誰もがお金をデザインできる世界

2022.08.29.Mon

デジタル通貨でお金を見える化

誰もがお金をデザインできる世界

スペシャルイシュー「2040年、欲しいものをどう手に入れるか?」では、デジタル通貨の研究者・斉藤賢爾さんや、ブロックチェーンに注目して活動する藤本真衣さんに話を聞いた。お金がなくなる未来、ブロックチェーンでお金の可能性が広がる未来などを考察したが、今回は、お金のプロジェクトの実践者である藤井靖史(44)さんにお金そのものをデザインしアップデートできる未来を語ってもらった。

地域でお金を対流させる

地域のデジタル化に力を入れ、福島県・会津地域を中心に、イベント内通貨「萌貨」や大学内通貨「白虎」、地域通貨「Byacco/白虎」など、ブロックチェーンを活用したデジタル通貨の導入に力を入れてきた藤井さん。地域からイノベーションを起こすことを目的に活動する藤井さんが、なぜデジタル通貨に注目してきたのか。

理由の一つは、「お金の流れが見える化」されることに価値があるからだという。流れが見えると「お金が生み出されるエンジン」がわかり、さらに「お金をデザインできるようになる」と藤井さんは話す。

「お金が生み出されるエンジンについて、お茶文化を例にとって考えてみます。お茶文化そのものにお金が払われるわけではありませんが、文化が根付くと、そこに関わるものを販売している和菓子屋さんや着物屋さん、お茶屋さんなどが儲かりますよね。つまり、お茶文化が経済を回すエンジンになっているということです。この流れが見えないと、不況になったときに何を守るかを見誤ります。例えば、文化に回すお金は後回しになりがちです。本来はエンジンの方が大事ですが、そこにお金が回らないので、地域のお茶屋さんや和菓子屋さんが潰れてしまう。すると、たとえお茶文化が再興したとしても、必要なものを地域外から買うしかなくなり、お金が外部に流失してしまう。このようなことが、日本全国で起きています」

(提供:adobe stock)

お金を外に流出させるのではなく、コミュニティ圏内で流通させる。そのために流れを捉える必要がある。藤井さんは、この普段は見えていない"流れ"こそが重要であり、それは自然界に元々存在しているものだという。

「例えば、植物に葉脈があるように、人間社会にも流れがあると考えています。植物の場合、きれいな花に目がいきがちですが、本来、花ができるまでの土や日光とともに、葉脈による流れがあることが大事なんです。流れを見えるようにすることは、自然を模倣するような感覚に近いかもしれません」

流れを見えるようにすることが、デジタル技術の一つの価値かもしれない。さらに、データを地域で保持できることもデジタル通貨の価値といえる。藤井さんの関わる会津大学のデジタル地域通貨「白虎」は、食堂や売店での支払い、友人への送金などを可能にし、そのデータも保持していた。

「大学通貨の白虎では、学生にリーチしたい人がいれば広告運用もできます。地域でデータを活用するという発想です。将来的な、自律分散型社会の基盤として、お金の仕組みを地域が運用することが重要だと思います」

「お金を作れる」は大きな発明

お金の仕組みは社会基盤として重要である一方で、あくまで道具であることも藤井さんは指摘する。

「お金がないから食べられなかったり、場合によっては命を落とす人がいますが、あくまでもお金は道具です。同じ道具のハサミに置き換えてみるとハサミがないから生きていけないって、おかしな話ですよね。そういうことをなくしていくのが、テクノロジーの醍醐味だと考えています」

道具であるはずのお金が、それがないと生きられない。これが現代社会に起きているエラーだと藤井さんは話す。お金の流れを可視化することは、「道具としてのお金」をアップデートして、より暮らしやすい社会にもつながるという。

「流れが見えると、その流れをデザインできるようになるので、お金についても自分たちでデザインできるようになります。例えばベーシックインカムで、定期的にみんなにお金を10万円あげます、というのは乱暴かもしれません。そこにはおそらくフィードバック機能のようなもうひと工夫が必要です。個人の状況との連動は、デジタル通貨になると実現しやすくなります。また、デジタル通貨を使えば、ABテストもしやすくなり、効果あるものにどんどん洗練することができます。単純に『10万円渡します、以上』だと、ABテストもできず制度が固定化されてしまいますが、見える化することで、人間の知恵が働くようになることが大事だと思います」

(提供:adobe stock)

ブロックチェーンを用いたデジタル通貨は、「プログラミングできるお金」とも呼ばれ、機能の一部を自動化することも可能だ。

例えば、開発途上国で、子どもたちに学校に通ってもらうために各家庭にお金を支給するような政策が取られたとする。その時に、お金をもらいつつ、子どもたちが働けばさらにお金が手に入るので、学校には行かせずに働かせてしまう家庭も出てくる。それらを防ぐため、授業に出席したり、単位を取ったりした時にお金が支払われる仕組みを作ればいいが、アナログの通貨で手続きベースで支給すると、煩雑で不正の温床にもなる。こういった時に、デジタル通貨を用いてスマートコントラクトを導入すれば実現できる。

これがプログラミングできるお金の可能性だ。社会背景や状況によってデザインできることが、未来のお金のスタンダードかもしれない。

「何が正解かは、おそらく分からないと思うんですね。それは多分、時代によって違うと思います。なので、その時代の人が考えてデザインすればいい。デザインして運用できるというところは、テクノロジーである程度できると思います。もしかしたらですが、最終的にはお金という概念じゃなくなる可能性もあるとは思っています。お金がなくなる日みたいものもあるんじゃないかなと」

(提供:adobe stock)

道具をうまくデザインして、自然との調和を

お金という道具を自らデザインすることは、自分たちの未来を描くこと。藤井さんの願いは道具をうまく使って、文化と自然が調和した未来に向かうことだという。

「我々世代が考えた『この未来が素晴らしい』を将来世代に押し付けるのではなく、その世代が動きやすい下地づくりがすごく大事だと思っています。今は、国といわれても全体像がよく見えない。自分たちが地域や社会に関わっている実感も少なく、手元にデータが少ない。最初の一歩は、データを集めたりテクノロジーを道具としてうまく使うこと。そして、その向かう先は自然の模倣にならざるを得ないのではと仮説を立てています。植物が外部環境に合わせて変化しているように、人もしたたかに変化し続ける下地を目指したい」

確実な未来は誰も予測できない。その時代に生きる人たちが、その時々で必要なことを考え、仕組みをアップデートし続けることが重要だ。それはお金も例外ではない。既存の仕組みは変えられないと思考停止するのではなく、更新し続けるものにする。そのために、流れを可視化すること、いつでもデザインできるようにする基盤を整えることが、現代社会に生きる我々がすべきことかもしれない。

藤井靖史(ふじい・やすし)
藤井靖史(ふじい・やすし)
1977年京都市生まれ。経営学修士。仙台にて株式会社ピンポンプロダクションズを設立して代表取締役に就任。2012年にKLab株式会社とのM&Aを行い、イグジット。会津大学産学イノベーションセンター准教授を経て、現在は西会津町CDO(最高デジタル責任者)、柳津町CDO、ばんだい振興公社専務理事、川内村DX推進アドバイザーなど複数自治体でのデジタル化に取り組んでいる。その他、Code for Japanフェロー、会津の暮らし研究室取締役、CODE for AIZUファウンダー、デジタル庁オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザーなどの側面がある。
編集・文:株式会社ドットライフ

Special Issue Vol.07