2021.04.08.Thu

2040年、日本をリビルドする

世界を多角的に見れば、価値観も変わる

未来を生きていく私たちがパラダイムシフトに直面するとき、どのような視座に立ち、どんなアクションを起こしていけるのだろうか。

経済思想家・大阪市立大学准教授の斎藤幸平さんは日夜マルクス研究に取り組み、博士論文をもとに出版した『Karl Marx’s Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy』(邦訳『大洪水の前に』)では、権威あるドイッチャー記念賞を史上最年少で受賞。また、気候変動や人々の働き方に警鐘を鳴らす『人新世の「資本論」』(集英社新書)がベストセラーとなり、新書大賞2021に輝いている。

アメリカ、フランス、ドイツで学生時代を過ごし、いまマルクスに注目する斎藤さんは、10年後、20年後にどんな未来を見るか。お話をうかがった。(取材・文/遠藤光太、編集/Qetic)

何が本当にエッセンシャルなのか

46億年前に誕生した地球は、「人新世(ひとしんせい)」と呼ばれる新たなフェーズに入ったと言われる(※)。人類の経済活動が地球の表面を覆い尽くし、環境を破壊してしまう新たな地質年代だ。斎藤さんは、「『人新世』とは、言い換えれば『資本新世』。加速しすぎた資本主義によって、地球の限界がすぐそばにきている」と話す。

どこか遠いところの話だろうか。いや、これは私たち一人ひとりの問題だ。日本は、バブルが弾けてから「失われた30年」とも言われる状態だ。斎藤さんを含むミレニアル世代以下の人々のなかには、現在の暮らしに漠然とした不安や違和感を覚えている人も多いのではないだろうか。

満員電車に乗って通勤したり、夜遅くまで残業をしたりしても、給料が上がるのか、非正規雇用を抜け出せるのか、年金はもらえるのか。ましてや、私たちの日々の暮らしが地球を破壊しているとしたら━━。

「そもそも私たちは働きすぎで、心身を病みながら地球環境を壊すという悪のスパイラルに陥っています。経済成長を闇雲に目指すことのコストが大きくなるなかで、経済成長こそが社会の繁栄の絶対条件であるという考え方そのものを、問い直す時期にきているのではないでしょうか」

新型コロナウイルスが感染拡大した世界を、私たちは生きている。経済活動が縮小され、二酸化炭素排出量は戦後最も減少した(出典:BBCニュース)。個々の暮らしも大きく変わった。

「戦後最も減少したといっても、パリ協定の目標には程遠い。もっと大胆に減らしていかないといけないのです。ただ、生活がスローダウンしたことで、『自分の生活にとって何が本当にエッセンシャルなのか』に気がついた人も多い。逆に言えば、いままでの生活がどれだけ過剰で、無駄に溢れていたか、そしてそれがどれだけ環境を壊してきたのかが明らかになっている。その結果、価値観の見直しを迫られるようになっていると思います」

(※)ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンが提唱。

無限の経済成長を追求する資本主義の矛盾は、環境破壊の他にも、私たちの暮らしにおける格差や搾取、差別のかたちで表れている。

(写真提供:五十嵐 和博)

(写真提供:五十嵐 和博)

日本は率先して経済を拡大させてきた国のひとつで、豊かに見える。他方で、餓死や孤独死が増えているという現実もある。

「最低限の食事くらい、誰にでも保証されている権利なのに、おにぎりを食べたいというメモを遺して餓死する人がいる。家にお米がもうない、一日一食しか食べられないという人も急増しています。また、真面目に働いてきたのに、仕事も家も失い、自殺に追い込まれる人もいます。ただ、これは新型コロナウイルスがもたらした一過性の問題ではないですね。以前から新自由主義改革を推し進めた結果、むしろ貧しい社会になっていたということがコロナ禍で表面化しただけなのです」

筆者もミレニアル世代の一人だが、いつも危機感がある。少しでも踏み外せば、食べ物を買えなくなる、家計がまわらなくなる、暮らしが瓦解していく。私たちの世代では、いくらか共有可能な感覚ではないだろうか。そんな状況に歯止めをかけるために斎藤さんは、「公共財=コモン」の再生を求める。

「資本主義は、お米だけでなく、水や土地、なんでも値札をつけて『商品化』します。電気、医療、教育、さらには知識もそうで、ありとあらゆるものを囲いこんで独占してしまうシステムなのです。そうすると、世の中にどれだけ商品が溢れていても、お金がない人は生活していくことができません。商品が増えた分だけ、社会の希少性は増え、人々は貧しくなっていく。だから、私は、商品化資本主義に歯止めをかけて、エッセンシャルなものを『公共財=コモン』にしていかないといけないと主張しています」

(写真提供:Peter Bond on Unsplash)

(写真提供:Peter Bond on Unsplash

マルクスをソ連からレスキュー。脱成長コミュニズムとは

斎藤さんは、思想家カール・マルクスの晩年に光を当て、そこから新しい未来を構想する。マルクス主義と言えば、ソ連や中国共産党の行った一党独裁・国有化のイメージが強いが、実はマルクスの描いた社会主義のビジョンとは程遠かったのだという。政治学者の中島岳志氏は、「マルクスをソ連からレスキュー、新たな地平を開こうとする」と『人新世の「資本論」』を評した。

資本主義の矛盾が深まる現代におけるマルクス。カギとなるのは「コモン」であり、経済成長を社会生活の軸としない「脱成長コミュニズム」だ。

「脱成長した社会においては、多くの人たちが格差のはびこるいまの社会よりもむしろ豊かになります。『コモン』を増やしていくことで、誰でも食事や住まいが保証される。その結果、最低限の生活に必要なお金が減る。生活のために、たくさん働かなければならないプレッシャーからも解放されて、労働時間が短縮できれば、環境負荷も下がります。

例えば、電力や農地は市民が管理することができるし、水は地方自治体に管理可能です。シェアリング・エコノミーも、アプリの利用者が管理できます。つまり、様々な財やサービスを『〈市民〉営化』して、エッセンシャルなものに経済活動の基軸を置いていく。これが『脱成長コミュニズム』です」

(写真提供:五十嵐 和博)

(写真提供:五十嵐 和博)

なぜ斎藤さんはマルクス主義に傾倒するに至ったのだろうか? 東京で育ち、中高一貫の男子校というある種の同質な集団で過ごした斎藤さん。高校時代に思想・哲学に興味を持ち、志したのは「パブリック・インテレクチュアル」だ。

「高校時代、イギリスの哲学者バートランド・ラッセルに影響を受けました。特に感銘を受けたのは、彼の生き方です。つまり、哲学者でありながらも、自らの専門分野だけに留まらず、2度逮捕されながら、反核、反戦の運動に参加しました」

高校では理系コースに在籍していたが、ひとつの分野にとらわれない横断的なやり方を身に付けたいと考え、大学はアメリカ・ウェズリアン大学に進んだ。授業は少人数で、図書館が充実し、多様性が尊重されていたものの、大学の外に一歩踏み出したとき、斎藤さんが直面することになったのは貧困の問題だった。

「大学の近くでスープキッチン(炊き出し)のボランティアにすることになったのですが、サービスを受けにくる人たちは私のことをブルース・リーとはやし立てる。いまだにアジア人をみるとブルース・リーだといってからかうんですよね。そうした人たちの多くは、肥満で杖をついていたり、歯がなかったり。本当に生活に困窮する人たちでした。キャンパスの中では恵まれた優秀な学生たちが、人種、ジェンダー、権利といったリベラルな議論を繰り返していて、アメリカは豊かな国だという印象でしたが、一歩外にでると、それとは違う現実がありました」
ハリケーン・カトリーナのあとには被災地のボランティアにも参加した。
「被害にあった家を建て直すボランティアにも参加しましたが、水害から半年ほど経っても、貧しい人は相変わらず避難所暮らしを強いられている。私たちのような素人が建てる家にその後住み続けるのは果たして大丈夫なのかと不安になりました。

世界一豊かな国・アメリカに、圧倒的な格差がある。現実の社会問題に直面する中で、資本主義や経済格差、搾取といった問題を考えていた思想家のカール・マルクスに熱中していきました」

(写真提供:Ev on Unsplash)

(写真提供:Ev on Unsplash

世界を多角的に見る

アメリカ留学の経験を機に斎藤さんは一貫して、多角的にものごとを見ていくことの重要性に気づいたと話す。理系コースから哲学の道へ進み、横断的に学ぶ。東京で育ちながらも、アメリカやドイツに出て、外から日本を見る。社会主義のフィルターを通して、資本主義に目を向ける。多角的にものごとを見ることで、凝り固まった価値観とは違う新たな発想が芽生えてくるという。

大学院でドイツに進学すると、経済成長に抵抗するようなヨーロッパの文化的遺産や制度を体感し、多角的に日本を見るようになった。

「ドイツのベルリンでは、日曜日は全てのお店が閉まっています。電車も遅れるし、社会全体が圧倒的にみんな"適当"なんです。学部時代を一年すごしたフランスは週35時間労働でしたし。けれども、社会は問題なく回っていて、余裕があるわけですよね。ヨーロッパの人にメールを送ると『いまバカンスだから、2週間返事ができません』と自動返信がきます。
そうした社会を知ると、日本でコンビニがどこでも24時間開いていて年中無休ということの異常さに気がつきます。電車が数分遅れたら駅員に怒鳴り込んでいる人がいるような社会のあり方は不健全ですよね」

(写真提供:五十嵐 和博)

(写真提供:五十嵐 和博)

現代社会では、問題が山積みだけれども、斎藤さんは、悲観していない。10年もあれば、社会は大きく変わっていくと信じているからだ。たとえば、ベルリン留学中には東日本大震災が発生したが、大規模な反原発デモを見た。アメリカの学部時代の最後にはリーマン・ショックに直面したが、若い世代の運動がそこを起点に始まった。

「アメリカのオキュパイ運動(アメリカの若者を中心とした反格差運動、反グローバリズム運動)は2011年頃に出てきて、今日までの10年間で、ポスト資本主義やマルクスをめぐる議論は前進し、社会運動も相当出てきました。小さな動きから始まっても、組織化が進んでいけば、世界は変わっていきます」

スペイン・バルセロナでは、住居は安価なものや公営を増やす、街の自動車の数そのものを減らす、といった議論があるという。「スーパーブロック」と呼ばれるエリアでは、自動車が入れなかったり、徐行運転が必要だったりする。新しい技術は何も必要ない。「進入禁止」と標識さえ変えれば、経済成長しなくても、まちのあり方や人々の余暇の過ごし方がすぐに変わる。

「日本で将来のビジョンを描くとき、スマートシティがいま人気です。しかし、それではいつまでも大量の資源やエネルギーを使うことになり、私たちはまた猛烈に働かなければいけない。言ってみれば、いままで通りの効率化や経済成長の延長でしかないわけです。私はこれを『想像力の貧困』と呼んでいます。シリコンバレー的なものの最先端を夢見るのもいいですが、もっと別の意味でのクリエイティブな将来の社会を思い描く必要があります。私たちのウェル・ビーイングに、経済成長は必ずしも要らないということに気が付くべきなのです」

人新世、マルクス、社会主義、コモン、脱成長コミュニズム━━。理想郷のようにも思えるが、私たちの小さな実践そのものが10年後、20年後の社会を変えていくのかもしれない。「特に、若い世代ほど既存のシステムに飲み込まれていない」と話す斎藤さんは、私たち一人ひとりがそれぞれのフィールドの最先端に立っていると言う。

「社会主義というと、労働者たちが立ち上がって国会議事堂を乗っ取って社会主義政権を打ち立てるようなイメージかもしれませんが、コモン型社会を打ち立てるためにはまったく必要ありません。

農業をする、電気業界で働く、自動車を作る、医療に従事する、教師になる━━。働いている領域や関わっている地域のプロジェクトなどで、資本の独占や経済成長主義から脱却して、どうやってコモン型の脱成長社会にしていくかを考えて実践していってほしい。いろいろな場所で民主的・水平的に『コモンの種』が生まれてきて広がっていけば、社会は大きく変わっていくのではないかと期待しています」

斎藤幸平(さいとう こうへい)
1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。
ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx's Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』・堀之内出版)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。同書は世界六カ国で翻訳刊行されている。
日本国内では、晩期マルクスをめぐる研究に対して学術振興会賞受賞。新書大賞2021に輝いた『人新世の「資本論」』(集英社新書)は、25万部をこえるベストセラーに。
取材・文:遠藤光太
平成元年生まれ。フリーライター。1児の父。執筆分野は、社会的マイノリティ、子育て、福祉、表現、デザイン、地域、学び、コミュニティ、スポーツ、会計など。Twitterアカウントは @kotart90
編集:Qetic(けてぃっく)
国内外の音楽を始め、映画、アート、ファッション、グルメといったエンタメ・カルチャー情報を日々発信するウェブメディア。メディアとして時代に口髭を生やすことを日々目指し、訪れたユーザーにとって新たな発見や自身の可能性を広げるキッカケ作りの「場」となることを目的に展開。
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Special Issue Vol.05