2018.11.14.Wed

世界が90億人を「食べさせる」ことはできるのか?

2050年の食料問題

人間が生きていくために欠かせないもの、それは食事である。だが近い将来、世界的に食料の不足が大問題になると言われている。その背景にはどんな課題があるのかを紐といていきたい。タンパク質の危機はどんな未来を創り出すのか? 私たちの未来の食卓はどうなるのか?

未来の食卓はバラ色か、否か?

私たちは20XX年に、いったいどのような食事をしているのだろうか。
食に関わる技術の発展は目まぐるしく、「培養肉」や「完全食」など、新たなキーワードが次々とメディアを賑わせ、話題が尽きない

私たち日本人の食生活は、ここ数十年で飛躍的な進化を遂げてきた。戦後の飢餓の状態から復興を果たし、高度経済成長期を経て食をめぐる環境は驚くほど豊かになり、今や一般家庭の食卓にも、和食だけでなく、洋食、中華、イタリアンと、実に多国籍なメニューが日常的に並んでいる。
今や東京は、世界的な食の中心地として、他国から一歩抜きん出ており、ミシュランガイドで星を獲得したレストランの数は世界一。2位であるパリを大きく引き離しているほどだ。
この先の近い未来に、私たちは、これまで経験したことがないような、夢のような食卓を囲んでいるのだろうか

そんな、ワクワクする期待感もある一方、やはり心配な面も出てくるのが世の常である。

温暖化のような地球規模での環境変化や、グローバルな人口増加、途上国および中進国の発展などにより、ここ数十年で、世界的に食をめぐる環境は大きく変化している。

実は近い将来、世界中で慢性的な食料不足が起こることが危惧されている。2017年に国連が発表した「世界人口予測2017年改定版」によると、毎年約8300万人の人口増により、現在76億人の世界人口は、2030年までに86億人、2050年に98億人、そして2100年には112億人に達すると予測されている。2012年にFAO(国際連合食糧農業機関)は、2050年までに60%も食料生産を増やす必要があるとの推定を発表していたが、2017年の新たな国連の予測に基づき、2012年水準よりも50%多く食料・飼料・バイオ燃料を増産する必要があると推計する。
一方で、食料を増産するにも土地や水には限りがあり、毎年のように起こる異常気象による被害で、農作物の不作が起きている。

国連が発表した「2018年版世界の食料安全保障と栄養の現状」報告書によると、世界の飢餓人口の増加は続いており、2017年には8億2100万人、9人に1人が飢えに苦しんでいるという。
今後、さらにこの現状は悪化の一途をたどることが懸念されている中で、もはや食料が当たり前のようにある時代ではなくなる可能性があるのだ。

日本人も、今の豊かな食生活を続けられなくなるかもしれない。

最近、巷で「タンパク質危機」というものが騒がれているが、その詳細をご存じだろうか?

お肉が食べられなくなる時代が来るって本当!? 「タンパク質危機」とは?

国連国際連合「世界人口予測・2017年改定版、Frost & Sullivan 及びLux Researchを元に独自で作成
(写真提供:Future Insect Eating・高橋祐亮、インフォグラフィック制作:樋山理紗)

近年、注目されているのが世界のタンパク質生産の動向である。
人体の約60%は水分、15~20%はタンパク質でできている。つまり、タンパク質は、私たちの体の水分を除いた重量の約半分を構成している、生きていくために欠かせない重要な栄養素である。
グローバルな人口増加と中間層の拡大により、世界規模で一人あたりの肉や魚の消費量が増加し続ける一方で、現状の畜産や養殖は生産物の何倍もの穀物や魚粉によって賄われているため、2025~30年には世界でタンパク質の供給が需要に追いつかなくなると推測されている。
この予測が「タンパク質危機(protein crisis)」と表現され、欧米を中心に注目され始めているのだ。

2013年、FAOは世界の食料危機の解決に、栄養価が高い昆虫類の活用を推奨する報告書「Edible insects:Future prospects for food and feed security」を発表した。

その流れを受けて、大手ファストフードチェーンが大豆タンパクへの依存度を減らすため、養鶏飼料としての昆虫活用を研究したり、昆虫食や昆虫養殖のスタートアップも出現しはじめたりと、世界的に「タンパク質危機」への対策が始まっている。

しかしながら、本当にこのような懸念が近い将来、現実と化してしまうのだろうか。

FOOD ACTION NIPPON AWARDの審査委員を歴任し、アグリビジネスに詳しい、ユニバーサルデザイン総合研究所所長の赤池学(あかいけ まなぶ)氏に話をうかがった。

赤池学(あかいけ・まなぶ):株式会社ユニバーサルデザイン総合研究所 所長。ユニバーサルデザインに基づく製品開発や地域開発を手がけるほか、環境省などが主催する「生物多様性日本アワード」の審査委員、農林水産省バイオマス・ニッポン総合戦略推進委員などを歴任。主な著書に「生物に学ぶイノベーション」(NHK出版新書)、「昆虫力」(小学館)、「自然に学ぶものづくり」(東洋経済新報社)、「昆虫がヒトを救う」(宝島社新書)など。

この質問に対し、「食料危機は、近い未来には起こらないと思いますよ。過度な心配はいりません。」と赤池氏は答える。

出だしから、想定外の回答に耳を疑った。一見楽観的すぎる印象を受けてしまうほどだが、なぜこのように考えられているのか、さらに質問を重ね、深堀をしていった。

「経済面だけでなく、食の分野も「生命地域主義」のような地域デザインの考え方が台頭してくるはずです。食料を含めた自国の資源を持続的に保全しながら、循環型の産業を再構築していく流れになっていくと、私は考えています。本来、自然界が行ってきたことが、今後は産業ビジネスとして展開されていくことでしょう。」と、話は続いた。

「生命地域主義」とは、英語で「バイオリージョナリズム(bioregionalism)」。1970年代前半にアメリカのエコロジスト、P・バーグ(Peter Berg)によって提唱された、自分たちが居住し生活を営む場である地域において、自然と人間との昔からある相互のかかわりを再度見つめなおすことで、その土地の特性や自然の持続性を損なわないような生活様式を構築していこうという試みだ。

「食料危機に対して、私がこのように考えるのは、大きく分けて次の2つの理由があります。1つは、先ほど述べた「バイオリージョナリズム」のような、地域デザインの見直しが改めて行われていくと考えられるからです。今後、自国や地域における、大きな循環デザインに根ざした産業の再構築が積極的に行われていくでしょう。2つ目は、食料生産に関わる技術革新の発展スピードが追いついていくと考えられるからです。人工知能(AI)を活用したスマート農業の展開、次世代の植物工場などもその例としてあげられますね。その技術がどんどん広がり、農業生産効率が上がっていくのではないでしょうか。また、今の日本の畜産は飼料を輸入穀物に頼っていますが、なるべく自国で賄えるよう、新たな技術が開発されてきています。例えば、牧草ではなく紙にならないパルプの廃材を畜産飼料として活用する技術や、昆虫を養殖魚の飼料として活用する技術など、このような新たな飼料の開発が進み、次世代型の畜産、水産が普及していくと考えています。」

「このテーマで言うと、まだまだ各国での管理が行き届いていないのは海なんですよね。マイクロプラスチックによる海洋汚染などの問題もありますが、地球の中の海が一体どこの国のものなのか、国際的な取り決めができていないんです。特に、漁業の管理が徹底されていないため、頻繁に乱獲も起きてしまっています。飼料・肥料の原料となるイワシなどの水産資源に関する規制が早急に必要です。国連を含めてどのように国際的に管理・規制をしていくかという仕組み作りが必要だと思います。また、水産資源を守るためにも、次世代型の養殖を広げていくことなど、さまざまなアクションが起きていくのではないでしょうか。」

近年、世界的な食料危機のソリューションとして昆虫の有効性が評価されはじめている。
赤池氏は、昆虫発生学の研究者として生物学に携わってきた経歴があることもあり、昆虫活用の可能性に特に着目しているようだ。

海外ではエリサンというカイコがスナックとして販売されている(写真提供:東京農業大学・昆虫学研究室)

これまでも、栄養学者や生物学者は、持続可能で低コストのタンパク源として人間の昆虫食を提唱してきたが、多くの国・文化の人々にとって、虫を食べるという行為はなかなか受け入れられにくいのが実際のところだった。

「昆虫食も、そのまま私たちが食べるのではなく、次世代型の養殖業の飼料として、広がっていくと考えられます。つまり、人が食べるのではなく魚や鶏などの飼料としての昆虫の活用がはじまり、間接的な昆虫食がはじまるということです。」と、赤池氏は言う。

「昆虫関連でいうと、新潟県の十日町にある「きものブレイン」という会社が、東京農業大学と共同研究で人工飼料を開発し、「無菌人工給餌周年養蚕事業」を始めました。365日無休で稼働する完全無菌のシルク工場で、従来の養蚕ではエサの桑が摂れる時期のみ、頑張っても年に2回ほどしか稼働できなかったのですが、桑に依存しない養蚕ができるようになったことで年中無休の生産が可能になりました。シルクは衣類の他、サプリメントや化粧品など、グローバルに高いニーズがある生物資源なので、今後さらにこのようなシルク工場が国内だけでなく、海外にも広がっていくと思います。シルクを作る際には、必ず蚕の蛹が出てくるのですが、間違いなくその蚕蛹を有効活用すべく、畜産・水産と連携していくビジネスモデルになっていくと考えています。」

近年は、人間が直接食すのではなく、食物連鎖のもっと下位の部分で昆虫由来のタンパク質を導入する方向にシフトしており、すでに試験が始まっている。海外では既に先行事例があり、国内でも飼料としての安全性が確認されれば普及できる見込みだ。このような新しい循環が、世界中で起こっていくと思うと、大変興味深い。

「タンパク質の観点での新たな取り組みの例として、バイオインフォマティクス、ケミカルインフォマティクスの技術が進み、実際に活用されはじめています。人工知能(AI)に情報をディープラーニングさせ、類似の物質の供給源にはどのようなものがあるのか、コンサルをしている「グリーンファーマ」というフランスのベンチャー企業が国際的に注目されはじめています。」

食料危機を防ぐべく動き出した、新たな食への取組みを行う新規ビジネス「フードテック」に注目が集まる。新たな技術が進み、さまざまな食の選択肢が広がっていくことを想像すると、食料危機という暗い面だけでなく、ワクワクする明るい未来が描けるのかもしれない。

私たちは、どのように考え方や習慣をアップデートするべきなのか?

消費者の視点から見ると、新たな技術が食品に用いられることは、期待感とともに不安も伴うものである。昆虫を食品産業に用いることにも抵抗感を持つ人も少なくない。

赤池氏は、「昆虫食という点では、多くの国において昆虫は食べ物のイメージとは程遠く、役立たずの"おじゃま虫"と思われていますが、実は昆虫は自然界の動物の約75%を占めていて、自然界の物質循環を担っている重要な存在であることは知られていません。昆虫を飼料として活用することは気持ち悪いことではなく、自然界の循環に寄り添っている"バイオガイデッド"な技術のプレーヤーであるという認識を持っていけると、抵抗感が少なくなり、市場が広がっていくはずです。昆虫へのイメージの転換が必要だとは思いますが、実は近年、昆虫の機能性を生かした創薬も進んでいるため、今以上に虫の価値に自然と注目が集まっていくはずだと考えています。」と語る。

食料危機が騒がれている一方で、食料廃棄の問題も深刻である。根本的な解決を進めていくためには、小売などの食を取り巻くシステム全体を見直す必要がありそうだ。

「小売も含めて、バイオリージョナリズムを起こす必要がありますよね。コンビニエンスストア等で出る食料廃棄を地域ごとのコンポストセンターに回収し、昆虫の力を用いて堆肥にし、地域の農業に循環させていく仕組みを整えるのが理想的のように思います。また、食料廃棄に悩む飲食店と消費者をつなぐアプリなど、新たなプラットフォームが広がっているので、ここにも期待できるのではないでしょうか。」と赤池氏は述べた。

地域のコミュニティー内でうまく循環が起こる社会システムの構築を目指していくことは、新たな未来を切り拓くというよりも、昔ながらの日本に戻っていくイメージなのかもしれない。

10年後、20年後...、私たちの食卓は、表面的な変化は目に見えないかもしれないが、実はその裏側では大きな変化が起こっていきそうだ。

培養肉や、完全食など、何を食べるのかという選択肢はこれまで以上に広がっていくであろう。

そんなワクワクするような、未来の食卓に思いをはせながら、今晩の食卓に並ぶさまざまな食材を眺めていると、感謝の気持ちが溢れてきた。この幸せを、次の世代の子供たちにもつないでいけるよう、バイオリージョナリズムへの理解を深めつつ、食品廃棄を減らす、環境に優しい買い物をするなど、私たちが日々できることから行動に移しながら、「世の中の役に立つ食事」をしてみてはいかがだろうか。

【参考文献】
国際農研「国際連合「世界人口予測・2017年改訂版 [United Nations (2017). World Population Prospects: The 2017 Revision.]」概要」
国際農研「FAO 「食料と農業の未来 - トレンドと課題(The future of food and agriculture - Trends and challenges)」の概要」
国連WFPニュース「世界の飢餓人口の増加は継続ー最新の国連報告書」
取材・文:藤橋ひとみ(I's Food & Health LABO.代表/管理栄養士)
重度のアトピーを食事で体の内側から改善した経験をきっかけに「すべての人が毎日の食事で心身のトラブルを予防・改善できる社会の実現」を目指し、セミナー講師、レシピ開発、商品開発コンサルティング、メディア出演、コラム執筆など精力的に活動中。食と健康の分野で科学的根拠に基づく確かな情報発信ができる専門家を増やすべく、管理栄養士など有資格者のスキルアップ、起業のサポートにも注力している。同時に、東京大学大学院にて医学博士取得に向けて、先端ICT技術を活用した食習慣改善をテーマに研究活動を行っている。
HP:https://is-food-health-labo.com/

撮影:田代恵理

#01 20XX年、人類は何を食べるのか?

FQ EVENT INFORMATION