが、本当に月にお風呂を造りたいんです。月では水が地下に氷のような状態で存在していて、その氷があるのは南極、北極という極地域に限られていると言われています。水がたくさん確保できない中で、お風呂という贅沢なものを造るのはハードルが高い。研究が必要です。また、月面から宇宙を見るためには透明なドームにする必要がある。でも透明なドームでは被ばくしてしまう(※)ので、被ばくから身を守るようなものが必要です。これから『ルナバス』というプロジェクトをいろいろな専門家と進めていこうと考えています」
※宇宙はさまざま放射線が混在する環境で、月表面の放射線量は地球表面より200倍高いとされている。
宇宙に行く、そして宇宙に滞在する――それは、今も昔も国家的なプロジェクトだ。ただ、黒田さんの話を聞いていると、民間人が宇宙旅行することによって、あっと驚く新しいモノが生まれてくるのではないかという期待が湧いてくる。
「これまでISS(国際宇宙ステーション)で行われてきたような実験は、一般の人には遠いと思われるようなものでした。医療だったり、材料開発だったり。ミッションを与えられた宇宙飛行士が、高いパフォーマンスで実験を行うことが求められてきました。でもこれからは、例えば、日常の生活を彩るコックさんや美容師さんなどの夢を宇宙でかなえるようになるとおもしろいと思うんです。日常のさまざまなサービスと宇宙が掛け合わさったとき、どんなことが起きるのか。想像するだけでもわくわくします」
「そして、宇宙旅行が富士山に登るような過酷なものではなく、もっと気軽なバカンスみたいなものに近づくのか、ということを考えるのも大切な気がします。今、宇宙に行く人は、宇宙飛行士の人はもちろん、そうでない人も比較的ストレス耐性がある人だと思います。困難が生じた時でも動じることなく何とかしてくれそうな人。でも、例えば、キャンプに行って虫がいたらすぐに『帰りたい』と言ってしまうような人が宇宙に行くようになることが、宇宙でより快適に過ごすためのイノベーションやサービスが生まれるきっかけになるんだろうな、と思います」
一度の人生、やっぱり宇宙に行きたい
子供のころから理科好きで、夏休みの自由研究を一家の一大イベントに位置付けていた黒田さん。中でも「宇宙」のスケールの大きさに魅せられ続けてきたが、明確に宇宙に関わりたいと考えるようになったのは中学2年生の頃だ。夏休みの作文コンクールで入賞し、その副賞でアメリカ・アラバマ州のNASAマーシャル宇宙飛行センターを訪問したことがきっかけで、「宇宙の虜」となってしまった。
「実物大のロケットがドンドンドンと立っている姿を見て、まず単純に大きさに圧倒されました。宇宙開発の歴史を学べるスペースキャンプにも参加して、すべての感情のバロメーターが振り切れました。『宇宙に呼ばれている...』ではないですけど、宇宙に関わる世界で生きている人たちが格好いいと思うようになって。大人になったら私も、と意識するようになりました」
地元兵庫の進学校からお茶の水女子大学理学部物理学科に進んだのも、「宇宙を学ぶには物理学が必須」と聞いていたからだ。大学3年生だった2008年には、JAXAの宇宙飛行士募集にも応募した。
「募集の要件を満たしている人はほとんどいないはずなのに、なぜか大学の理学部の掲示板に募集のポスターが張られていたんですよね(笑)。調べてみると、募集は10年ぶり。となると、今後10年は募集があるかどうかわからない。今、要件は満たしていなくても、宇宙に対する思いを伝えることだけはできるはず、といろいろなことを『見込み』と書いて応募しました。『この気持ちよ、伝われ!』と」
残念ながら結果は不採用で、その後、もう一つの夢であった芸能の道に進む。だが、2013年にNHKの「高校講座物理基礎」のMCになったことをきっかけに、宇宙への熱が再燃する。
宇宙に関する仕事も舞い込むようになり、「宇宙好きタレント」として認知度が上がっていく。そんな中、宇宙飛行士の山崎直子さんと出会う。
「ロケットはどうやって飛ぶのか山崎直子さんに教えてもらうロケがあったんです。山崎さんと会うのは2度目でしたが、私が以前に『宇宙飛行士の試験にエントリーしたことがある』と話したことを覚えていて下さって、、『次に試験があったら受けるんですか?』と聞かれました。私はその頃、自信がなくなっていて、『お金を貯めて行けたらいいなと思っています』という感じで答えました。すると、山崎さんは『伝える仕事をしている黒田さんが宇宙に行くと、もっといろんな人に宇宙のことを知ってもらえると思う。あきらめないでください』と言ってくれた。あきらめないでいいんだと思うと、久々に心がホカホカしたんです」
その後、種子島でH2Bロケットの打ち上げを見学した黒田さんは心を決める。
「せっかく生まれてきた一度の人生。やっぱり私は宇宙に行きたい」
それまでは無理だと言われるのが怖くて、口にできなかった「宇宙飛行士を目指している」という言葉。2015年夏、それを周囲の人に公言するようになった。漠然とした夢が目標に変わった瞬間だった。
とはいえ、2008年の募集要項を見返すと、条件は依然として厳しかった。「大学(自然科学系)卒業以上」はクリアできている。しかし、「自然科学系分野における研究、設計、開発、製造、運用等に3年以上の実務経験」という部分がネックだった
「宇宙を伝えることを実務経験にしている...と言ってはいましたが、それはどう考えても黒に近いグレーだな、と自分でも思っていました。このグレーをどうやったら白にできるのか。考え続けた何年間かでした」
そんな黒田さんが、宇宙を伝える手段の一つとして活用している公式YouTubeチャンネル「黒田有彩もウーチュー部」。2021年1月21日午前1時過ぎ、すっぴんの黒田さんは急きょ、動画を回した。いつもより抑えたトーンで、明らかに何かがあったことをうかがわせる神妙な面持ちだった。
タイトルは「【45日目】JAXAから宇宙飛行士選抜試験に関して重大な発表がありました!」。JAXAが前日に、宇宙飛行士の間口を広げるためにこれまでより応募要件を緩和させる、と発表したことを受けてのものだった。
見直し検討中の案ではあったが、必要とされる実務経験が「3年以上の実務経験(分野は問わない)」に変わっていた。
ときおり涙で声を詰まらせながら、黒田さんが視聴者に語る。
「JAXAが宇宙飛行士の可能性を広げますと発表した。ものすごく感無量です。今までタレントの自分が宇宙飛行士を目指すということがどこかで引っかかりながら、それでも新しい時代を切り拓きたいという気持ちもあって話してきた。これからは堂々と自分の活動に誇りをもって(宇宙飛行士を)目指せる」
宇宙旅行は世界平和への一歩となる?
2021年は「宇宙旅行元年」と言われた。イギリスのヴァージングループやアメリカのブルーオリジン社が提供する宇宙旅行が実現し、12月には日本の民間人としては初めて、スタートトゥデイ社長の前澤友作さんがISSに滞在した。
多くの民間人が次々と宇宙に旅立った姿を、黒田さんはどう見たのだろうか。
「宇宙に飛び立ったのはビリオネアの人たちで、やっぱり『選ばれた人』。民間人4人だけで地球周回軌道上で3日間過ごしたケースも、一人のビリオネアがものすごいストーリーを持った3人を選んでいます。まだまだ宇宙旅行は選ばれた人だけのものなんだな、と感じています」
「でもこれからは、自分でチケットを買った人たちが順次、宇宙に行くようになってきます。10年以上前にチケットを買って、なかなか始まらなかったけど、いよいよです。その人たちが宇宙に行くようになると、自分たちがやりたいと思うことを宇宙空間でチャレンジする時代に突入するのかな、と思っています。その後に、まだチケットを持っていないけれども、宇宙に行きたいんだという人が行く時代が待っている。今はサブオービタル飛行ですが、また違った新しいサービスが始まっているかもしれません」
サブオービタル飛行とは、現時点で商品化されている宇宙旅行の代表格で、高度100㎞付近で数分間の無重力を体験し、地上に戻るものだ。旅費は3000万円前後と推定されている。高価ではあるが、普通の人にとっても、間口が広がったことは間違いないだろう。
黒田さんも、このプロジェクトに参加している。
「日本もぜひ、有人宇宙旅行の分野で頑張ってほしいと思っています。いまもし有人にチャレンジできたら、20~30年後にアジアで『日本は宇宙旅行に行ける場所』という位置づけになれるのではないでしょうか」
このほかの旅行プランとして、前澤さんが今回購入したISS滞在プラン、同じく前澤さんが2023年に行く予定の月周回プランがあるが、これらはいずれも数十億から数百億円かかるとされる。
当面、宇宙は「選ばれた人」が行くもので「個人旅行」のイメージが強いが、せっかくなら誰かと一緒に行ってみたい。
「誰と旅行するかはとっても大事ですよね。家族旅行で、子供たちが宇宙に行くようになると、宇宙空間で新しい遊びを生み出すかもしれない。一人だとできることは限られているけど、知っている人と一緒に宇宙を旅することで、何か想像もできないクリエイティブな部分が刺激されるのではないかという期待がありますね」
人気アニメ『機動戦士ガンダム』では、地球を出た人類の中で、広大な宇宙環境に適応するために進化した存在を「ニュータイプ」と呼んだ。多くの人が宇宙旅行をするようになると、人類に何らかの変化をもたらすのだろうか。
「私自身は小さい頃から宇宙のことを知れば知るほど、謙虚になったり、優しくなったりしてきたように思います。自分の想像なんて全く及ばないような大きなスケールを持っている宇宙。それと比べると、自分はなんてちっぽけなんだろうとも感じますが、同時に自分の日常をものすごく愛おしく思える。当たり前のようにある日常は、実は奇跡の連続なんだということを実感するようになるんです。だから宇宙を旅行するということは、自分の周りの人のこと、自分の国のことを再認識するきっかけになるんじゃないかなと思います。私自身、宇宙飛行士になりたいのも、地球が好きで、地球のことをもっともっと知りたいから。宇宙から客観的に自分たちを見るということが、世界平和につながる一歩なのかもしれません」
- 黒田有彩(くろだ・ありさ)
- 兵庫県出身。中学時代、作文コンクールで入賞しNASAを訪問したことをきっかけに宇宙の虜に。宇宙飛行士の試験に必要となる専門分野での"実務経験"を「タレントとして宇宙の魅力を発信すること」と定め、JAXA宇宙飛行士試験の受験を目指している。2016年11月、個人事務所 兼 宇宙の魅力を幅広く伝えるコンテンツを企画する法人・株式会社アンタレスを設立し代表取締役に就任。2017年4月から文科省JAXA部会臨時委員に就任。2020年4月1日よりYoutube 番組「黒田有彩もウーチュー部」開設
- 取材・文:飯田和樹
編集:株式会社ドットライフ
撮影:山田高央