公共が融解した先に待つ、新しいコミュニティ

2021.06.25.Fri

個人と社会が共創する未来

公共が融解した先に待つ、新しいコミュニティ

霞が関からイノベーションが起きようとしている。「官僚と美大生」の相反するように見える組み合わせから新たな価値を生み出したり、世代や業種などの垣根を越えた "全世代型"のプロジェクトを考えたり。2050年の未来を積極的に描いている。その中心で活躍する官僚の水口怜斉(みずぐちりょうせい、26歳)さんに、これまでの取り組みや、どんな社会を創りたいのかなどを聞いた。(取材・文/FQ編集部 石川一樹)

10年後を見据えた「行政とデザインの共創」

「行政という遠い存在を、国民や企業にとって身近なものにしていきたいんです。だから『行政と社会との接点づくり』をやっています」

こう話す水口さんは、2017年に経済産業省に入省した。官民でスタートアップ企業を支援する「J-Startup」の運営や、2025年開催の大阪・関西万博の業務に携わった後、今年3月から内閣府へ出向。おもに大学改革に関する業務を行っている。

「いま政府で大学ファンド※1というものを立ち上げようとしています。10兆円ほどの資金を調達し、その運用益を大学に配分していくことで、世界トップレベルの大学と戦えるような教育や研究の支援をしていこうというプロジェクトです」※1 大学の研究環境の整備を進めるため、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)において、政府出資や長期借入等により調達した資金を運用するとともに、大学に対し、国際的に卓越した科学技術に関する研究環境の整備充実並びに優秀な若年 の研究者の育成及び活躍の推進に資する活動に関する助成を行う業務(助成業務)を行うための措置。

国際競争力の強化を目指す大学ファンドは2023年度から支援を開始する予定で、ファンドの運用益が加われば、大学の研究資金等受入額は、現在より大幅に増える可能性もある。

水口さんは他にも、若者が科学技術政策を議論するプラットフォーム「官民若手イノベーション論ELPIS 」を運営したり、グラフィックデザインなど美大生が持っている技能と官僚の経験を組み合わせる「美大生 × 官僚 共創デザインラボ」に携わったりしている。

「美大生×官僚 共創デザインラボ」は2020年7月から、美大生を中心とした学生と官僚有志による、デザインコミュニティーとしてスタートした。公式のnoteでは「政策やコミュニケーションなど官僚が抱える様々な課題に、学生視点・デザイン視点でアイディアを出していくことで、新しい可能性を探っていきます」とコンセプトが打ち出されている。水口さんはなぜ、官僚と美大生のコミュニティをスタートさせようと思ったのか。

「美大生×官僚 共創デザインラボ」で制作したプロジェクトの一部。空モビリティの印象を変えることを目的としたアイデア(提供:©美大生×官僚 共創デザインラボ)

「多摩美術大学の先生の知り合いで、アメリカの美大に通っていた子がいるんです。その子が『アメリカでは行政と美大の距離がすごく近い。協力して課題を解決している。日本の美大はこのままでいいのだろうか』という話をしてくれたんです。それが最初のきっかけです」

学生の問題意識を受けて、共創デザインラボは立ち上がった。まず初年度は官僚と美大生でチームを組み、アイデアを出し合うワークショップを行った。そのテーマに「官民での新たな共創を促す方法」や「官僚の堅いイメージを変える発信をデザインする」というものがあった。官僚のイメージをリデザインすることをテーマにした狙いについて、水口さんはこう語る。

「将来的には、行政の中にもっとデザイナーさんが入ったらいいと思っているんです。普段仕事をする中で、そういう職能を持った人がいてくれたらベストだと感じます。いろんな価値観をもった人が行政側にいてくれたら、提供するサービスも社会の実態に合ったものになるんじゃないかと思っています」

デザインと行政の関係性を深めることで、行政が一般市民にとって身近になっていく。行政の施策やサービスへの関心も自然と高まっていく。そんな将来を水口さんは見据えている。

「美大生×官僚 共創デザインラボ」で意見を出し合う参加者たち(提供:©美大生×官僚 共創デザインラボ)

「美大生×官僚 共創デザインラボ」で意見を出し合う参加者たち(提供:©美大生×官僚 共創デザインラボ)

「1年では意味がなく、10年後とか20年後に向けた種まきという意識を持って、長く続けることで、プロジェクトの層がどんどん厚くなっていくと思っています」

公共が融解する未来

前出の「ELPIS」は、20~30代を中心とした研究者やスタートアップ創業者、企業の新規事業の担当者らイノベーションの現場にいる人と、経産省など官庁の若手職員で集まり、未来の科学技術政策について議論するプラットフォームだ。2019年10月に発足し、合計105名が半年にわたって「2050年の未来」に向けたディスカッションを行った。

ディスカッションを経て、ELPISでは「企業・大学・官庁の若手が描く 未来のたたき台」(経済産業省サイト)と題した資料を発表。新たに「若者省」を設置することや、経済大国と持続可能な社会を両立するためのアイデアなどが出された。全世代の力を結集させることを重要な柱のひとつとしている。

「ELPIS」でのディスカッションの様子(提供:官民若手イノベーション論ELPIS)

「ELPIS」でのディスカッションの様子(提供:官民若手イノベーション論ELPIS)

水口さんがこれまで推し進めてきたプロジェクトは、一般的な形式とは違い、異なるものの掛け合わせであることが多い。その意図について聞いてみた。

「人口減少や気候変動など、数十年前と比較して多様になった社会課題を限られたプレイヤーや行政だけで解決することが果たして現実的なのか?と思っているところがあるんですよね。だからこそ、行政と民間で一緒に解決していけるような、コラボレーションのきっかけづくりみたいなものをやったほうがいいのかなと思っているんです」

ハッシュタグ型コミュニティが社会を変える

行政と民間がコラボレーションするだけではなく、その境界がわからなくなるほどに「融解したらいい」と水口さんは語る。公共が融解した先に待つ未来とは、どのようなものなのか。

ELPISには「未来のコミュニティのあり方が、組織に紐付いた肩書を示すフォルダ型から、SNSのハッシュタグのようにプロジェクト・関心ベースで広がり、個人の肩書きを形成するハッシュタグ型に移り変わっていくだろう」と書かれている。

(提供:官民若手イノベーション論ELPIS)

(提供:官民若手イノベーション論ELPIS)

「ハッシュタグ型の世界観はどんどん加速していくんだろうなと思います。僕は広報室に勤務したことはないんですけれど、自主的に広報の勉強会をやっている繋がりで文科省から広報についての講演依頼が来たこともありました。『水口といえば広報』というイメージがあるのは、ハッシュタグ型の活動をしているからかなと思います。組織の所属意識が強すぎると、その組織を離れたときにその人が結局何者なのかが分からないということもありますし、組織の中での人間関係しかなかったら、そこを離れるという選択ってもちにくいじゃないですか」

「ハッシュタグ型の価値観が広がっていくことは、こうあればいいなと考える公共の姿です。組織やキャリアに関わらず、試行錯誤できるような時代になっていくといいなと思います。個人をエンパワーするテクノロジーが増えてきたことで、大きなプレイヤーじゃなく、個人起点で社会が変わっていくのではないでしょうか 」

予断を持たないことで、可能性が広がる

ハッシュタグ型の世界では、偶然が新しい可能性を連れてきたりもする。水口さんがこれまで行ってきた活動も、はじめからロードマップをひいて実行してきたわけではなく、縁があって携わってきた人たちが、気つけば線でつながりはじめたのだと言う。

4年前に経産省を就職先として選んだのも、ひらめきからだった。

「大学生のころi.school※2というところに通っていたのですが、そこはどうやったらイノベーティブなアイデアが生まれるのかということを学ぶ場なんです。そこでの経験がとても楽しくて、将来はそういうクリエイティビティを活かしやすいところにいきたいなと思ったんです。しかしコンサルや広告代理店に就職する人が多い中で、官庁に行く人ってほとんどいなかったんですよね。だって官庁でクリエイティブなことって一見できなそうじゃないですか(笑)」※2 2009年に東京大学で始まったイノベーション教育プログラム

だからこそ、逆に「伸びしろしかない」と思ったそうだ。その直感通り、水口さんは経産省でこれまでクローズドになりがちであった官僚という存在を開かれたものへと変え、官民の一体化を進めている。

「僕がやっていることは、こうやろうと意識して作り込んでいたら、どれもできなかったと思います。偶然の出会いを楽しんでいたからこそ、いろんなところとつながっていった。"予断を持たないこと"はとても大切にしていますし、同時に"遊び心を持つこと"も大切だと思っています。あまり業務的にやっていないというか、僕も楽しみながらやっているから続けられるということもあります。自分なりにこういうことやったら面白いんじゃないの、というマインドはずっと持っていたいですね」

組織や形式にとらわれないハッシュタグ型の活動をしてきたことによって、点と点が線で繋がった。未来のコミュニティにおいても、様々な業種と融解することで、点と点が共創し、新しい可能性を生み出していくのだろう。ただし、いつどこで、そういった融解の機会に恵まれるかわからない。私たちは日々視点を凝固させずにいることが、セレンディピティを得るきっかけになっていくのではないだろうか。

水口怜斉さんプロフィール
1994年、長崎県生まれ。東京大学法学部卒業後、2017年に経済産業省に入省。官民によるスタートアップへの集中支援施策J-Startupのプログラム運営や起業家育成を担当。その後は 2025年大阪・関西万博関連業務に従事し、ホスト国のパビリオンである「日本館」の基本構想策定等の業務に携わる。現在は内閣府に出向し、10兆円規模の大学ファンドの制度設計をはじめとした大学改革業務を担当。個人として、20-30代を中心とした科学技術政策の議論の場である「ELPIS」や、美大生と省庁職員との出会いの場である「美大生 × 官僚 共創デザインラボ」など、行政と社会の接点づくりに取り組む。尊敬する人物は杉原千畝。

Special Issue Vol.06