お金に縛られない。欲しいものはつくる未来

2022.08.26.Fri

2040年、欲しいものをどう手に入れるか?

お金に縛られない。欲しいものはつくる未来

「2049年にはお金という概念が消失する」と大胆な未来を予測するのが、早稲田大学大学院経営管理研究科教授の斉藤賢爾(57)さんだ。お金があることは、むしろ自由を制限すると警鐘を鳴らしている。SFをこよなく愛し、インターネットと社会を専門に研究する斉藤さんが考える、2040年代の社会とは。

お金が自由を制限する

未来の社会でも、人は今と同じように、欲しいものをお金を払って手に入れ続けるのだろうか。斉藤さんは、未来ではお金の概念がなくなり、欲しいものを自分で作る社会が到来すると考えている。

テクノロジーの発達、とりわけ自動化技術が進むことで、エネルギーや食料の生産コストはゼロに近づいていく。すると、生きるために働いたりお金を稼いだりする必要がなくなり、お金が消滅するという考えだ。

むしろ、「お金があると不都合が生まれる」とまで言い切る。

「お金がないと生きるために必要なものが手に入らない現代社会の仕組み自体が問題だと考えています。自動化の進展により労働の機会が失われていくことに対して、ベーシックインカムのようにお金を補う議論も出ていますが、それは生活にお金が必要という前提に立つ考え方です。むしろ、お金が必要という仕組み自体を見直すべきではないでしょうか。そうでないと、お金を持つ量によって自由が制限され続けることになります。それは奴隷であるのと同じです」

この考えの前提には、エネルギーの生産コストがゼロになるという予測がある。技術的な障壁を取り払う必要があるものの、無料で注がれる太陽からの光や熱を人間が使える形のエネルギーに変換し、その設備のメンテナンスも自動化することで、人間の活動基盤を無料化できるという考え方だ。

「地球の活動は太陽からの光や月の潮汐力などのエネルギーで成り立っているわけです。その巨大なエネルギーを利用できるように技術や制度を形成し、化石燃料や核燃料に頼るのではなく、天体からいま受け取っているエネルギーのみで社会活動が成り立つ仕組みを考えていけばよいのではないでしょうか。未来から振り返ったら、今は太陽光を主としたエネルギー循環に移行している過渡期。予測というよりは、やらなきゃいけないこととして捉えています」

(提供:adobe stock)

欲しいものは自分で作る時代に

人間に必要なものの生産が自動化された未来では、お金は消滅しているかもしれない。その社会では、人々は欲しいものをどうやって手に入れるのだろうか。その答えの一つは「自分で作る」ことだという。

「好きなもの、欲しいものがあるなら、なんで自分で作らないのか、という話ですよね。実際に、いろんなものを趣味で作ることはあるわけです。私が想像する自動化された未来においては、作りたいものがあれば、そのための工場すら自分で作れるようになると考えています。あとは、好きで作っている人からわけてもらうという考え方もあります。エネルギーを社会全体でどう分配して使うかは考える必要があると思いますが、人は他人を使役するためにお金を稼ぐ、すなわち人に使役される必要はなく、好きなことをやる様になると考えています」

斉藤さんの考えではこれまでの社会は自動化の水準が低く、何かを作るためには人を使役したり支配する必要があったため、その道具としてお金という仕組みが生まれたのだという。

「人間はもともと、いろんなことをやりたがってしまう動物なんだと思います。ただ、何かをやりたいと思ったときに、自分ひとりでは実現できないことも多い。だから分業して誰かにやってもらう方法を創り上げて来たわけですね。その点だけを見たときに、誰かに何かをお願いして、対価としてお金を支払うのは、優れたシステムだと思う人がいても不思議ではないでしょう。ですが、私の中では、資本・お金は結局のところ人を動かすための道具だと捉えています。自然はお金を受け取らないからです」

現在では、オープンソースソフトウェアの活用や3Dプリンタの普及などによって、モノづくりのコストが下がり、個人で取り組める幅が大きくなっている。自動化の技術の発展はその流れを後押しし、欲しいものを得る、やりたいことを実現するために、大人数の力やお金の必要性をなくし、「自分で作る」という選択肢をさらに広げる。そして、そもそも何かを手に入れたいという欲求自体が変化すると斉藤さんは指摘する。

「例えば、私は車を運転する免許を持っていません。どうせ自動運転になると思っていたからだと最近は冗談で言っていますが、本当に将来は自動運転が主流になりつつあります。そうなると、自分で車を運転するのは特殊なことになってきます。運転が好きな人は、公道ではなく、安全なところで趣味として運転するようになると思います。それと呼応しているかのように、近年は若者の車離れが取り沙汰されています。つまり、自分が置かれている状況やどんな情報に触れているかで、人の欲求は変化しているのです」

(提供:adobe stock)

現代は貨幣経済時代の末期

斉藤さんがお金についての研究を始めたのは、2000年。当時はエンジニアの仕事の傍ら、慶應義塾大学SFCで研究を始めた。お金についての問題意識は、幼少期から持っていたという。

「初めてお金を使ったときから違和感を持っていました。小学1年生の時に、母からお小遣いをもらって本屋さんで雑誌を買ったときに、これは何なんだと思ったのを覚えています。金属板や紙切れに過ぎない"お金"を渡すと、自分にとってはより価値のある雑誌が得られる。不思議でならないわけです。そんな思いを持ち続けていて、『インターネットの父』と呼ばれる村井純教授の研究室に入る時に、お金を研究テーマにしました」

研究を始めた当初は、「お金がない未来」というよりは「新しいお金の仕組み」の設計がテーマだったが、それでも社会や周囲の反応は冷ややかで、反発も大きかった。それが最近では注目が集まるようになったという。仮想通貨やNFTなど、テクノロジーの発展の影響もあるかもしれない。特にこの数年は「Play to earn」や「Move to earn」など、何かをしながら仮想通貨で稼ぐ「X to earn」が台頭している。ただし、斉藤さんはこれらの動きを「貨幣経済の末期的な動き」と評する。

「私たちが当たり前だと思っている貨幣経済の登場は、比較的最近のことです。特に、中央銀行が通貨を発行する制度ができたのはここ350年くらいの話。この仕組みの中で、お金を持つ人ほど力を持てるような動きや、お金を持っている人にお金が集まる動きが1970年代以降で顕著になっていて、お金を使って世の中を牛耳るみたいなことが進んでいるのが今の時代だと捉えています。お金がない人にとっては特に世知辛い世の中で、貨幣経済という仕組みの末期症状、いわゆる制度疲労が起きている状態だと思います。ベーシックインカムのような考えは、この制度を維持するための発想でしょう。それは、この制度を維持しないと生きられない、人間は消費者としてしか生きられないという思い込みからきています。でも10万年前は、誰も消費者ではありませんでしたよね。消費するためにはお金が必要で、今後自動化により労働がなくなるからお金を配らなければならないという発想自体がずれていると思います」

(提供:adobe stock)

「X to earnも、貨幣経済の末期だから起きていることだと思います。お金を稼がなきゃいけないと思い込んでいる。自由になるためにはお金がどうしても必要だと考えている。だから、動いているとき、遊んでいるとき、寝ているときすら労働に変える。そんなに労働が好きになったのか、人間。本当にそれでいいのか、個人的には疑問です」

一方で、現在は価値観の変化が起きる直前だともいう。

「今、多くの人々は、お金というのは自由の象徴であり、お金を手に入れることで自由になるという考えを持っています。しかし、裏を返せば、お金が存在するから不自由だと気づきます。なぜなら、お金があると自由になれるということは、お金がないと不自由なんです。お金という存在によって、人々は不自由にされている。それに気づいていない状態だと、仕事ではなく遊びながらお金を得るのだから、Play to earn は自由だと思ってしまう。しかし、働きに出ずにゲームをプレイしたりその内容を配信するだけで稼げるようになるので楽かというと、だんだん遊びだったはずのことが義務になり、辛い作業になっていくと思います。」

お金で人が死なない社会を作りたい

一貫して、お金という仕組みは社会の前提ではないと訴える斉藤さん。そこには「お金で人が死ぬ必要はない」という強い思いがある。

「子ども向けの本を出す出版社から『お金で死なないための本』という本が出ていますが、こういう知識は大事だと思います。実際、お金で死ぬ必要はありません。お金で困ったとき、適切なサポートを得るにはどうすればよいかを知ることが大事です。一人ひとりの意識と言ってしまえばそれまでですが、周囲の人も含めてそういう知識や価値観を持った方がよいと思います。現代は貨幣経済の中で、お金がないと生きていけない側面はありますが、実際に労働ができない状態になった人が、適切にサポートを得られるようにする。直接的にできるのはそういうことですが、少し長い目で見ると教育はすごく大事だと思います」

世の中には、生活支援を受ける人に対して少なからず「ずるい」という感情を持ってしまう人がいることに対して、価値観を変えていくために教育が重要だと話す。近年、金融教育が高校の授業で行われるようになったが、金融よりもお金の教育が重要だと斉藤さんは考えている。

「危惧してるのは、学校でお金の教育をするときに、金融の話が入ることですね。これからの未来を考えると、投資のことを教えたりするのは、ほぼ無意味だと思っていて。クレジットカードやリボルビング払いみたいな現代の実生活に関わる話は必要だと思いますが、金融がどういう仕組みになっていて、どうなると利益が出るかみたいな話は生徒たちの実生活からは遠いですし、私はお金の世界が終わると思っているわけですから、そうした知識は長くは役に立たないと考えています。むしろ即効性のある話として、高校生にお金で死なないための教育を提供する必要があると思います。」

教育という側面では、斉藤さん自身、子ども向けに、夏休みなどの休みの期間を利用して「学び」と「遊び」を体験できるキャンプを仲間らと2011年から行っている。現代の常識にとらわれず、自由に発想する力を子どもたちに身に着けてもらいたいという思いがある。コロナ禍においては、VRを用いたオンラインキャンプを実施。これが、物理的なキャンプ以上に子どもたちの創造性を養っているという。

「オンライン・VRでのキャンプは、物理的なキャンプと違って安全面を考慮する必要がそれほどないので、子どもたちが自由に発想して、世界をつくることができます。私たち大人は、子どもたちが想像したものをVR 空間に実装するための技術的なサポートに徹します」

こどもたちがMinecraft で創った建造物をVRChat ワールドに設置した様子

こういった子ども向けの教育や、自分自身が自由に生きることが、「お金がない未来」に対して自身のできる行動と斉藤さんは位置づけている。

一人ひとりの意識が変わり、テクノロジーが発達した社会において、人類はお金を使い続けているのか。斉藤さんの描くように、お金は存在せず、欲しいものを手に入れる未来が訪れるのか。

斉藤賢爾
斉藤賢爾(さいとう・けんじ)
早稲田大学大学院経営管理研究科教授。1964年、京都市生まれ。大学卒業後、日立ソフト(現・日立ソリューションズ)入社。1993年、アメリカ・コーネル大学大学院にて工学修士号(コンピュータサイエンス)取得。外資系ソフトウェア企業などに勤務した後、2000年より慶應義塾大学環境情報学部村井純研究室に在籍。2006年、同大学院にてデジタル通貨の研究で博士号(政策・メディア)取得。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任講師などを経て現職。長期にわたりP2Pおよびデジタル通貨の研究に従事。著書に『インターネットで変わる「お金」』(幻冬舎ルネッサンス新書)、『これでわかったビットコイン』(太郎次郎社エディタス)、『不思議の国のNEO』(太郎次郎社エディタス)など。
編集・文:株式会社ドットライフ

Special Issue Vol.07