2022.03.18.Fri
大手企業も本格参入
宇宙エレベーターと宇宙ホテル構想
宇宙旅行が身近になりつつある中、国内の大手建設会社も宇宙開発に乗り出している。大林組は地球と宇宙の間をケーブルでつなぐ「宇宙エレベーター」を開発中で、2050年の運用開始を目指している。清水建設も低軌道に大型の「宇宙ホテル」をつくる構想を掲げている。ともに実現すれば宇宙旅行の楽しさは倍増するが、どこまで進んだのか? 越えるべき障壁は何か? 両社に話を聞いた。
総工費10兆円の構想
2012年2月、東京の新しいランドマークとなる東京スカイツリーが完成した。高さは自立式電波塔としては世界一の634メートルで、施工したのはゼネコン大手の大林組。同社は同じ2月に総工費10兆円という「宇宙エレベーター建設構想」も公表し、世界から注目を集めた。
従来のロケットを使わず、効率的に宇宙を昇降する宇宙エレベーター。地球の海上に基地を設置し、高度9万6000キロまでをケーブルでつなぎ、クライマー(昇降機)で人や物を輸送する。
高度3万6000キロには観光客が行ける途中駅(静止軌道ステーション)があり、静止軌道に人工衛星を投入することもできる。高度5万7000キロ地点には火星に向かう宇宙船の連絡ゲートがあり、最頂部(カウンターウエイト)には資源採掘を目的に木星などに向かう船のゲートを設置する。
「静止軌道までは重力が優勢ですが、それを越えると遠心力が卓越します。そのため高い高度に宇宙船を運べば、火星にロケットを使わずに飛ばすこともできる。さらに遠い木星や小惑星にも船を送ることができ、希少な鉱物資源を発掘できる可能性もあります」(大林組未来技術創造部・石川洋二部長)。
ちなみに高度9万6000キロというのは、地球と月の距離の約4分の1に相当する。
昇降するクライマーは1両の高さが18メートルの卵型で、6両編成での稼働を想定する。時速は200キロ。地上から出発して8日目に途中駅に到着する。
19世紀にあった「エッフェル塔を伸ばす」という発想
宇宙エレベーターはもともと、19世紀末に旧ソ連の科学者が「エッフェル塔をどんどん伸ばせば宇宙に行ける」と言ったのがはじまりとされる。構想はその後ブラッシュアップされたが、必要なケーブルの長さは数万キロ。重力と遠心力の強い力で反対方向に引っ張られるため耐久性も求められる。実現は材料面からも不可能とされていた。
1991年、事態が大きく変わる。物理学者の飯島澄男(82)=現・名城大学終身教授=が炭素素材のカーボンナノチューブ(CNT)を発見したのだ。
CNTは、炭素原子が網目のように結合し筒状の構造をしている。アルミニウムの約半分の軽さで鋼鉄の20倍以上の強度をもつと言われ、ケーブルの材料の最有力候補として急浮上した。
大林組でも研究開発チームがつくられ、2019年には技術本部の中に未来技術創造部が新設された。ケーブルは現在、静岡大学や有人宇宙システム(東京都千代田区)と共同で宇宙での耐久性について研究している。
CNTとクライマーの大きな課題
当初の構想では、研究開発が順調に進めば、宇宙エレベーターは25年ごろに着工し、50年ごろに運用開始の可能性があるとしていた。開発はどこまで進んだのか。
「実際に進める中でさまざまな課題が見つかっています。特にCNTはまだ10センチ、数10センチの長さしかできていないのが実情です」(石川氏)。
現在CNTを成長させるため、熱分解などの化学反応によって表面に結晶や非晶質の薄膜を蒸着させる方法(化学気相成長法)が主に使われている。実験を重ねるごとに長さは伸びているが、まだわかっていない性質もあり、当初の想定より時間がかかっているという。
クライマーの昇降も課題の1つだ。地球の引力や地球の自転による遠心力が働く中で、揺れを抑えながら9万6000キロを安全に昇降させなくてはならない。しかも6両編成だ。
方式は、電気やリニアモーター、レーザーエネルギーなどを用いた自立昇降が検討されている。現在、ヘリウム気球でゴールを高度約1キロに設定し、クライマーをどこまで持ち上げられるかという宇宙エレベーター協会の競技会にも参加している。クライマーの大きさは直径約40センチの球状で、重さは10キロほど。湘南工科大学の井上文宏教授とも協力しているが、こちらも多くの課題が残っている。
ただし、CNTについては耐久性を調べる重要な実験が進んでいる。2015年から17年にかけて、国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟でCNTを宇宙環境下にさらして損傷具合を調べた。その結果、大気圏に長期間置くと損傷することが明らかになり、金属やケイ素で特殊なコーティングをして再度宇宙に運んだ。実験試料の一部は昨年までに地球に戻ってきており、詳細な分析が行われている。
人類の宇宙への夢を広げる
宇宙エレベーターの建設構想を公表してちょうど10年になる。実現に向けての山は高くて険しい。飛躍的なブレークスルーも必要だ。ただし、大小さまざまな実験や開発が日々進んでいる。
石川氏は「宇宙エレベーターが完成すれば、今までよりも効率的に、経済的に宇宙開発を前進させることができる」とした上でこう話す。
「宇宙船を宇宙エレベーターで運び、ゲートから違う星に簡単に行くこともできます。研究が進めば、地球以外の星での生活も可能になるかもしれません。中でも火星は自給自足できる資源があり、地球に次いで住みやすいとも言われています。そうした人類の宇宙への夢も広がるので、なんとか宇宙エレベーターを実現させたいですね」
「宇宙ホテル」を低軌道に建設
一方、宇宙の低軌道に大型ホテルを建設する構想をもっているのが清水建設だ。地球からロケットで来た旅行客に、地球の景色や無重力体験を楽しんでもらうという。
上下の全長は240メートル。上部のリング(輪)に「客室」「パブリックゾーン」「エネルギー・サプライ」がある。下部は「プラットホーム」で人や物資を乗せた輸送機がドッキングする。
リングは104の個室モジュールからなり、そのうちの64が客室だ。リングが1分間に3回転することで0.7Gの人工重力空間を作り出し、地球上とほぼ同じようにくつろぐことができるという。
一方、リングの中心部分にあるパブリックゾーンは無重力で、宇宙空間ならではのスポーツや食事などが体験できる。エネルギー・サプライは展開型の太陽電池パネル、バッテリーでエネルギーを確保する。
30年以上前にホテル構想を発表
驚くのは、この宇宙ホテル構想が発表されたのは今から30年以上前、1989年ということだ。当時、バブル真っただ中とはいえ、85年に日本初の惑星間空間探査機「さきがけ」が打ち上げられ、86年にソ連が初の宇宙ステーションの長期滞在試験をしたばかり。なぜ、ここまでの宇宙ホテル構想が生まれたのか?
「もともと弊社は87年に建設業界で初めて宇宙開発室を発足させました」と話すのはフロンティア開発室の金山秀樹宇宙開発部長だ。社内から建築設計、土木工学、ロボット工学、構造解析、法律などのスペシャリスト14名が集まりスタートしたという。
「1980年代の終わりは、海洋や砂漠、大深度地下などの極限環境が人の居住場所として着目され始めた時代でした。極限環境の一つとして宇宙への進出も想定される中、宇宙における我々の技術の活用策を検討することを目的に、宇宙開発室が新設されました」
発足翌年の88年にはコンクリート製の月面基地構想を発表し、89年には宇宙ホテル構想と相次いだ。
大きなハードルは輸送コスト
「でも、当時の資料を見ると宇宙ホテルの完成は2020年となっていました」と金山氏は苦笑いする。これだけ巨大な建造物となると完成は早くて2040年以降だという。では何がハードルとなっているのか?
もっとも大きいのは輸送コストだ。一般的に重さ1キロのものを月まで運ぶのに1億円とも言われている。宇宙ホテルは低軌道に位置するためコストはいく分抑えられるが、地球で建設したホテルをロケットに積んで運ぶのは不可能だ。建物をパーツごとに宇宙に送り、組み合わせる方式となる。
「それでも、重力の無いところでスムーズに組み立てられるかという大きな課題があります。地上ではクレーンを使いますが、それとは違う方法でパーツを動かして正しい位置に置き、組み立てていく。難易度の高い作業です」(宇宙開発部の鵜山尚大さん)
このほか、地球より100倍以上と言われる高い放射線量から旅行客を守れるのか、国際問題になっているスペースデブリ(宇宙ゴミ)との衝突をどう回避するのかなど、宇宙ホテルの課題は尽きない。
まずは月面基地の建設から
現在、清水建設では月面基地の建設に向けた研究を先に進めている。月面基地は今後の宇宙開発の拠点となり、月資源の活用、天体観測、ホテルの建設などが展開される。
月の基地建設にあたり有効な材料は何なのか? どんな構造にすればよいのか? 同社で開発を進めているという。
すでに他企業や大学と組んで進めているものもある。
「月面での居住モジュール」では、東京ドームの膜構造の屋根を作ったことで知られる太陽工業や、スペースコロニー技術を研究している東京理科大学と手を組んだ。膜構造を利用した折り畳み式の居住モジュールを地球から運び、宇宙で広げ、内部で人間が生活できるかを3社で研究していくという。
自動車部品メーカーボッシュとはAIを活用し、月面での無人建機システムの研究を進めている。
両実験とも、国が力を入れているスターダストプログラム(宇宙開発利用加速化戦略プログラム)に認定されている。前出の鵜山さん(39)は言う。
「現在の弊社のターゲットは月ですが、そこでの技術は軌道上でも使えるはずです。宇宙に(基地などの)空間をつくる技術、各種ロボットの技術が確立すれば、宇宙ホテルの建設も近づくと思っています。日本でも宇宙開発分野において官から民への流れができつつあります。宇宙をビジネスチャンスと捉える大小さまざまな企業が増え、そういうところと協力しながら、宇宙ホテルも計画を進めていけたらと思っています」
- 取材・文:一原知之