好きを発信し続ける未来のビジネス

2021.04.08.Thu

2040年、日本をリビルドする

好きを発信し続ける未来のビジネス

情報をシェアすることで、少しずつ社会は変わっていく。新たなビジネスを生み出す起業家自身だけでなく、そのアイディアや価値観を広く伝えるメディアも、未来を創るための大きな役割を果たす。そのことを10代の頃から実践し続けているのが草野美木さんだ。彼女たち若い世代が強い好奇心を世界に発信することで、未来のビジネスが変わる。時代の最先端を牽引するクリエイティブを彼女は作り出している。(取材・文/柴 那典、編集/Qetic)

スタートアップへの好奇心を自ら発信

現在、海外のスタートアップやテック関連のトピックを扱う複合型メディア「Off Topic(オフトピック)」の編集長をつとめる彼女。その活動の原点は高校時代に始めたオフィス訪問インタビューブログだったという。

「最初のスタート地点は、高校生時代にスタートアップに取材をする『ミキレポ』というブログを始めたことです。始めたきっかけは姉(※)が学生のときに起業をしたことで、就職する以外の選択肢があるのに驚いて興味を持ちました。そこから起業家の方にインタビューしてみたいと思うようになりました。最初に行った会社はクックパッドさんだったのですが、オフィスにキッチンがあるのが夢のようだと思って。いろんなIT企業の取材行ったら、どのオフィスも個性があって、そういうところで働いてみたいと思っていました」

(※:アーティスト・ミュージシャンの草野絵美。東京藝大非常勤講師を務めるなど、多岐にわたって活躍)

母(左)、姉・絵美さん(真ん中)と(写真提供:草野美木)

母(左)、姉・絵美さん(真ん中)と(写真提供:草野美木)

ブログ『ミキレポ』でCOOKPADを取材した時の様子(写真提供:草野美木)

ブログ『ミキレポ』でCOOKPADを取材した時の様子(写真提供:草野美木)

大学時代はスタートアップにインターンとして参加し、2017年にベンチャーキャピタルに入社。「Off Topic」の共同運営者である宮武徹郎さんとはそこで出会った。初めは個人のサイドプロジェクトとして、宮武さんとふたりでスタートしたという「Off Topic」。きっかけはふたりに共通するアメリカのスタートアップへの興味・好奇心だった。

「就職したベンチャーキャピタルでは、投資先の支援や新しい投資先を探す業務もやっていました。その頃から海外のスタートアップに興味があって、いろんなトピックをリサーチして記事として発信することがもともと好きだったので、今やっていることは原点に戻ったという感じはします」 

"音声コンテンツ"というトレンドを先取りしたOff Topic

2018年にPodcastとしてスタートした「Off Topic」は徐々にリスナーを増やし、先日開催されたJAPAN PODCAST AWARDS 2020では「Spotify NEXT クリエイター賞」も受賞。現在ではポッドキャストを中心に、ニュースレターや動画などさまざまな形で情報を届けている。当時日本ではあまり馴染みのなかったPodcastにフィーチャーしたことも、やはりアメリカでのトレンドに常日頃から着目していたためだという。

「『Off Topic』を始めた理由は主に二つあります。一つはアメリカのテックニュースがあまり日本に入ってきていないと思ったので、もっとコアな情報や面白いニュースを伝えたい。もう一つはPodcastのような音声コンテンツ市場が盛り上がってきていたので、それを試したいと思ったからです。しかし、最初は知り合いしか聞いてなくて、社内でも何をやっているのかわからないと思われてたと思います。でも、やり続けているうちに少しずついろんな方に聞いていただけるようになっていった」

(写真提供:Austin Distel on Unsplash)

(写真提供:Austin Distel on Unsplash

先日法人化したことで、一層続けていく自信がついたと話す草野さん。これほど「Off Topic」が注目を浴びるのは、彼女たちならではの特色があるからだ。それは普段多くの人が使っているSNSやプラットフォームを中心に、数多くのスタートアップの戦略や価値観を深堀りして伝えていること。日本でも注目度が高まっている新たなデジタル資本NFTや、近年大きな盛り上がりを見せているPodcast、Clubhouse、Spotifyなどのオーディオ市場に関する情報に加え、BLM(Black lives matter)問題のような社会問題に関するトピックを紹介したり、はたまた映画業界で台頭している新興の製作会社A24を掘り下げたりと、取り上げる領域は多種多様だ。

「音楽のトレンドが音楽だけじゃ語りきれないのと同じように、テックのトレンドもテクノロジーだけでは語れない」と草野さんが話すように、テクノロジーやビジネスの領域のトレンドにとどまらず、社会問題やカルチャーの動きと結びつけて語っていくことで、今アメリカで何が流行っているのか、その裏側にどういう潮流があるのかを掴むことができるという点も「Off Topic」の魅力のひとつだろう。

「アメリカで流行っているトレンドのトピックをすぐにリサーチしてまとめて届けるというスピード感は重視しています。あとは、テクノロジーの文脈だけでは語りきれない部分も大事にしています。特にアメリカでは、テックの話題とポップカルチャーや社会問題やZ世代のトレンドが密接につながっている。たとえばメタバースにしても、TikTokのトレンドにしても、若い世代の人の消費行動を見ると、いろんな軸が関連しています。特に今は"クリエイターエコノミー"がこれから成長していくと思うので、そこに注目しています」

「Off Topic」の共同運営者である宮武徹郎さんと(写真提供:草野美木)

「Off Topic」の共同運営者である宮武徹郎さんと(写真提供:草野美木)

クリエイターとして個々が寄り合い、発信する重要性

「クリエイターエコノミー」とは、クリエイターが展開するビジネスや彼らを支援するツールからなる経済圏のことだ。耳慣れない言葉に思う人もいるかもしれないが、ここ最近、次の潮流を示す言葉として大きく取り沙汰されるようになっているキーワードである。YouTuberやTikTokerのような動画クリエイターをはじめ、Podcastを手掛ける音声クリエイター、そのほか、アーティストやインフルエンサー、さらには起業家にアスリートなど、ユニークなコンテンツを仕掛け、注目を集めた若い世代のクリエイターが新たにビジネスを運営し始めるようになってきている。

「新しい起業家はクリエイターだと思っています。YouTubeなどのプラットフォームやSNSが浸透したことでクリエイターの信頼度が上がり、収益化もできるようになって、活躍できる幅が広がっている。それによって、クリエイターの人がビジネスを始める潮流が生まれています。たとえばベンチャーキャピタルにインタビューをする『The Twenty Minute VC』という人気ポッドキャストを運営しているハリー・ステビングスさんは自らファンドを立ち上げた。積み上げてきたものが評価されるようになってきています」

クリエイターが行っていることは単なる自己表現にとどまらない。クリエイターがビジネスを通して社会に変革をもたらす可能性が生まれているのである。

(写真提供: Jenny Ueberberg on Unsplash)

(写真提供: Jenny Ueberberg on Unsplash)

そんな現在から10年後や20年後、どんな未来が訪れると思うか。そんな問いを草野さんに投げかけたところ、「企業よりも個人により信頼を置く時代になっていくと思います」と応えてくれた。

「今は、個人が発信しやすい時代になったと思うんです。それに、これまでニッチだったものが、刺さる人にそれを届けられるようになった。SNSもそうですし、TikTokのアルゴリズムで好きなコンテンツを届けることのできる仕組みも生まれています。そこから、みんな同じじゃイヤだという風潮もあって、クリエイターが作った新しいブランドがどんどん生まれている。この先はマスなものより尖ったものが沢山生まれる世の中になるんじゃないかと思いますし、自己表現する人がもっと増えていくんじゃないかと思います」

そんな未来を見据えて、今、何をすべきだろうか。「今の時代は誰でも気軽に発信できるようになってきている」、そんな時代に必要な心得とは。草野さんは「発信をすること」と「コミュニティを作ること」の重要性を語る。

「私たちがPodcastを始めた理由も気軽に始められたからなんです。そして、それを続けていくとコミュニティが生まれる。それがすごく大きいと思います。最近ではスタートアップでも、プロダクトよりも先にコミュニティを作るという会社もいます。まずコミュニティを作って、その中で浮かび上がってきたニーズを見つける。『コミュニティ・ファースト』の考え方を持ったスタートアップが増えています。どんな人でも、まずは自分の好きなことを発信していくのがいいんじゃないかと思います」

好きなことを発信し続けることで、少しずつ自分自身が変わっていく。周りに仲間が増え、個人としての信頼が積み重なっていく。草野さんが高校時代から辿ってきた足跡自体が、その証明でもある。

話を聞いていて印象的だったのは「インターネットが好き」「スタートアップが好き」と、まっすぐに言っていたこと。好きなものを掘り下げていく好奇心と物怖じしない行動力が、草野さんの発信力の源になっている。

おそらく10年後、20年後はきっと「クリエイターエコノミー」が当たり前になっているだろう。草野さんもその主役の一人となっているかもしれない。

(写真提供:草野美木)

(写真提供:草野美木)

草野 美木
東京都出身。慶應義塾大学在学中にスタートアップに興味を持ち、オフィス訪問ブログをスタート。その後、新卒でベンチャーキャピタルに入社し、投資活動に携わる。現在、米国スタートアップやビジネストレンドを発信するメディア『Off Topic』を運営。またD2Cやリテールテックを発信するメディア『CEREAL TALK』もスタートする。
取材・文:柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。
編集:Qetic(けてぃっく)
国内外の音楽を始め、映画、アート、ファッション、グルメといったエンタメ・カルチャー情報を日々発信するウェブメディア。メディアとして時代に口髭を生やすことを日々目指し、訪れたユーザーにとって新たな発見や自身の可能性を広げるキッカケ作りの「場」となることを目的に展開。
https://qetic.jp/(外部サイト)

Special Issue Vol.05