デジタルで実現する「新しい伝統」

2021.10.04.Mon

どうなる? アナログの世界 

デジタルで実現する「新しい伝統」

デジタルテクノロジーの発展は、私たちの生活を急速に変化させている。膨大なデジタルデータが処理され、効率的で合理的な暮らしが実現されつつある。一方で、私たちが慣れ親しんだアナログの世界は残り続けるのだろうか。徹底した効率化の先に、非合理的とも思われる伝統文化や個性は残るのだろうか。今回、こうした問いに迫るために「伝統×デジタル」の領域で活動するメディアアーティスト市原えつこさん(33)に話を聞いた。未来に残る、伝統の価値とは――。

四十九日法要をデジタル技術でアレンジ

「デジタルシャーマン・プロジェクト」は、市原さんが提案する新しい弔いのかたちだ。

家庭用ロボットに故人の顔を3Dプリントした仮面をつけ、故人の性格、しぐさ、口ぐせが憑依したかのように、モーションプログラムを出現させる。故人の死後49日間だけ生前のようなやりとりができ、49日目に遺族に別れを告げてプログラムは消滅する。

これは、仏教の四十九日法要を、デジタル技術を用いて現代版にアレンジしたもので、日本の民間信仰とテクノロジーを融合させることをテーマにした作品群「デジタル・シャーマニズム」のひとつである。

デジタルシャーマン・プロジェクト

デジタルシャーマン・プロジェクト

もともとは、市原さんが6年前、祖母の葬儀に参列したことがきっかけになっている。

「祖母が亡くなったときに、日本式の仏教の葬儀に初めて参加しました。信心深い人間ではないので、日本人が高いお金をかけて葬儀をする習慣をそれまで不思議に思っていましたが、遺体が火葬され、親族一同で骨を拾って、骨壷に収めるという一連の儀式を通して、人の死を受け入れるものなんだと感じることができました。心に折り合いがつけられるというか、その人の死を物理的にも社会的にも受け入れて、次に進める作用があると感じました。当時、仕事でロボットのアプリケーションを担当していたので、この仏教が持つ"人の死を取り扱うための合理的な手続き"を、ロボットのアプリケーションに落とし込んで作品化できないかと思ったのがきっかけでした」

残された人たちへのグリーフケアの一つとも言えるが、人型のロボットを活用したことで、より感情移入できるようになっている。さらに、プロセスの可視化もしている。

「人の魂が49日間かけて死後の世界に向かうという概念は、感覚的にわかるところがありますが、具体的なプロセスまではあまりピンとこなかった。そこで、プロセスを体系的に実装することにこだわりました。例えば、前半は生前に近い日常的な会話ができますが、後半になるにつれて『今は浄土のこの辺まで来ています』といった話をするようにして、徐々に向こうの世界に遠ざかっていることが感じられる設計にしました」

伝統が持つ合理性を現代版にアップデート

市原さんは他にも、ビットコインと祭りを掛け合わせた「仮想通貨奉納祭」や、秋田県男鹿市の民族行事なまはげをテクノロジーと掛け合わせて都市に出現させる「都市のナマハゲ」など、伝統とテクノロジーを融合させた作品を発表している。

伝統文化を知る中で見つけた「合理性や機能性」に面白さを感じているそうだ。

「伝統文化は、現代社会では軽視され、今にもなくなりそうなものが多い。現代的な合理性や効率性を重視すると、奇祭や宗教的な儀式は一見して意味がわからないからです。ですが、伝統文化の中には合理性やシステマティックな部分があることが多くて、それがすごく面白いと思っています。例えば、なまはげには、一軒毎に家を回ることで集落の防犯チェックの意味合いや戸籍の管理、子どもへの教育など、様々な社会的機能があったといいます。そういう機能的な側面を、伝統をテクノロジーを使ってデフォルメさせることであぶり出せる。ぱっと見の印象ではわからない、伝統や儀式が持っている効能みたいなものを改めて分解して、テクノロジーと融合させているのです」

市原えつこさん

市原えつこさん

さらに、デジタルテクノロジーと信仰は似ていると指摘する。

「土着の信仰や魔術と、テクノロジーは相反するように見えるかもしれません。ですが、どちらも、今、目の前にないことを目の前のあるように感じさせるという意味では、親和性があるのではないかと思っています。例えば、イタコさんが亡くなった人を憑依させることと、目の前にいない人の声や姿を現前させる電話や映像は近いような気がしていて。エジソンなど、昔の発明家がオカルトにも興味があったという説もありますし、根本の考え方は近いんじゃないかと」

伝統文化の中にある"願い"を、新しい形で可視化しているのが、現代のデジタルテクノロジーなのかもしれない。

言語化できない部分にこそ面白さがある

伝統文化には社会的な機能が備わっている一方で、より効率的な代替手段も存在している。それでも伝統を残したいと思うのは、言葉にできない何かに面白さや魅力を感じるからだろう。

「仏教の葬儀もそうですけれど、長く続いてきたものには、残るなりの理由があると思っています。それは合理性で割り切れるものではないかもしれません。人間は、ドロドロとした感情などいろんな側面を持っていて、そういう感情を取り扱うための知恵が、宗教や伝統に眠っていると思います。それに、テクノロジーによる利便性の向上や部分最適化だけを追い求めていった先に、人間が幸せになるイメージがあまり持てないんです。例えば、美味しいものを効率よく探せたからといって本質的に幸せかというと、そういうわけでもない。都市も、効率化を求めると構造が似通って均質化してしまう。私は、それがすごく寂しいと感じています」

天狗ロボット(市原えつこ+中臺久和巨)

天狗ロボット(市原えつこ+中臺久和巨)

長く続いているものには、人が言葉で表せないだけで、本質的な何かが残っているのかもしれない。ガラパゴス的なもの、その地域にしかないよくわからないもの。まだ言語化・体系化されていない「誰かが大切だと感じてきたもの」を未来に残していくために、デジタルテクノロジーの活用可能性がある。

デジタルは"終わったもの"を蘇らせる

デジタルテクノロジーの一つの力は、可視化・ビジュアライズすることだ。目に見えない価値観や概念を、実際に見たり、触れたりできるように表現する。そうすることで、新しい発明や出来事のニュース(=新しいもの)として社会に再登場する機会を生んでいる。

「すでに過去のものだと思われていたことをモチーフに新しい形で表現すると、ただのフィクションでははなく現実世界における新たな事件として、生き返って現代社会に食い込んでくる印象があります。感覚的な話ですが、一度死んだものを蘇らせて、現在進行形で生きたものにするために、デジタルテクノロジーが活用できると感じています」

技術としての新規性や、伝統と革新の間にハレーションが起きやすいことも、ニュースとして取り上げられやすい要因かもしれない。それまで"終わった"と思われていたものに再度スポットライトが当たることで、全く違う文脈で興味を持つ人が現れ、新しい何かが始まる。

実際に、これまで長く続いている伝統文化は、時代ごとに最新のトレンドや技術を取り入れて変化してきた。例えば、日本最大の神社であり、2000年以上の歴史を紡いできた伊勢神宮は、現代では広報手段としてインターネットを駆使している。公式Instagramはフォロワー36万人を超え、日々の祈りや四季の移ろいなど、その魅力を伝えている。

「伊勢神宮の神職さんの話を聞いて、その柔軟さに感動したのを覚えています。伝統として変えないコアな部分は必要だけれども、時代に合わせてアップデートしていかないと長く続いていくことはできないとおっしゃっていました。日本は古いものをありがたがる傾向がありますが、長く続いてきた伝統に一切手を加えてはいけないという感じだと、どんどん時代と合わなくなって廃れてしまう。大仏は今見ると渋い茶色であたかも古いものの象徴に見えますが、できた当時は金ピカで色鮮やかだったと思うんです。『豪華絢爛の最新テクノロジーを駆使しました』みたいな感じだったと思うので、伝統のものの『古さ』の保存性だけを重要視せず、柔軟にアップデートをしていく部分が大事と思います」

伊勢神宮のinstagramアカウント

伊勢神宮のinstagramアカウント

可視化することで新しい共感も生まれる

デジタルテクノロジーによる可視化は、意外な効果も生んでいる。それは、文化圏を超えた共感だ。市原さんが「都市のナマハゲ」をヨーロッパで展示したとき、予想外の反応があったという。

「なまはげって、超ローカルなネタなので、ヨーロッパの人には伝わらないだろうなと思っていました。しかし、『同じようなものが自分の地域にもあるよ』といろんな人に言われたんです」

世界各地の多くの農村でも、年の終わりに恐ろしいモンスターがやってきて、子どもを泣かして1年悔い改めさせるといった伝統があるようだ。

(提供:adobe stock)

(提供:adobe stock)

「超ローカルだと思っていたものこそ、ユニバーサルであるということに面白さを感じました。多様な人と繋がる手段として、均質化して同じ文化・サービスを享受するというのも一つですが、そうではなくて、自分の暮らす地域にある"奇妙なもの"をちゃんと保存して、独自の文化として提示する。その結果、根底にある"バイブス"で繋がるという、不思議な繋がり方をするのも面白いと思います」

そういった奇妙なものとの出会いこそが、社会を面白くする要素なのかもしれない。

「自分が地球の裏側に行ったときに、そういう"変なもの"が全然なかったら、行く意味がないじゃないですか。だからこそ、それぞれの地域の不思議な伝承は残ってほしいと思います。私は、デジタルテクノロジーを使って、どうにかしてその魅力を均質化させず、独自さを保ったままアップデートしようとしているのかもしれないです」

未来の人類は野生化する?

デジタルテクノロジーの発展によって、極度に効率化された均質的な社会が訪れるのか。それとも、それぞれの地域や文化が持つ個性が浮き彫りになり、超多様な社会が待っているのか。その答えは誰にもわからないが、市原さんは少人数のコミュニティが複数できることや、原始的な回帰の可能性もあるという。

「30年後ぐらいのデジタル社会が行き着いた先には、逆に人間が野生化しているんじゃないかという直感があります。現代はある意味では行動をある程度大きな組織や機関に統制されて「働かざるもの食うべからず」という状況ですが、技術発展の先に労働から開放されて、少人数の気が合う人たちとコミュニティ・村を作って生きる可能性も全然あるのではないかと。とはいえ、人間は誰かの役に立ったり、頼られたりして自己効用感がないと生きていけない社会的な生物だと思っています。

会社や仕事という概念がなくなったら、コミュニティで誰かと一緒に何かをやることが減るので、その分みんなで祭りをするとか。宗教とか哲学とか祝祭とかが栄えているという、予想以上にカオスな未来になるんじゃないかと思っています」

生きるための糧、労働から開放されるからこそ、人との関係性の中で生まれるものを大事にする。それが、コミュニティの中で生まれる祭りや伝統なのかもしれない。

「サーバー神輿」を担ぎ、土地を元気にする儀式を行う様子

「サーバー神輿」を担ぎ、土地を元気にする儀式を行う様子

コロナ禍で働き方が多様化したことで、地域に目を向けている人は増えている。都会で働いていた人が地方に移住する事例も出てきた。

「気に入った土地や変わった風習があるところに人が集まって、そこの文化を磨き上げて、各地がもっと面白くなるという未来があり得るのではないかと。そうなると、世界規模で面白い土地が増えそうですね。コロナ禍になってから、アーティストが様々な地域に招へいされて、その土地の魅力を発見する仕事が増えています。資源はあるのに文化がなくて廃れていた地域に、変わった人や面白い人、技術がある人を放流することで、その土地の新しい魅力が発見される。そんな流れを見ていると希望を感じますし、大都市一点集中ではなく各地域が独自の発展の仕方をしていく未来も、ありえる話だと思います」

リモートワークができるようになったのも、デジタルテクノロジーが発展したから。合理的に最適化されたからこそ、人間は自由になり、多様な創造性が発揮される。デジタルかアナログか、均質か多様かといった二者択一ではなく、融合した未来がやってくるのかもしれない。

市原えつこ
メディアアーティスト、妄想インベンター
1988年愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。Yahoo! JAPANでデザイナーとして勤務後、2016年に独立。「デジタル・シャーマニズム」をテーマに、日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。アートの文脈を知らない人も広く楽しめる作品性と、日本文化に対する独特のデザインから、国内外から招聘され世界中の多様なメディアに取り上げられている。おもな受賞歴には、第20回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞、アルスエレクトロニカ賞Interactive Art+部門栄誉賞、EU(ヨーロッパ連合)より科学、社会、芸術の優れた融合に贈られる「STARTS PRIZE」ノミネート、ほか多数。
編集・文:株式会社ドットライフ

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