2020.01.14.Tue

「100人カイギsummit2019」レポート

コミュニティの終わりから、未来を考える

11月3日、「100人カイギ」の全国カンファレンス「100人カイギsummit2019」が虎ノ門ヒルズにて行われ、Future Questionsはセッション「コミュニティの終わりを再考する」にメディアスポンサーとして協力した。

「100人カイギ」とは、地域ごとに行われるコミニティ・イベントで、2016年のスタート以来、開催都市は年々増えており、2019年は38都市、累計9000人の参加者にまで広がっている。そのルールは「ゲストが累計100人に達したら解散する」というちょっと変わった内容である。

「コミュニティはそれぞれの地域で自走すべきものである」という哲学に裏打ちされているのであろうか。明確な答えはないが、ここにはコミュニティの「終わり」「死」が設計としてあらかじめ組み込まれている。では、なぜ「終わり」や「死」は必要なのだろうか?

思い出すのはスティーブ・ジョブズの言葉だ。「死は人類の最良の発明であり、死によって新しい者に道は開かれる」と。イノベーションのためには、死が必要であるという考えに近いのかもしれない。

また「終わりがあるからこそ、始めることができる」とも言える。

FQが探求している「未来」も、死とそれによるイノベーションがなければ、拓(ひら)かれるものではないと考えていたりもする。

そうした前提を元に、クロストークでは識者が熱い議論を交わした。

気鋭の論者が「終わり」について対論

登壇したのは、入山章栄さん(早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール)、小竹貴子さん(クックパッド株式会社)、山田博さん(株式会社森へ)、そしてモデレーターは小林泰紘さん(株式会社BIOTOPE)。

小林さん、小竹さん

小林:「終わりがあるからこそ、生まれていくものがあるのではないか」。そんな問いから、このセッションは始めたいと思います。クックパッドは定款に、ミッションを達成したら自分たちは解散するという項目を追加されたそうですね。

小竹:2018年、定款の始めに「ミッション」の項目を設け、「世界中のすべての家庭において、毎日の料理が楽しみになった時、当会社は解散する」という「終わり」についての定義を入れました。もちろん法的に会社を終わらせる手続きは別に必要なんですが。だから、株主に対して、社員に対して、メディアに対して、とても説明は大変でした。ただこれをきっかけに、多くの人が本気でミッションにコミットしているという対話ができたことは、結果としてよかったと思っています。


小林:想像するだけでハードですね。終わりを定義することの狙いや意味合いは?

小竹:自分たちの「存在意義」を再確認した形です。私たちはなんのために存在するのか。クックパッドは、生活者の献立選びを助けているレシピサイトだけだと思われがちですが、その先にある「毎日の料理を楽しくする」ことをめざすのだと定義しました。

小林:自分たちのいなくてもいい世界を作ろう、というのは変革型企業のミッションとして素晴らしいですね。存在目的がより明確になり求心力が高まることで、結果として新陳代謝もあがっていくのでしょうね。山田さんの会社「森へ」は、森のリトリート事業を手がけられています。過去に数時間だけ「解散」したことがあるそうですね。

山田:2011年に創業したんですが、2014年くらいに何人かが「会社がつまらない」と言いだして。合宿でじゃあ会社を止めようということになったんですが、自分は会社って形態には関係なく森のリトリート事業はやっていくけどねと話したら、私も、私もやるよ、と口々にみんな言い出して(笑)。で、社長必要だよね、と言ったら結局誰もやりたいという人がいなくて、僕がまたやることになった、という(笑)。

入山:めちゃめちゃ面白い話ですね。

山田さん、入山さん

山田:「森のように経営してみよう」ってことで始まったんですけど、結局会社とか組織って、誰かがリーダーだってことになると、無意識にそこに合わせちゃうものなんですよね。その方が簡単なんですよ。だからみんな「私という人間が作った会社という器がイヤだったんだな」ということがわかって。

入山:俗に言う、ティール組織ですかね。

山田:よくティールみたいとか言われますけど。でも人間ってそうじゃないですか。始めたら終わりに向かい始める。

入山:経営学のある研究によると、起業が盛り上がる国とそうじゃない国の違いの一つは、「いかに会社を終わらせる仕組みがあるか」どうかなんです。すなわち「倒産法」がしっかり整備されているかどうか。一方で、日本は倒産法は整備はされている方なんですが、僕が不十分だと思うのは「キャリアの倒産」の方です。日本だと「失敗=落伍者」みたいなイメージがまだあるので、キャリアをうまく終わらせる方法が浸透していない。会社をたたむとあの人は失敗したというレッテルがつくので、起業がなかなか増えないんだと思います。

「終わり」から想像する、会社や社会の未来

会社という仕組みは必ず固定化・安定化を志向するものだ。未来を創造するには、そこにいかに従来とは違ったルールや価値観を取り込んでいくかが大切だろう。それがイノベーションの源泉になる。

そこから話題は「働き方」の未来にまで発展していく。

入山さん

入山:これからは、どの企業に属しているかとかは関係なく、仕事はプロジェクトベースになっていくと思います。だからプロジェクトが終わったら、チームは解散してもいい。でも、株式会社ってのは株主が有限責任なので資本主義を回していくにはとてもいい仕組みなんですけど、株価を上げ続けなければいけないので終わらせることができない。いわゆる「ゴーイングコンサーン」というやつですね。そこにプロジェクト型で働く未来との乖離があると思っています。

小林:例えば生命における死とは「連続性の喪失」、つまり環境変化への適応を意味します。外部の環境の変化に対して個体としては追いつけない。だから個体としては終わるけど、種としては残る。そのために死がある。

小竹さん
山田さん

山田:人間だけできない、死にたくないからあがく。森も動物も、食われるとか、死ぬ瞬間にはあがきがないですよね。組織の中に「死」を内包した方がいいんだけど、人間だけは気持ちが追いつかない。

小竹:終末医療の人に聞いたのですが、人間も死を受け入れた時には穏やかになるといいますね。

小林:細胞レベルで考えると、個体をより良い状態に保つために「アポトーシス」という個体死がプログラム化されています。会社組織における新陳代謝、自分たちが生まれ変わっていくための仕組みをどう作るかってことだと思います。その時に、やっぱり最後は、一人一人が"終わらせるのが怖い"をいかに勇気を持って手放すかなのかもしれないですね。

山田:森に目を向けると、多くの人が倒れた木に目がいく。倒れた木が朽ちて、菌類が分解して、新しい芽が出てくる。死というものには明確に線が引けなくて、期間なんですよね。

小林:面白い。組織を生命や生態系として捉えたときに、菌類的な生と死の間を媒介する存在はとても大事になると思っています。組織や経営における、生と死の間ってどういう形態なんでしょうか?

入山:近い将来、株式会社という形態はなくなっていく可能性さえあると私は思っています。クラウドファンディングやICOのような資金調達の仕方も増えていますし、自律分散型の制度がどう広まっていくか。個人的には、カギはブロックチェーンの浸透だと思います。価値観ベースで人がつながっていく、そんな世界がこれからやってくるかもしれない。

未来をどうすれば想像・創造できるのだろうか?

未来とは、「何かを終わらせること」なのかもしれないし、そして「何が終わらないことなのかを知ること」も重要なのかもしれない。

そんなことを考えたこのセッションはあっという間に1時間がすぎた。

これから未来に向かって、10年、20年、30年とさまざまな技術革新やイノベーションが起きていくだろうし、当然だが失敗もたくさんあるはずだ。そのときに「終わり」や「死」を私たちは定義できているだろうか、そして受容できているのだろうか?

会場の様子

Vol.01 Special Issue Vol.01