地域課題を行政・市民・企業で解決する

2021.11.09.Tue

多様な当事者が参加

地域課題を行政・市民・企業で解決する

デジタルによって様々なものが効率化された先に、何が起こるのだろうか。IT技術を活用して、地域や社会の課題に多くの人が参加する仕組みをつくっているCode for Japan代表の関治之さん(46)に、デジタルで高まる社会の創造性について聞いた。

課題の当事者が参加する

日本のシビックテックを牽引してきたCode for Japanの関さん。2011年の東日本大震災発生後、被災地周辺の情報を収集したWEBサイト「sinsai.info」を立ち上げたことをきっかけに、この10年間、いくつもの市民主体の課題解決プロジェクトを推進してきた。

コロナ禍で生まれた東京都の「新型コロナウイルス感染症対策サイト」は記憶に新しい。ソースコードはインターネット上に公開され、多くの人がサイトの改善に参加。2021年10月時点で15,000以上の改善提案とアップデートが行われている。また、ソースコードを参考にして他の自治体でも同様のサイトが次々と立ち上がった。

東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイト

東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイト

Code for Japan が活動の参考にした Code for America は、プログラマーやデザイナーなどのクリエイターと行政府の共創を推進するNPOだ。市民や行政職員、地域コミュニティと助っ人が、地域課題解決という同じ目標に向かって活動している様子を見て、関さんは日本での活動をスタートした。

掲げるのは「ともに考え、ともにつくる社会」。地域行政の課題を市民や企業が共同で解決するための環境づくりを行っている。例えば、自治体の持つデータをオープン化。ワークショップなどを通して議論を行い、市民が必要としているサービスやツールを生み出している。また、各地域レベルでも「Code for XX」が生まれ、プログラミング教室を開催したり、地域情報をまとめるWEBサイトを作ったりと、活動は多岐に渡る。

公共の課題にデジタルを活用する価値はどこにあるのか。関さんは「多様な人が主体になれること」と指摘する。

「例えば、リアルタイムの音声文字起こしツールを会議で利用すると、話した内容を即座に文字で表示できるので、聴覚障害のある方でも会議にスムーズに参加できます。また、カメラをかざすと色を教えてくれるツールを使えば、色弱の人でも内容を把握することができます。マイノリティーの方々も含めて多様な人たちがコミュニティや議論に参加できることが、デジタルを活用する良い側面と感じます」

耳に障害がある人のために文字化する。目が不自由な人のために読み上げる。個人の特徴に合わせて情報伝達できることが、デジタルの一つの価値だ。

「当事者が意見を言えたり、実際に活動に参加できることに価値があると感じています。当事者の立場を周りの人は想像しきれません。もちろん、色弱の方がどう見えているかをエミュレーションするツールもありますが、当事者自身が意見を言えたり、参加できる方が良いものができるという実感があります」

これまでになかった視点を取り入れることは、社会に新たな創造性をもたらす。実際に、東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトでも、色弱の人がグラフの色の区別が付きづらいという提案があったという。ツールを使ったときに読み上げされやすいようにテキストを併記したり、色弱でも見分けが付きやすい色を選択するなど工夫がなされ、より多くの人に感染症対策の情報を届けることができた。

関治之さん

関治之さん

若者世代の声が集まる

「多様な人」とは、いわゆるマイノリティの人だけが対象になるわけではない。これまで、公共の意思決定に関わる機会が少なかった若い世代の声を集めることにも役立っている。

Code for Japanと兵庫県加古川市は、「Decidim(デシディム)」というインターネット上で意見を募集するツールを2020年10月に導入。市のスマートシティ戦略に対する市民の声を集めた。その結果、集まった意見の半数近くは10代からだったという。特にGIGAスクール構想など、自分たちが直接関わる政策への関心が高かった。例えば、モニタを見る時間が増えるので、目に優しいスクリーンのPCを導入してほしい、などの声が上がった。情報へのアクセスが容易になることで多様な声が集まり、様々な立場の人に寄り添った公共サービスが生まれやすくなっている。

「最近、若者の意識がだいぶ変わってきている感覚があります。たまたま僕の周りがそうなのかもしれませんが、政治や行政に興味を持っている人が多い。フラットで前向きな意見を表明する人が増えている。私たちが22歳以下を対象に行っているシビックテックコンテストにも、今年は200人ほどの応募が集まり、アイデアやプロトタイプがたくさん出てきました。政治家や官僚だけが社会について考えるのではなく、多くの人の意見が出て、それが反映される世界ができつつあるのではないでしょうか」

加古川市 市民参加型合意形成プラットフォーム

加古川市 市民参加型合意形成プラットフォーム

カギをにぎる「規格の標準化」

その一方で、多くの意見を集めそれぞれのニーズごとに最適化していくことが、全体最適を阻害するのではないかという意見もある。例えば、日本の行政サービスのデジタル化が進まないのは、地方自治体が別々のシステムを使っているからだと指摘もある。

そこでもう一つ重要なのが、規格の標準化だという。関さんは現在、デジタル庁で社会基盤となるようなオープンデータの標準化に取り組んでいる。自治体が公開するデータのフォーマットを決めたり、事業所に共通の管理IDを付与するなど、自治体や事業者が保有するデータを活用しやすくする仕組みを検討している。

「一つひとつの課題解決は、個人に寄り添いボトムアップで生みつつ、データや規格を揃えて生まれたものを横展開しやすくすることが大事だと考えています。日本は多様な地域から成り立っているので、一括で当てはまるソリューションはあまりない。各地域の良さをいかした、多様なソリューションが必要だと思います。一方で、ソリューションが生まれた時に、相互運用性というか、それを横に広げていく部分をどう設計するか、全体最適の視点も大事だと思います。願わくば、デジタル庁で、良い仕組みを広げるために何を標準化するかなど議論したい。トップダウンに寄りすぎるのではなく、ボトムから生まれてきたいいものを共有していけたら素敵だと考えています」

データ基盤が整えば、どこかの地域で生まれた良い事例を、他地域でも活用しやすくなる。また、データの可視化は業務の効率化にも貢献する。

「例えば、僕が関わった最近の仕事でいえば、ワクチン接種状況のダッシュボードシステムがあります。これまでは、自治体が持っているデータはいちいち報告をしてもらわないと集められませんでした。今回、ワクチンを接種する時の記録表を現場で読み込むと、中央のデータベースに反映される仕組みを作ったことで、全国の状況が簡単にわかるようになりました。可視化されたデータを見ることで、ワクチン供給量の調整などスムーズにできました」

行政内では紙で扱われているデータが未だに多い。デジタル化して、他と連携しやすい形で保持することで、さらなる社会のアップデートが見込まれる。

ワクチン接種状況ダッシュボード

ワクチン接種状況ダッシュボード

"興味を引くデータ"が人を巻き込む

データによる効率化が期待される領域として、関さんは災害対策にも注目している。例えば、ハザードマップは各自治体ごとに作られるが、紙で管理しているところもあり、全国で規格が揃っていないという。

災害発生時の避難所の開設や救援物資の運搬に関しても、アナログが根強く残っている。どういう救援物資が必要か、どういう人が避難所にいるか、どんなサポートが必要かなど、アナログにやりとりされていることが多い。そのため、救援物資をどこにどれだけ送れば良いか、ボランティアがどれぐらい必要かなど、需要と供給のバランスが取れないこともある。

ただし見方を変えれば、伸びしろの大きい領域ともいえる。例えば最近では、熱海の土砂災害が発生したときデータが駆使されたことで、早い段階でおおまかな発生原因が特定された。二次災害を抑えることにつながったといわれる。

「熱海の土砂災害があった時に、静岡県が元々用意していた3Dの点群データを使って状況を把握した事例が話題になりました。災害前の状況が詳細にデータ化されていて、その上で、災害連携協定を結んでいた企業がドローンを飛ばして災害後の点群データを取りました。さらに、それに対して研究者がシミュレーションを行い『盛り土が原因ではないか』ということが具体的に検証されました。確度の高いデータがあったことで、より多くの研究者やボランタリーの人たちが協力することができたのは良い事例だったと思います」

点群データについては、エンジニアの中で話題に上り、触ってみたいという流れもあったという。データ以外のテクノロジーをオープン化することが、有事の際に人を巻き込むことに役立つ可能性もある。

自分の情報を自分で管理する社会に

データを整備して使える状態にすれば、公共サービスのレベルも上がる。一方で、個人情報の取得に対して懸念を示す人も多い。自身のデータとどの様に向き合っていけばよいのだろうか。

「自分の情報が、知らない間に、意図しない使われ方をするのは気持ち悪いし嫌ですよね。そこで重要なのは、自治体やサービス提供者がデータをどういう風に集めていて、監査体制はどうなっていて、データをどう使うかをしっかりと伝えることだと思います。利用者との共通見解を作ることが基本。また、データがどこでどう使われているか見える化して、いつでも確認できるようにするのでもいいでしょう。嫌だったら取り下げられるという、GDPRの考え方に近いルールを作ることが大事だと思います」

他方で、個人のリテラシーを高めることも重要だ。何も意識せずにデジタルと接することにはリスクもある。例えば、フィルターバブルと言われるように、気づけば自分と近い意見の情報のみに触れて、自分の考えが極端になってしまうリスクもある。また、無意識に広告などから影響を受けて行動してしまう可能性もある。

「使う側が主体的になっていくことも大事です。様々なリスクがあると知るだけでもだいぶ違うと思います。最近だと教育の中でも、デジタルシチズンシップという言葉がよく言われます。メディアリテラシーやプログラミング教育なども含まれますが、情報に対して正しく向き合う、ツールを使いこなすみたいなことを教育課程に入れることが必要という議論です」

(提供:adobe stock)

(提供:adobe stock)

参加することは充実感を高める

多様な人が当事者として参加できる社会。それは、個人が今よりも充実感を持てる社会かもしれない。

「僕自身、以前はエンジニアとして人に頼まれたものを作ることをやっていました。そこから一歩踏み出して、主体的に社会をよくすることを考え始めた時に、充実度がすごく上がったんですね。参加する選択肢を持てたことが、僕は幸運だったと思います。そんな感じで、やりたいと思ったらすぐに機会があって、自分のアイデアを出せたり、手を動かしてみたり、そういうことができる社会を目指したいと思っています」

シビックテックと聞くと、公共サービスを効率化するだけのように聞こえるが、デジタルの活用は、社会参加を容易にする。それは、制度や仕組みが前に進むだけでなく、個人の意識が変わり、発想力を刺激することにもつながる。より多くの人のクリエイティビティが反映されることで、社会は今以上に豊かで暮らしやすくなるのかもしれない。

関治之
一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事。「テクノロジーで、地域をより住みやすく」をモットーに、会社の枠を超えて様々なコミュニティで積極的に活動する。
住民や行政、企業が共創しながらより良い社会を作るための技術「シビックテック」を日本で推進している他、オープンソースGISを使ったシステム開発企業、合同会社 Georepublic Japan CEO及び、企業のオープンイノベーションを支援する株式会社HackCampの代表取締役社長も勤める。
また、デジタル庁のプロジェクトマネージャーや神戸市のチーフ・イノベーション・オフィサー、東京都のチーフデジタルサービスフェローなど、行政のオープンガバナンス化やデータ活用、デジタル活用を支援している。
その他の役職:総務省 地域情報化アドバイザー、内閣官房 オープンデータ伝道師 等
編集・文:株式会社ドットライフ

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