2018.11.14.Wed

シャーレの上で生まれる“培養肉”

2050年、肉は自宅で創る時代に

東京都新宿区――、ここで「ある肉」が誕生した。シャーレで生まれた「培養肉」である。培養肉とは文字通り「細胞を培養することによって科学的に生み出された肉」のことである。大規模な牧場が必要な従来の畜産に比べて「培養肉」はビルの1室で生み出すことができる。「将来は東京新宿区のブランド牛が生まれるかもしれませんね」。そう語るのはインテグリカルチャーを率いる羽生雄毅氏。世界でも数少ない培養肉を研究するスタートアップ企業だ。私達が食する「肉」にこれから何が起きようとしているのか。

日本で生まれた「1.2グラム」の鶏レバー

(撮影:保田敬介)

培養肉とは文字通り、シャーレの上で"培養"された肉のことだ。アメリカではcultured-meatやcell-based meat(細胞由来の肉)と呼ばれている。"肉を培養する"とは突飛なアイディアにも聞こえるが、アイディア自体は細胞が発見された時、つまり19世紀から存在していた。ではなぜ今培養肉が注目を浴びるのか。それは環境への負荷が少ない点にある。羽生さんは「従来は1kgの肉を作るのに1700Lの水が必要と言われていました。ですが培養肉であれば、そうした環境への負荷は極限まで下がります」と説明する。水だけではない。家畜の飼料のために耕作地を開墾する必要もなくなるうえに衛生管理のコストも下がる。こうした地球規模での環境の負荷を見据え、グーグルのセルゲイ・ブリン氏らも出資するなど、世界的にアグリテック(農業×IT)の領域として脚光を浴びている。現在、欧米には多く存在する培養肉スタートアップだが、アジアでの最先端をゆくのがインテグリカルチャーというわけだ。

(撮影:保田敬介)

インテグリカルチャーが注目を集めたのが、2017年に小さな肝臓を作ったことだ。わずか1.2グラムと小さいが、完全培養の鶏レバーを作り出したのだ。インテグリカルチャーは、鶏レバーを作る技術をもとにフォアグラを作出す研究開発を進めており、将来的には培養したフォアグラを上市する計画だ。なぜ赤身ステーキではなくフォアグラだったのか。羽生さんは「フォアグラは肝臓の細胞の塊ですが、ステーキだとそうもいかない。赤身肉の部分だけではなく、脂肪や血管も一緒に育てないといけない。そうなると難易度は数段あがります」とのこと。まだステーキがシャーレの上で誕生するのは時間がかかりそうだ。

2017年に生み出された鶏レバー。小さいながらも味はしっかりとフォアグラだ。(写真提供:インテグリカルチャー)

課題はコスト。「フェラーリバーガー」の衝撃

目下課題となっているのは技術面だけではない。羽生さんが指摘するのが「コスト」である。2013年に公の場に始めて「培養肉バーガー」が姿を見せた。そのバーガーのパティの値段はなんと25万ドル(約2800万円)。お披露目された培養肉バーガーは「フェラーリバーガー」なる不名誉なあだ名を付けられてしまった。培養肉を精製するにあたって最もコストがかかる部分が培養液、中でも成長因子やウシ胎児血清が入った"培地"である。インテグリカルチャーでは培養液の大幅なコストダウンに成功した。「培養肉のベースとなる筋肉細胞を肝臓細胞とともに培養しました。肝臓細胞が分泌する成長因子が筋肉細胞の増殖も促しますから、外部から加える必要もなくなります」。現在、インテグリカルチャーはかつて1kgの肉を作るために2千万円かかっていた培養液コストを20万円以下までに下げることに成功した。

シャーレ内の培養方法にも手を加えた。「細胞足場という培養方法を使っています。普通培養するときは培養皿の底に一層しか細胞がないんですが、細胞足場というスポンジ構造のものを加えます。スポンジは表面積すごく大きいのでその上に細胞がくっついて、育っていきます。要するに全部平屋の街のところに高層マンション建てるようなものですよね」。

世界初の人工肉バーガー(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

実際に人工肉バーガーを食する女性、表情は...微妙だ...(写真:ロイター/アフロ)

2050年、肉は「クラフトビール」と同じになる

では仮に肉を培養するのが当たり前になる未来、食肉業界はどうなるのか。"菜食主義者も培養肉なら食べられるかもしれない?"こうしたことは容易に想像できる。時間軸をさらに未来に伸ばして羽生氏に考えてもらった。まずは約20年後の2030年に私達の食事はどう変わるのだろうか。「2030年にはスーパーに培養肉が並んでいる未来はありえると思います。技術的には可能。少なくともフォアグラはできています」。

では2050年には?「おそらく量産体制ができ上がっていると思います。ベルトコンベアの上に乗って一枚の肉が次々と出てくるような時代になっているでしょう」と予測する。さらに羽生さんが興味深い一言を付け加える。「その時には"肉"への考え方自体が変わってるのかも...」。

(撮影:保田敬介)

一体どういうことか。「おそらく赤身の量やサシ(脂身)の量も自由自在に調整できます。一般人が自宅で当たり前のように培養する時代がくる。仮に誰でもできるようになれば、肉愛好家がサシががっつり入ったA6,A7の"肉のレシピ"をYouTubeで披露したり。各地でいろんな人が"自分の肉"を披露する時代がやってくると思います。イメージはクラフトビールな感じですね」。すでに廉価な細胞培養セットは一般人でも入手可能になった。

無論、こうしたポジティブな面ばかりではない。「"そもそもこれ肉なのか"というようなものも作れちゃう。例えば魚の油分を豊富に含む牛のステーキ肉を作ることも可能です。もちろん自然界にそんなもの存在しない。味はステーキだけど栄養価はDHAなどのヘルシーな油を豊富に含む牛肉ができちゃう」。そうなれば影響を受けるのは畜産農家だ。すでにアメリカでは既存の畜産農家の団体らによる政府への対応を求める声もあがっている。

「私達の技術は既存の畜産農家との対立を煽るものではありません。あくまで畜産業の方々が、従来と異なる新しい食肉生産の方法として、選択肢に入れて頂ければ幸せです」。そう羽生氏は語る。

ただ、想像してほしい。シャーレの上で誕生した肉が食卓に並ぶ未来を、自然界に存在しない肉が食卓に並ぶ未来を。その時、果たして私達が食べているのは「肉」なのだろうか。培養肉が世界に与えるインパクトは計り知れない。

#01 20XX年、人類は何を食べるのか?

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