デジタルツインでタイムマシンも実現する?

2022.05.12.Thu

メタバースが世界に拡大

デジタルツインでタイムマシンも実現する?

フェイスブックが昨年社名をメタ(Meta)に変えてから、ネットの中のVR世界を現実のように自由に操れるメタバースが世界的トレンドに。さらに社会のデジタル・トランスフォーメーション(DX)が加速し、ネット自体もWeb3と呼ばれる次のステージに進化しようとしている。

従来の文字やグラフィックスの表現も、現実とそっくりなデジタルツインを構築し、世界全体を鏡のように写し取ろうとする試みが活発化。この新たなデジタル世界こそ、人間の身体の限界を超えた"超能力"を発揮できる世界なのだろうか、はたまた物理世界を超越するタイムマシンを実現することができる世界なのだろうか。こうした新世界構築のパイオニアで、デジタルツイン技術で注目されるSymmetry Dimensions inc.の沼倉正吾社長に、今後の展望を伺った。


SHOGO NUMAKURA Symmetry Dimensions Inc. Founder&CEO

VR技術で現実の"いま"をデジタル化

――最近のメタバースのブームをどうご覧になっていますか?
現在の会社は2019年に始めましたが、その元は2014年に作ったスタートアップのDVERSEというVRの会社で、それは「Dive Into The Metaverse」(メタバースに飛び込め)という言葉を略した名前なんです。ですから、昔から頭の中で描いていた世界が、急に注目され始めたというのが実感ですね。

――VRに取り組まれたのはいつからですか?
私は1973年生まれのファミコン世代で、3DCGのゲームなどいろいろやっていましたから、当然昔からVRにも興味を持っていました。直接のきっかけは2013年の米家電展示会のCESで発表されたOculusの開発キットDK1(※2013年に発表されたVR用ヘッドマウントディスプレイ・Oculus Riftの開発者用キット)の出現です。すぐに取り寄せ、ジェットコースターなどのデモソフトを週末やりまくり、音楽ゲームや「VRデザイナー」というサンドボックスも作ってみました。

そうするうちに2015年、HTC社が「HTC Vive(外部サイト)」という、部屋サイズのVRの中を歩き回れるVRヘッドマウントディスプレイを出したので、それもすぐに貸してもらってゲームコンテンツを作り、2015年秋のデジタルコンテンツEXPOにも出品しました。

――現在の会社でゲームは扱っていませんね。
最初は「VRはエンタメ用」と考えゲームを作っていましたが、ゲームはやはりスマホや家庭用ゲーム機が主流で、VRのように頭にヘッドマウントディスプレイを被ったり、高速なPCが必要となるのでは、手間もかかって面倒くさい。それではまだ、大きな市場を作るのはちょっと早いと感じました。

VR元年と世間では騒がれ始めていた頃、日本のVRスタートアップはまだ3社ぐらいしかなく、いろいろな会社から相談を受けることが多くありました。その中で、建築会社から建物の3D CAD図面をVRで見たいとか、建設系のデータを作ってる会社から、点群データをVR化できないかなどと相談されたんです。(※CAD=コンピューターを使用して設計や製図をするツール)

――点群データというのは何ですか?
土木工事などの現場で3Dレーザースキャナを使って、一定の間隔で対象の3次元座標を計測して作る、点の集合データです。これをVRを使って3次元空間に配置して見れば、現場の様子が立体的に再現できます。最近ではiPhoneでもスキャナソフトを使えば簡便なデータは取れるようになっています。

点の集合で表面にテクスチャーは貼っていないので完璧な3Dモデルには見えませんが、現場の姿はほぼわかります。これを使ったデモを展示会に出してみると業界からの反応がとても良かったので、2016年の1月からはエンタメからビジネスや業務向けVRに方向転換したのです。

SHOGO NUMAKURA Symmetry Dimensions Inc. Founder&CEO

――建築業界では昔からCADはあり、すでにVRも使っていたと思いますが。
研究開発用のVRはあったでしょうが、CADのデータって構造だけでなく素材などのいろんなデータが全部入っていて重くて、それを動かして見るためのニーズも少なく、動かそうとするとハイスペックで高価なハードが必要になりました。

しかしゲームやエンタメでは、見えている部分だけを効率よく処理するなどのノウハウがあります。そこでVR用のCADソフトを新たに作るのではなく、「SketchUp」という一般的なCADソフトで作ったデータをインポートすればそのままVR化できる「SYMMETRY alpha(外部サイト)」というソフトを作り、このソフトのユーザーは2018年には全世界で2万を超えるまでになりました。

しかし建築業界ではVRはクライアント向けのデザイン確認などが主で、市場が大きくなりませんでした。我々はベンチャーキャピタルからの投資で新しい市場を作っていくスタートアップなので、もっと新しい利用法を模索していたところ、ちょうど現場の3Dデータをすぐ確認したいという要望を受けました。それに2018年頃から第5世代通信規格(5G)の商用利用が欧米で始まり、通信速度が早くなったので、現場で取った何百ギガもある点群データをすぐに送ることができるようになってきたんです。

――あらかじめ作られたデータでなく、現実のデータをすぐVR化できるということですね。それから、都市全体にスケールを拡大したデジタルツインを目指したということですか?
昔は車のエンジンや車体をデザインしたりする際に、事前に動作をシミュレーションするために作られた3Dモデルをデジタルツインと呼んでいました。しかし5Gなどによって、もっと広い都市などで同じことができる可能性が出てきました。そこでVRを使った建築やデザインのツールから、広く都市などのデジタルツインを作るためのプラットフォームを手掛けることにしたのです。

デジタルツイン・プラットフォーム『SYMMETRY Digital  Twin Cloud』

デジタルツイン・プラットフォーム『SYMMETRY Digital Twin Cloud』|ARダッシュボードの表示
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000037.000014483.html(外部サイト)

変わる都市計画や災害対応

――デジタルツインとメタバースとはどういう関係になりますか?
デジタルツインというのは、例えばビルの3Dモデルだったり、そのビルの横を走っている車だったり、動いている人だったり、気象情報だったりと、実際に都市の中で起きているいろんな実際のデータを集めて作る、我々の物理的空間のデジタル化なんです。

メタバースという言葉の解釈はいろいろありますが、いままでのリアル会議をZoomで行ったり、スポーツをVRで行ったりと、普段の生活でやってる遊びや仕事、スポーツや社会活動のデジタル化なんです。ほぼ同じようなイメージですが、おそらくメタバースの世界の中にデジタルツインが入るという関係になるのではないかと思います。

――実際の取り組みを教えて下さい。
目指しているのは都市のデジタルツインのプラットフォームと、それによるデータの民主化です。現在作っているデジタルツインには、国土地理院で出されている地図を使った全国の3D地形モデルが入っています。さらにここに、昨年から国交省が公開を始めたPLATEAUという日本全国のビルや家の都市のモデルのデータも入っています。

それ以外に企業の3D CADや点群データを入れ、さらにいま都市で起きている人流や気象や交通のデータなどを入れていけば、現在地球で起きていることをこの中で再現できるデジタルツインのプラットフォームができます。これを誰もが利用して都市計画や災害対応に役立ててもらえばと考えています。

デジタルツイン・プラットフォーム『SYMMETRY  Digital  Twin Cloud』|3D地図データに対応

デジタルツイン・プラットフォーム『SYMMETRY Digital Twin Cloud』|3D地図データに対応
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000041.000014483.html(外部サイト)

――具体的に動いているプロジェクトは?
昨年11月に渋谷区と発表した「デジタルツイン渋谷プロジェクト(外部サイト)」では、笹塚から初台までの緑道2.6kmをすべて点群データにして、ブラウザで見られるようにしました。都市計画はこれまで紙の資料を配って説明会を開いていましたが、来るのはお年寄りばかり。若者の街でもある渋谷区では若い人にもスマホで参加してもらい、広い層の意見をもらって環境アセスメントに役立てたいのです。

デジタルツイン渋谷プロジェクト|ササハタハツ緑道エリアの様子
デジタルツイン渋谷プロジェクト|ササハタハツ緑道エリアの様子

デジタルツイン渋谷プロジェクト|ササハタハツ緑道エリアの様子
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000042.000014483.html(外部サイト)

都市計画以外に注目されるのが災害対策です。静岡県が2020年に東伊豆の1000㎢ぐらいの地域を飛行機や車を使って点群化したデータでデジタルツインを作るのを手伝いました。土木工事などをする際にそれを使って、現場でトラックを停める場所や警備員配置を計画するのに使っていました。その同じデータが、昨年7月3日に起きた熱海市の土砂災害で役に立ちました。これに地質学者や測量会社、産官学の持っている点群データなどを重ねて見ると、昼にもらったデータで土砂の流れた様子を夜までに解析し、盛り土が原因であることがすぐ突き止められたんです。

(左)3次元データ保管管理システム保管管理システム「PCDB」(Point Cloud Data base)のデータをベースとし、デジタルツインを構築<br>
  (右)上下水道の3次元データ、図面、ハザードマップ、などを統合し可視化

(左)3次元データ保管管理システム保管管理システム「PCDB」(Point Cloud Data base)のデータをベースとし、デジタルツインを構築
(右)上下水道の3次元データ、図面、ハザードマップ、などを統合し可視化

従来だと1~2カ月かかっていた原因究明が当日すぐにできたので、メディアでも非常に話題になりました。今までデジタルツインの利用法は一般人にはよくわからなかったのですが、一気にその効用が理解され、東京都でも昨年7月から「東京都デジタルツイン実現プロジェクト(外部サイト)」を始めていて、全域の点群データを取ることになっておりお手伝いしています。

デジタルツインで未来が予測可能に

――それを聞いて思うんですが、インターネットも最初は情報を受けるばかりで利用が限られていましたが、2000年頃からブログやSNSで誰もが簡単に情報をアップ・共有できるようになって爆発的に普及しました。VRやメタバースはまだプロがコンテンツを作っていますが、誰もが点群データなどを自由にアップしてデジタルツインに参加できるようになれば、一気にすそ野が広がって新しい世界が開けますね。
全く同感です。いままで素人が3次元データを扱うなんてほとんど無理でしたが、これからは子どもでも簡単に作れる時代が来ます。誰もが簡単に点群データなどをアップすれば、Googleストリートビューの撮影車などを使って手間をかけなくても、今の地球がどうなっているかをそのまま反映したオープンストリートビューみたいなものもできますよね。いまはただのデータだけで、現実の物理空間を反映しているだけですが、これから出てくるXRやデジタルツインは、3次元空間とインターネットの他の情報がリンクできるようになるはずで、メタバースを活用できる物理空間の新しいフォーマットを作りたいと思っています。

SHOGO NUMAKURA Symmetry Dimensions Inc. Founder&CEO

――これから先10年、20年先にはメタバースはどうなっているのでしょうか?
今のデジタルツインは、どんなに早く作っても1日前の過去のデータのアーカイブなんです。しかしこれからは、IoTのセンサーだったり、衛星からの各種のデータがどんどん上がってくると、地球上で現在起きていることが、そのままリアルタイムにデジタル上で再現されているようになります。

事実、ウクライナの戦争では、民間の衛星写真や住民の撮影したデータを使って、地球の裏側の情報がマスメディアなどよりずっと早くどんどん伝わって来ており、国際社会の理解や対処の仕方に大きく影響しています。またコロナについても、人流や感染状況の現状がデジタルツイン上ですぐ把握できるようになれば、有効な感染対策につながりますね。 さらに2025年には各国の衛星を全部リンクさせて、24時間365日いつでもすべてのデータを取れるようにする計画も進んでおり、レーダーの情報やさまざまな情報が入って分析能力が上がってきます。
こうなると、この先それがどうなるかという予測ができるようになる。例えば天気予報で3日後に大雨が降る情報が入った瞬間に、この地域が水没して部品が壊れて停電するので、雨が降る前にそこの部品を交換するなり発注するなりと、事前の対応に変えていくことができます。

――昔考えられた魔法のような、いわば地球2.0の出現でしょうか?
映画の『マイノリティ・レポート』みたいに、未来を予測して、事前に問題を解決してしまうなんてこともできる世界が来るなんて話になれば、ちょっと超能力的ですよね。またこの先10年、20年とデータがこの中に蓄積すると、20年前の新宿の路地にパッとテレポートできたり、昔の伝説的なコンサートに行ったりと、メタバースが一種のタイムマシンのような機能を果たすようになり、まさに映画『マトリックス』で描かれたような世界が実現します。

――人間はいろいろな夢を抱いて来ましたが、それらの基本は時間や空間の制約を超えて健康で長生きしたいという話に集約できるような気がします。こうした夢は当初、超能力と思われていたのに、時代が進むとテクノロジーの進歩で次々と実現してきました。逆にテクノロジーを進化させているのは、超能力と呼ばれる人間の夢や想像力なので、両者をどうバランス良く進化させるかが課題になるでしょうね。
そうですね。うちがシンメトリー(対称)という社名にしたのは、クリエイターとお客さんが思い描いているイメージをなるべく近づけ、現実のフィジカル空間とデジタル空間をシンメトリーな形にしていくという意味を込めたからです。つまりアイデアや人と人とのシンメトリーを大切にしたいのです。

そういう意味で、フィジカル空間のモデル化というデジタルツインとはちょっと違いますが、コミュニケーションという要素も大切だと考えています。これからの時代には、コミュニケーションが高速化することで大きな変化があると思います。人間自身のコミュニケーション速度は昔から変わっていませんが、デジタルツインを使えば、これまでのように言葉や写真で説明するよりずっと早くその場の状況を理解して、人と人とのコミュニケーションが迅速でわかりやすいものになります。デジタルのモデルも人が使ってその結果で改良していくことで、より現実を反映した役立つ道具になる。さらにブレインマシーン・インターフェース(BMI)などが進んで、一気に会話が10倍速くできどんどんアイデアが膨らんで交流が活発化し新しい世界が見えてきます。

――コミュニケーションが早くなり過ぎてついていけない人が出たり、フェイクニュースや情報戦争で世界が混乱したりと、テクノロジーの進歩の弊害を気にする人もいますが。
テクノロジーは人間の能力の拡張し、時空を超えた従来は不可能だった能力を超能力として実現してくれますが、現在の未来像はまだ過去のSFなどのビジョンにとらわれ過ぎて、人間の想像力が追い付いていないような気がしています。

私はSFファンなんですが、最近の作品もいまだに、『ターミネーター』みたいにAIが暴走したらどうする、世の中の情報が管理されたら怖い、というディストピア的なストーリーが多くて、ちょっと古くないかと思っています。個人的には、テクノロジーが進化することで世界の貧困率は確実に下がり、人類を幸せにしてくれると信じているので、デジタルツインの普及などの活動を通して、そうしたイメージを払拭していきたいですね。

沼倉正吾(ぬまくらしょうご)
SHOGO NUMAKURA
Symmetry Dimensions Inc.
Founder&CEO

2014年にXR開発に特化したSymmetry Dimensions Inc.(旧社名:DVERSE Inc.)を米国に設立。同社CEO。現実世界のコピーをデジタルで再現し、誰もが簡単にアクセスすることを可能にするデジタルツインプラットフォーム「SYMMETRY(シンメトリー)」を開発している。
取材・文:服部桂(ジャーナリスト)
1951年生まれ。早稲田大学理工学部で修士取得後、1978年に朝日新聞社に入社。84年にAT&T通信ベンチャーに出向。87年から89年まで、MITメディアラボ客員研究員。科学部記者や雑誌編集者を経て2016年に定年退職。関西大学客員教授。早稲田大学、女子美術大学、大阪市立大学などで非常勤講師。

著書に『人工生命の世界』『マクルーハンはメッセージ』『VR原論』他。訳書に『デジタル・マクルーハン』『ヴィクトリア朝時代のインターネット』『チューリング情報時代のパイオニア』『テクニウム』『<インターネット>の次に来るもの』など多数。
編集:Qetic株式会社

#13 もしも超能力を使えたら