2020.02.19.Wed

2040年・未来の担い手

体内病院「スマートナノマシン」で医療の未来を創る!

ドラえもんの「スモールライト」に照らされて小さくなった医師が、患者の体内に入って病気を治すーーこんな夢のような世界が、2045年に実現するかもしれない。研究・開発を進めているのは、神奈川県のナノ医療イノベーションセンター(片岡一則センター長)。ここで副主幹研究員として腕を振るう厚見宙志さん(38)に、現状や医療の未来について語ってもらった。(取材・文 FQ編集部  撮影 山田高央)

日本初の医療イノベーションを目指す

多摩川沿いの広大な土地に建つ、地上4階のナノ医療イノベーションセンター。延べ床面積は9400平方メートルで、2015年に35億円かけて開設された。 26の大学、企業、研究機関が集結し、日本初の医療イノベーションを目指している。

厚見宙志さん(38)はアメリカで博士研究員をしていたが、2年前に帰国し、同センターの副主幹研究員として研究の事業開発や社会実装を担当している。
「スマートナノマシンが実用化すれば、患者さんの負担にならずにピンポイントの治療ができ、健康寿命も延ばすことができます。年間50兆円の医療・介護費も大幅に削減できる可能性があります。さらに、病気に対する不安から解放され、みんなが自分のやりたいことに存分に取り組めるワクワクした世界がやってくるかもしれません」

体内に入るのは、高分子でできたカプセル「スマートナノマシン」だ。直径は50ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1ミリ)の極小サイズ。当然肉眼では見ることができない。 中に薬剤を入れて体内を循環し、異常な細胞があると治療する。

スマートナノマシン

イラスト提供:ナノ医療イノベーションセンター

がん治療のスマートナノマシンは実用化目前

がん治療用のスマートナノマシンは開発がかなり先行して進んでいる。一般の抗がん剤は全身に広がり、正常な細胞も傷つけてしまうデメリットがあるが、抗がん剤を入れたスマートナノマシンは、がん細胞のみを"攻撃"するという。

なぜ、狙い撃ちできるのか? がん細胞は増殖が速く、栄養や酸素を正常細胞よりも多く必要とする。血液からこうした栄養を取り込もうとするが、がん細胞の周囲だけ血管の目が粗く、透過性が高くなっている。スマートナノマシンの表面を栄養に似せたコーティングをして、さらに抗がん剤を入れて送り込む。すると、血管の隙間から通り抜け、がん細胞は栄養が来たと"誤解"して飲み込み、死滅するというわけだ。

これに対し、正常組織の血管はこのような大きさの隙間がないので通さない 。正常細胞への影響は出ない仕組みだ。抗がん剤を搭載したスマートナノマシンは、一部のがんが治験の最終段階に進み、実用化が目前だ。

がんだけでなく、薬で治すのは難しいといわれているアルツハイマー病や脳腫瘍などの脳疾患にも、スマートナノマシンは有効だという。脳内に張り巡らされた血管には、活動に必要な酸素やブドウ糖などしか通さないバリアーがある。これにより脳内の環境が一定に保たれ、神経細胞が正常に活動できる。大手製薬会社は、アルツハイマー病の根本的治療を目指した治験を実施してきたが、脳内に達する薬の割合は0.1%ほどと少なく、断念してきた経緯がある。

脳治療用のスマートナノマシンは、表面を脳が吸収しやすいブドウ糖で加工されている。マウスの実験では脳に届いた薬の量は約6.0%で、既存薬剤の60倍だったという。脳内を顕微鏡で観察すると、脳の深部までスマートナノマシンが達していることも確認できた。当面の課題は正確性と、6.0%の向上だという。

「新たにがんと診断される人は、日本国内だけで年間およそ100万人います。アルツハイマー病の患者は10年後には世界で7470万人いると予想されています。スマートナノマシンが実現すれば、そうした病気の治療に大きな効果をもたらすでしょう。ただしスマートナノマシンは単に薬を運んで治療するだけでなく、『体内病院』を目指しています。体内を自律的に巡回して、早い段階で病気の検出や診断もする。それによって超早期治療や病気の予防もできるようになります。すべての病気に対応し、我々の生活を支えるようなスマートナノマシンとなるには、現在よりもよりマルチディシプリナリーな研究を統合・集積していく必要があります」

厚見宙志さん

また仮に「がん専門の体内病院」「脳疾患専門の体内病院」が実現しても、体内のスマートナノマシンをコントロールできないと患者さんが不安になり、広く一般化されないと厚見さんは指摘する。

「体外との通信ができるかどうか、IoT化できるかどうかも重要になってきます。24時間『見える化』されていて、さらにスマートナノマシンと会話ができたり、AIからサジェスチョンがされれば、多くの支持を得られるのではないでしょうか」

完成は2045年に設定

実現に向けたロードマップはどうなっているのだろうか。スマートナノマシンの完成は2045年に設定されている。まず2022年までは「スマートナノマシンの開発」「治療後の運動機能の回復具合のチェック」「医療機器との融合」などを進める。その後は「研究開発成果の社会実装」「AI/IoT化」「多機能化」「販売販路の開拓」「社会の合意形成」などと続く。
それ以外にも、国との連携の強化や予算の獲得、研究者の確保といった課題もあるが、スマートナノマシンは世界を劇的に変える可能性があることは事実だ。

ナノ医療イノベーションセンターの実験室

ナノ医療イノベーションセンターの実験室

厚見さんに20年後、25年後の医療について聞いてみた。
「まず言えることは、今の常識はきっと未来では常識ではなくなっている。薬局はオンラインになり、薬がドローンで運ばれてくる。医者がAIと一緒に診断することもあり得るかもしれない。病院も形態は変わり、在宅治療、ウェアラブルが主流となっていく。さらに言えば、この世から病気そのものがなくなっているかもしれません。がんで亡くなる人がいないし、病気で亡くなる人もいない。健康寿命もどんどん延びて、むしろ死なないことが問題になっているかもしれません。スマートナノマシンが実現すると、患者さんと医師の関わり方も変わるでしょう。スマートナノマシンを体内に入れるときだけ、病院での対面形式で。その後は医師とは全て携帯電話やパソコンでのやりとりになる。すでにこうした対面の変化は起こっていますが、スマートナノマシンの実現で激変すると思います」

厚見さんの個人的な目標はどうだろうか。
「そもそも私は研究者でしたので、今でも実験が大好きです。生物の機能をいかにして人間界に役立てられるかと言うコンセプトを基に研究していました。例えば、DNAが二重螺旋を組む能力を人間の世界に役立てないかなど、今考えると社会の何に役立つものか分からないものばかりです。でもサイエンスはそういうものでも良いと考えています。今はウェットな実験はしていません。その代わりに、社会を作る実験をしているつもりです。こんな社会を作りたい、こんな社会になるべきだという目標に対して、自分の経験を基にアプローチを考え、様々なトライアルをしています。この体内病院の研究も社会実験の一つですし、今取り組んでいるポストCOINSの仕事もその一つです。これに関してはまだ多くは話せませんが、体内病院を実現するための環境整備だったり、日本が世界でのプレゼンスを維持して、リードしていくための環境整備のようなことをしたりしています。じつは我々の取り組みは、JST(科学技術振興機構)からも社会実験として見なされています。しっかり医療の未来に貢献していきたいですね」

厚見宙志さん

ドラえもんのスモールライトが漫画に登場する前の1966年、『ミクロの決死圏』というアメリカ映画が公開された。医師が小さくなって宇宙艇のような機械に乗り、患者の動脈から心臓、肺を経由して脳を治療するストーリーだ。公開から79年が経過した2045年、映画を超える「体内病院」が誕生するか──

Vol.02 Special Issue Vol.02